10. 水は低きに流れ、人は易きに流れる
クルアハが上着を置き、団長室に戻ると、何やら神妙な雰囲気が流れていた。
まあいいか、どうせレヴィアンが妙なことでも言ったんだろうとクルアハは受け流した。クルアハは人の機微を読み取ることは苦手であり、読み取る気もない。それでも、どこの店がいいかな?なんて暢気にデュドネに聞く感じではなかったため、お洒落な部下のおすすめでいいかとデュドネの了承を得て向かった。
「いらっしゃいませ」
「2ヶ月後に結婚式に参加する服が必要でね、彼に似合うのを選んでください」
「かしこまりました」
「どうか黒髪と黒い瞳が映えるようにしてください」
クルアハはお店の人に希った。デュドネが試着室にいる間、お店にいろいろな服がたくさんあるなぁとぼんやり眺めながら待っていると、しばらくして新しい服を着たデュドネが戻ってきた。
「どうかな」
「……素晴らしい」
クルアハは噛み締めるように言った。デュドネは青いリボンで長い髪をひとくくりにし、美しい顔がよく見えるようになっている。肝心のフォーマルスーツも細身な身体によく似合っていた。黒い髪、黒い瞳に、黒いスーツ。最高だ、このシックで落ち着いた雰囲気で色気のある黒は只事じゃないとクルアハは熱い視線をデュドネに向けた。
「……ありがとう」
デュドネは手で青いループタイを触りながら、照れ臭そうに笑った。
「ところであなたはどの服で行くつもり?」
「お高めな騎士服」
オールマイティで便利なのだとクルアハは自信満々に答えた。
「…………僕のついでに買う?」
「そうだなぁ……。おんなじのを買おうかな」
良い機会だから騎士服以外にきちんとした服が一着くらいあってもいいかなとクルアハは思った。
「セットのドレスでございますか」
にこやかにベテラン店員が声を掛けた。
「いや同じの、この服」
「かしこまりました。では、サイズをお測りいたします」
クルアハはされるがままにサイズを測られ、精神的疲労が溜まった。特に何もしていないのに、どこか疲れる。眼帯の色を聞かれたがどうでもよくなってしまって、いつもは迷わず黒を選択するが、店員のおすすめ通りの青を選んでいた。慣れないことはするものではない。
用を終え、店を後にすると、クルアハとデュドネは心を休めるために近くの喫茶店に寄った。
「心にしみる」
クルアハはあったかいコーヒー、デュドネはあったかい紅茶を頼んだ。ほっと落ち着くひとときを共にした。
「それより、一緒でいいの?」
「お揃いの方がいいじゃん」
デュドネはクルアハが特に選びもせず、同じスーツを買ったことを気にしているのだろう。だが、あまり服に頓着がないクルアハにとっては些事であった。
「セットのドレスも買う?」
「いらなーい」
こだわりがないとは言え、嫌なものはあるとクルアハはキッパリと断った。
「騎士の立ち回りはわかるが、貴婦人の作法はわからない。見ていてもどんな時に何をするのか、細かい対応はできない」
「なるほど」
「それにドレスより騎士服こっちのが似合う」
クルアハは左目の黒い眼帯を指でトントンと叩いた。
「いや似合うよ、どっちも」
「魔法省の異端児も世辞が言えるんだな」
「え……」
「ん、なに?」
「……いや、お世辞じゃない」
「ふふふ、そう。……なら、いつか着てみようか」
いつかねいつかとクルアハは満更でもなさそうに笑った。
デュドネはクルアハの穏やかな姿を見て、いつかを心待ちにした。レヴィアンが言ったようにクルアハはデュドネに無関心なのかもしれない。魔法省の異端児と呼ばれていることも軍嫌いと噂されていることも全部知ってはいる。しかし、どうでもいいと無関心なのだ。だから、さらっとデュドネを魔法省の異端児なんて揶揄できる。厄介な人に魅せられてしまったのかもしれないとデュドネは気づいた。
それでも、デュドネはクルアハといつかの話をできる心地良さを甘受した。




