8. 座れるということ、すなわち椅子
デュドネの研究室を辞した後、クルアハはレヴィアンのいる団長室に直行した。
「入りまーす」
と言いながらクルアハは団長室の扉を開けた。
「王女様とのお茶会はどうだった?」
レヴィアンはやけに機嫌がいいクルアハを不思議そうに見た。
「そんなことはどーだっていい。ほら、見ろ」
クルアハはガッとレヴィアン団長の机の上に座った。そして、自分の左手の薬指を見せつけた。
「指輪だな」
「デュドネからもらいました」
「……魔道具か?」
レヴィアンは茶色い目を丸くした。
「そうだ。これでもう不仲なんて言わせない」
クルアハは勝ったとでも言うように腕を組んだ。
「それは良かったな。私は安心した」
白々しいとはこれこのこと。レヴィアンはわざとらしく満面の笑みを浮かべた。
「……信じてないな」
「どうせ俺が不仲だなんだって言ったからムキになって仲が良いアピールをしているだけだろう」
「仲が良いと思われて損はないよねー」
「まあな……」
「疑わなくても、私はデュドネで良かったと思っているし、あっちも悪くないくらいのラインにはなってるよ、多分」
「……そうか」
レヴィアンがはあとため息を吐いた後、トントントンと丁寧なノックが部屋に響いた。どうぞとレヴィアンは団長らしい声を上げた。
「失礼。クルアハはここだと聞いたのだが……」
丁寧にドアを開け、丁寧に扉を閉めたデュドネはクルアハの姿を見て、黒い目をまん丸くした。
「どうした?」
クルアハははてなと思ったが、デュドネは団長、つまりは上司の机の上に座っているクルアハに虚をつかれていたのだ。
「いや、その、上着を返すのを忘れていた。ありがとう」
「ああ、わざわざ悪い」
前回、デュドネ研究室を訪れた際に、寝落ちたデュドネにクルアハは自身の上着を掛けた。デュドネはその上着を丁寧にたたみ、洗ってからクルアハに返しに来た。律儀だなとクルアハは感心した。
「噂をすれば何とやらだな」
レヴィアンは興味深そうに二人のやり取りを眺めた。
「プランタン団長、挨拶が遅れて申し訳ない。デュドネ・ド・ソレイユだ。よろしく頼む」
「ちょうどソレイユ公爵夫妻の話をしていたんだ。仲睦まじくて安心したよ」
デュドネとレヴィアンは礼儀正しくよろしくの握手をした。クルアハはプランタンって誰とふと思ったが、そういえばこいつはレヴィアン・ド・プランタンと言うのだと思い出していた。名前って難しいものだ。
「その、クルアハこそ僕と結婚して良かったの?」
その瞬間、レヴィアンは俯き、肩を震わせた。時折、ンフッとかブッといった音が漏れている。
「唐突だな」
レヴィアンの様子を無視し、クルアハはデュドネとの会話を続けた。
「心に決めた人とかいるのでは……」
デュドネはチラッとレヴィアンの方を見た。クルアハはズゾゾゾッと背筋に悪寒が走った。
「ちょっと待て。まさかとは思うが、私がこいつに懸想してるって言いたいのか?気持ち悪い!ほら、さぶいぼが出た!ゲロ吐きそう!」
「そこまで……、ンフフ、言わなくても……、アハハハッ!」
笑いを噛み殺そうとしながらレヴィアンは言った。レヴィアンは気が抜けると大変な笑い上戸になるのだ。
「天地がひっくり返ってもこいつに恋情を抱くことはない。それに、私は心に決めた人とかいないからね」
「そう……」
「あと、デュドネと結婚して良かったと思ってるからね。……本当だよ」
「……僕も」
「ふふふ、ならよかった」
嫌な誤解が消え、丸く収まりそうだとクルアハは安心した。
「……顔がバチバチにお前好みだもんな」
安心したクルアハを揶揄うようにレヴィアンは茶々を入れた。
「え?」
デュドネはレヴィアンの言葉に心底驚愕したように声を上げた。そして、本当なのかとレヴィアンとクルアハの顔を交互に見た。
「へえ、初耳かぁ」
レヴィアンはニヤッと口角を上げた。
「…………」
デュドネは無言で頷いた。
「クルアハはね、黒髪でしかも三白眼の美形には目がないんだ。あなたのことは最上と言っていたよ」
「知らなかった……」
デュドネの耳は徐々に赤くなっていった。
「もちろん、顔だけ気に入っているわけじゃないからね」
焦ったようにクルアハはデュドネに訴えたが、デュドネは上の空であった。
「いやー、副団長夫妻が仲良しこよしで良かったなー。私の結婚式にも二人揃って来てね!」
によによと笑いながらレヴィアンは言った。
「へえ、結婚式するんだー」
興味なさそうにクルアハは会話を流した。
「知ってただろ。俺はちゃんと伝えたよな」
「そうだっけ?」
「念のため、招待状も送った」
「読まずに食べちゃったかも」
「仕方がないとか言わないからな」
「んで、いつだっけ?」
「ちょうど2ヶ月後だ」
レヴィアンの眉間に皺が浮かんだ。国王も出席する大規模結婚式は荷が重いの苦労皺である。
「大変だねー」
クルアハの眉間に皺が浮かんだ。行きたくねーメンドクセッの怠惰皺である。
「さすがに行かないとダメだな……」
デュドネの眉間に皺が浮かんだ。結婚式か、どうしようかなの困惑皺である。
「公は人前に出るのが嫌いなのか」
「人がたくさんいるところは苦手なんだ」
わかるとクルアハは何度も頷いた。
「そして、何より服がない」
神妙な顔でデュドネは公爵(貴族の上澄み中の上澄み)らしくない悩み事を口にした。
「一着も無いのか?」
催し事はフォーマルスーツ一着で乗り切っていたレヴィアンが確認した。
「ない」
眉間の皺を深くして、デュドネは首を振った。
「魔法省の制服とかは?」
支給されたちょっといい騎士服で行くつもりのクルアハが確認した。
「……ない」
眉間の皺を手で押さえて、デュドネは項垂れた。
「元気なら今から一緒に買いに行く?」
じゃあとクルアハは気楽に気軽に提案した。
「し、仕事とかあるんじゃ……」
デュドネはパッと顔を上げ、クルアハの様子を窺った
「へーき。それに、一緒に買い物ってラブラブ夫婦っぽいじゃん」
なんてことのないようにクルアハは笑った。いいのかなと上司にあたるレヴィアンを見ると仕方なさそうに肩をすくめていた。入り込む余地なんてない。まさに阿吽の呼吸である。




