5. 寝不足はいろんなものの大敵
クルアハは満足していた。指輪の評判がなかなか良かったからだ。デュドネに指輪を渡してしばらくすると、愛妻家の部下から結構仲良かったんですね、旦那さんはどんな方なんですかと捲し立てられた。狙い通りに事が運ぶとそれなりの楽しさがあった。
指輪を渡してからひと月後、クルアハは魔法省に入り、受付からそっち行ってピュッと右に曲がって、ギュギュギュッとしばらく歩いて突き当たりをギャンッと右に曲がって、すんって真っ直ぐ行くと、目的の扉に着いた。ノックをするとデュドネが顔を出した。
「こんにちは、ソレイユ公」
「あ、ああ……」
デュドネは気まずそうな顔をしながら、クルアハを中に入れた。デュドネの仕事場、いわゆる研究室は雑多の極みであった。デスクはスッキリしているが、その他が酷かった。壁には走り書きがびっしりと貼られ、床には本が積み重なり、書き散らしがそこら中に散らばっている。辛うじて足の踏み場はあった。
「浮かない顔ですね」
「悪いが、その、まだ、指輪ができていない……」
デュドネは忌々しげにデスクの上に鎮座している指輪を睨んだ。
「無理なさらないでくださいね」
「無理はしていない!」
「はあ、さようで」
威勢はいいが寝不足と疲れで顔色が良くないぜとクルアハは心配した。隈のある不健康な雰囲気はそれはそれで良いが、クルアハの好みではない。元気な美形の方がいい。
「指輪の効果はありましたか?」
「……まだ感じていない。ただ、会う人会う人に指輪のこと聞かれた。あなたからもらったことを伝えるととても驚いていた」
「私の方は結構効果ありましたよ。仲が悪いわけではなく、お互い緊張していて歩み寄りに時間がかかりましたに収まりそうです」
「そうか……」
デュドネは安心したように息を吐いた。
「それより、随分お疲れのようですね。……顔色が悪い。お休みになられては?」
「この指輪を完成させるまでは寝ない!」
「……夫婦で指輪を贈り合ったという事実だけでもう十分なんで、テキトーでいいんですよ」
「……あなたは僕が作るものを見たくないのか?」
「見たいですけど、無理してほしいわけではありませんよ」
「そうか……。でも、あんな腕の良さを見せつけられたら、僕はもうやるしかない!!!」
「はあ……」
どうやらデュドネの職人魂に火をつけてしまったらしいとクルアハは察した。そして、デュドネは堅物で偏屈で熱血な一面も持ち合わすと認識を改めた。もうこうなればデュドネの好きなようにさせた方がいいだろう。
「指輪の黒曜石だが、サファイアの方がいいかな……」
デュドネは悩ましそうにクルアハの青い瞳を見た。どうやら凝り性らしいとクルアハはデュドネの職人魂をひしひしと感じた。
「せっかくならお揃いの方が仲良しっぽく見えると思いますよ」
「あなたの好みは?」
「私は結構黒が好きですよ」
クルアハはほらと言うように着ている私服の黒い上着を触った。
「そうなんだ……」
デュドネはふーんと素っ気ない素振りをした。
「次会う時までには指輪を完成させる」
「……気負いますねぇ」
「追い詰めないとできあがらない。……できあがらない。できあがらない!!」
「ふふふ、そうですか」
クルアハは戦場で上手い作戦が思いつかず、うずくまっていたレヴィアンの小さな姿を思い出した。どうすればいいんだろう、とりあえずクルアハをぶち込めば何とかなるかな、いやダメだ、もっと地形を活かしたい!などとぶつくさ言っていた。皆、切羽詰まると似たような感じになるのだろう。
「でも、とりあえず寝た方が良いですよ。寝不足で効率が上がることはありません」
「そうだな……」
寝ることに納得したデュドネは気が抜けたのか、瞼を重そうにしている。
「ここで寝泊まりしてるんですか」
「面倒だから」
クルアハはなるほど義務感から毎日屋敷に帰っていたが、職場に泊まった方が効率がいいかもしれないと考えた。仕事が立て込んでいる時は職場で泊まることができるように設備を整えちゃおうかなと思った。
「ベッドで横になった方が良いですよ」
「ベッドはない」
そう言ってデュドネはその場で突っ伏して寝てしまった。安らかな寝息を立てている。戦場という不便な場所ではないんだし、ゆっくり快適な場所で寝ればいいのにとクルアハは呆れた。せめて、何か掛けるものはないかとクルアハは辺りを見回したが、なさそうだ。ひとまずこれで良いかとクルアハは自身の黒い上着を掛けた。寝ている美形も乙なものとクルアハは穏やかな姿を眺めた後、静かに部屋を出た。




