34. 覚悟
クルアハは王弟よりも早く王宮に到着した。急ぎ国王に謁見を願いたいと伝えるとしばらくして謁見の間に通された。クルアハが恭しく礼を尽くしている間に国王は人払いをしていた。
「何かあったのか」
「陛下に騎士団長暗殺未遂の件でご報告がございます」
「うむ」
「下手人が自白いたしました」
「…………そうか」
国王が重々しく息を吐いた。重苦しい沈黙が部屋を支配した。きっとこの人はすべてわかっているのだろう。弟がもう取り返しがつかないことも、クルアハが一歩も退く気がないこともすべて理解している。
すると、扉の外からやかましい声が沈黙を破った。
「王弟殿下が参られております。至急お会いしたいと」
通せと国王は重々しく言った。早く会わせろという声が近付いてくる。王弟の到着が意外と早いじゃないかとクルアハは感心した。
「兄上!あることないこと吹き込まれないでください」
ご挨拶もなしに王弟は謁見の間に乗り込んできた。
「それで、下手人は何と言っている?」
国王は下手人?と驚く弟を一瞥した後、クルアハの話を促した。
「王弟殿下のご命令によるものと白状しております」
「……捏造ですよ。下手人なんぞの言うことを信じるのですか?そもそも、こんな女の言うことを信じないでください!兄上!」
「今、私は騎士団長代理としてここにおります。王弟殿下もとい軍務大臣閣下、国王陛下の御前です。どうぞ相応しい振る舞いをなさってください」
「団長代理だから何だ。貴様が下賤な平民上がりなことに変わりはない!お前なぞ、ここにいていい人間ではない!」
「騎士団に名を連ねた者を代表して私はここにいます。私を侮辱し、あまつさえ騎士団の長たる団長の地位を軽んじるとは如何なるおつもりか」
「………わ、わたしに指図かぁ?烏滸がましいぞ!」
見よう見まねは得意だぞとクルアハは一つの目をギロリと光らせると王弟はやかましい口を閉じた。目が一つしかないが目力は一つで二つ分働くのだ。
「下手人は前金として貴重な宝石を受け取ったそうです。そちらも証拠品として押収しております。今後はどなたの持ち物だったのか、ソレイユ公をはじめとした魔法省に協力を要請するなど多角的な調査展開が見込まれます」
「……そこまでする必要があるのか?」
国王は珍しくシニカルな笑みを浮かべた。
「陛下の御心にお任せします」
「揉み消せと言えば従う貴公でもないだろう」
「従います。他ならぬ陛下のご命令ですから」
にこりとクルアハは心ない笑みを浮かべた。
「その笑い方、つい最近も見たぞ……。ロシェクール討伐命令を願い出た時の彼と同じだ」
王命が出なくても構わない、別のやり方を見つけるという不敵な笑みだ。
「兄上!そうですよ!どうしてロシェクールを死なせたのですか?」
「あれは不慮の事故だ」
再び割って入った弟を宥めるように国王は落ち着いた声を出した。クルアハはそうだそうだ!不慮の事故だ!と心中で大きく同意した。
「そもそも、あんなことで討伐命令を出すことがおかしいのですよ……」
「民が傷つけられ、英雄が囚われている。そして、許されざることに私兵を持ち、国家に反逆せし力を宿している。動かぬ理由はない」
「ですが、ロシェクールほど我が国に尽くした忠臣はおりません」
終わったことをぐだぐだ言われてもなぁとクルアハは兄弟のやりとりを黙って見守っていると、国王がひとつ大きく息を吐いた。この応酬ももう終わりらしい。
「王命に不満か?」
「いえ、あの……、ですが、ロシェクール亡き後、このような者が我が物顔で王宮を闊歩しております。許されざることです!いつの日か、騎士団の連中のように武力で言うことを聞かすならず者がこの国を簒奪しますよ!」
「口を慎め。仮にも軍務大臣だろう、弟よ」
国王は王弟を優しく諭した。王弟の憂いはいつか現実になるかもしれないなとクルアハは他人事のように思った。戦争で影響力を増したレヴィアンは王女と結婚した。レヴィアン達騎士団の存在は王弟からすると恐怖でしかないのだろう。
「失礼いたします!!」
火急の知らせを持ってきた文官が慌ただしく入ってきた。
「ソレイユ公爵が騎士団長殿を庇われ、怪我をされたそうです」
その瞬間、クルアハの頭は真っ白になった。
「そんな奴のことなんてどうでもいい!」
王弟が喚いている。クルアハはいつになく煩わしく感じた。
「衛兵を連れて来い。我が弟が乱心した。疾く連れ出せ」
国王が焦ったように命令すると文官は粛々と下がり、すぐに衛兵が来て王弟を抱えた。
「兄上!まさか私を見捨てたりなさいませんよね!」
本当に乱心したかのように王弟は叫びながらどこかに連行されていった。
「大丈夫か?ソレイユ公爵夫人」
「……私は騎士団長代理として陛下にご相談したいことがございます」
「そうか。何かな?」
「今後のことです」
「騎士団長暗殺未遂及びそれに類する事柄の調査の一切を中止せよ。……その代わりに、軍務大臣の座はしばらく空位にしておく。頃合いを見てレヴィアンに明け渡す。そういう話だ」
「話がお早い」
やはりレヴィアンの掌の上かとクルアハは呆れた。一番の邪魔者がいなくなってから軍務大臣に座る。レヴィアンらしい手順だ。
「貴公はいかがする。騎士団長を引き受けるのか?……レヴィアンは迷っているようだったよ」
「存じております」
レヴィアンはクルアハが群れを苦手とし、人の上に立つことを得手としていないことをよく知っている。
「君ならできると思うけどね」
「もちろん、やらせていただきます。最後に王弟妃殿下とシャルル殿下については、ブランシュ様にお任せしてはいかがと思案いたしまして」
「シャルルはまだ子どもだな」
「10と伺っております」
「そうか、わかった。シャルルはクルアハの言う通りにしよう」
王弟妃殿下はやはりダメかとクルアハは思った。似た者夫婦の片割れにのうのうとされれば禍根だもんなと納得した。
「それより早くデュドネのところに行っておやり。早馬を準備させるからその間に殺気を抑えてくれ。……皆怯えている」
「失礼いたしました」
殺気なんか出ていたかとクルアハは周りを見た。国王の隣にいる文官も扉近くの騎士も軒並み目を逸らす。怯えているようだ。無意識に殺気を出すなんていつぶりだろうかとクルアハは額に手をやった。
「いいかい、クルアハ。大事な人はできるうちに大事にしなさい」
「明日はそう簡単にやってきませんからな」
「明日は来ないかもしれぬし、明日に大事な人は我が手から零れ落ちているかもしれぬ」
「弟君を愛しておられましたか」
クルアハは意外に思った。不出来な下は見放してしまったのではないかと考えたからだ。
「愛しているよ、弟だから……。弟も弟の家族も我が妻も我が子らも愛している。……だが、何より国が大事だ。先祖から受け継ぎ、子孫に受け継がなければならないこの国を私は何よりも大事にしなければならないのだ」
クルアハは左様ですかと返し、礼儀正しく王に背中を向けて謁見の間を後にした。




