35. 当代一の人でなし
クルアハが早馬でとんぼ返りすると待っていたかのようにレヴィアンが出迎えた。
「国王陛下には会えたか」
「捜査、打ち切り。王弟、乱心。お前、大臣。私、団長」
「単語でしか喋れんのか」
早馬の往復にやや疲れ、息を切らすクルアハにレヴィアンは水を渡した。
「デュドネは……」
渡された水で息を整え、クルアハはレヴィアンを睨みつけた
「無事だ。疲れて寝ている。見事な魔道具で自らを治療していたよ」
「……そうか」
クルアハはひとまず安心し、殺気立つ己を落ち着かせようとした。
「まさかデュドネが俺を庇うとは思わなかったな。……吃驚した。お前みたいだった」
お前みたいというレヴィアンの言葉にクルアハは黙って首を振った。
「あいつ、お前の夫としての覚悟が固まりすぎてて恐ろしいぞ、アハハハハ」
「……お前は無事のようだな」
「まあな」
腹を抱えて笑っているレヴィアンの怪我は順調に回復しているようだ。
「それに殺されるならお前だと思っている」
「……そんな真似はできない。お前はお姫さんに愛され、結婚し、子供を授かっている」
「止められないとこまできたとでも?」
「ああ。だから、選ぶことにした。私はお前の泥舟に乗って方向を正してやるぞ」
「そうか……、フフフ」
「何だよ」
「アハハハハ」
レヴィアンは笑い過ぎて涙が出た。クルアハはレヴィアンを理解し、レヴィアンもまた同様にクルアハのことを理解している。クルアハは正すや正しいという強い響きを持つ無責任な言葉が嫌いだ。そして、クルアハは誰かの上に立つことを敬遠し、エドモンに隊長と呼ばれ懐かれることも嫌がっていた。命はともかく、誰かの生き方に責任を持つことをひどく遠ざけていた。
「俺は誓った。クロムが死んだ世界を創り変えてやると。俺はそのために生きている。お前は違う。お前は何のために生きている?何でそんな厄介事を引き受けたんだ?」
クルアハの在り方は変わらない。だが、あの戦争、あの地獄を経て何かが変わった。やるべきことを定め、残った右目で強く見据えるようになった。
「珍しい。言わなければわからないなんて。迷っている証拠だな」
「…………」
レヴィアンはデュドネに対話をしろという忠言をもらった。以前、クロム・クルアハ兄妹にも同様のことを言われた。心だけ読んで解った気になるなと叱られた。レヴィアンは古代魔術で読心術を身に付けているが、たしかに人の心というものは読めたところでよく解らなかった。クルアハを理解するために、そして、何よりレヴィアンはクルアハの思い悩んだ末に選択される言葉を欲した。
クルアハは片方の目でレヴィアンを見据え、仕方がなさそうに口を開いた。
「私は兄さんの護ったものを護りたい。兄さんは大事なものを護れないと傷付く人だから。……孤児院のみんな、我らの騎士団、そして、特にレーヴ。兄さんが愛するお前を護るために私は生きている。そのためなら、ガラじゃない騎士団長にもなってやるさ」
クロムと似ているが似ていない強い青い目がレヴィアンを映している。愛した瞳と似ている目を見ているとクロムの生きていた頃の自分に引き戻されるような感覚がする。クルアハをみれば自らの原点に立ち返ることができる。クルアハがそのために生きていることをレヴィアンは否応なしに理解させられた。
「……そのついでに善を為せば、次会った時、兄さんに人でなしなんて叱られなくてすむ」
クルアハは自嘲気味に笑い、レヴィアンから目を逸らした。
「会える気なのか?」
レヴィアンは馬鹿なことを言うクルアハを茶化した。クルアハとレヴィアンは地獄行き、クロムやデュドネのような人間が天国に行ける人間だとクルアハは考えている節があった。
「兄さんはレーヴに会いたいから地獄で待ってんじゃない?知らんけど」
曇りなきまなこでクルアハは当然のように言った。クルアハは兄の思い残しはレヴィアンだと思っているらしい。レヴィアンは全く兄心のわからない奴だと呆れた。クロムの心残りは恋人ではない。生き方が難儀な妹だ。
「……後悔していたぞ、アイツ」
「何を?」
「妹に人でなしなんて言ったことだ」
「……なんで。本当のことじゃないか」
「妹を傷つけたからだ」
「……よくわからないな」
「兄は妹を傷つけたくないんだ」
「なぜ?」
「妹だから」
クルアハは意外にもシンプルな理由に目をぱちくりさせた後、なるほどなと納得した。優しい兄がいたクルアハにはわかりやすい理由だ。
「俺は身に染みてわかる」
「は?妹いたのか?」
「お前」
「は?いてこますか?」
レヴィアンは双眸でクルアハを見据え、仕方がなさそうに口を開いた。
「俺もクロムもお前には幸せになってほしいんだよ。だから大事にしろ。お前が大事にしたいものを大切にしろ。距離を取るな。怯えるな。向き合い続けろ。お前は人を愛し大事にできる。やり通せる」
「そうかな」
クルアハは自嘲気味に口元を緩めた。どうやら頑固者は納得していないらしい。
「できるよ」
この臆病さは根が深いが、デュドネが何とかするだろう。お手並み拝見だ。レヴィアンは楽しみが増えたと微笑んだ。
「ところでだな、団長。奇遇にも私もやり通せと思っているよ」
クルアハはいつもの調子を取り戻すように生意気に笑った。
突然何の話だとレヴィアンは聞かない。心を見なくても解るからだ。
目的のために手段を選ばない。レヴィアンは世界を変えるための力を手に入れるために王女と結婚した。レヴィアンに愛はない。だが、王女には愛があり、レヴィアン人でなしも愛があるように見せている。ならば、最期までそうしなければならない。人でなしの義理を立てねばならない。
「もちろん。私を誰だと思っている」
当代一の人でなしは不敵に笑った。




