33. よくあるはなし
デュドネはやることがなくなったため、レヴィアンの顔を見に行くことにした。
「見舞いに来た」
「ありがとう。爆発物の解析をしてくれているそうだな」
「もう解析し尽くした」
デュドネはハァとため息をついた。
「何かわかったのか?」
「何もないことがわかった。……僕は部外者なんだって」
たしかに部外者ではあるが僕にもできることはあるぞ、だからクルアハの夫じゃないのかとデュドネはぶすくれた。
「クルアハは?」
「早馬で王都に行った。下手人が白状したらしい」
気を遣ったジョルジュがわざわざ教えてくれた。ジョルジュの中では完全な部外者ではなくクルアハの身内で義理立てしたい相手のようだ。
「仕方のない奴だ。結婚しているくせに貴殿を巻き込みたくないんだ。身勝手だと思わないか?」
「いや……、それでこそクルアハだ」
「うわ……、誇らしそうだな」
「身一つですべてを護ろうとするクルアハはかっこいい」
「そうかぁ?馬鹿らしくないか?」
「いや全く」
デュドネはゆっくり首を振った。
「だが、心配だ。だから、僕の魔道具でそんなクルアハを護ることができればいいと思っている」
「なるほど、破れ鍋に綴じ蓋だな」
レヴィアンは目を丸くした後、呆れたように肩をすくめた。
「……解析の礼はあったか?」
「僕が勝手にやったことだ」
「部下の非礼を償おう。部外者と突き放したらそれを通さないといけない。勝手にやったことでも部外者に立ち入れさせてはならないし、立ち入らせたならば何かしらを返さないといけない」
あいつもまだ甘ちゃんなところがあるじゃないかとレヴィアンは微笑んだ。
「ひとまずの礼として、そうだなぁ、聞かれたことには何でも答えようか」
「何でも?」
「ああ、何でも、いくらでも」
デュドネは別にレヴィアンに特別な用件があって来たわけではないが、聞いてもいいなら聞きたいことは腐るほどあった。
「あなたは軍務大臣になりたいのか」
うんとレヴィアンは素直に頷いた。
「なぜ?」
「必要だからだ。俺にはやりたいことがある。善人が死ななくてすむ世界にしたいんだ」
夢みたいな野望だとデュドネは納得した。私利私欲で動くような人ではないとは思っていたが、レヴィアンは存外ピュアだったらしい。
「善人と悪人と差は?」
「おおよその人間は善のくくりにいれることにする」
「わかっていると思うが、どうしようもない人間はいるんじゃないのか」
「だが、戦争で死んでいいほどの悪人は稀だ」
レヴィアンにとって戦争は無法地帯だった。ゆえに、騎士団長やその先を見据えるほどまで成り上がれ、故に、何より大事なものを護れなかった。
「なぜ君が偉くなることにクルアハは後ろ向きなのか」
「そうなのか?」
「僕にはそう見えた」
「それは恐らく、……簡潔に言うとスタンスの違いだな。俺は世界を変えたい。そのために地位が必要で、犠牲がつきものだ。だが、あいつは目の前の人を救いたいだけ。それが善だと定義しているから」
「定義とはまた固いな」
「何が善で何が悪かなんてひどく流動的で相対的だ。絶対的な善もなければ絶対的な悪もない。その中であいつは目の前の人を救うことを善と定義を固めた。その善を追求することにした。あいつはあれで理想主義者なんだよ」
レヴィアンはふふふと穏やかに笑った。デュドネからすれば二人は似たような理想を追求しているように見えた。
「それは戦争経験と関係あるのか」
「俺のやりたいことは戦争由来だが、あいつは違うだろうな。あいつの考えることはどうも見えない」
「そうなのか」
「あいつは戦争前も後も変わらない。いつだって目の前のものを、身近なものを大事にして、護るようにしている。それが善だからと言ってな」
たしかにその姿勢は今も同じだ。故郷を護ることは善だ、夫を護ることは善だと言いそうだ。実際似たような台詞を口に出していたかもしれない。
「秩序なき世界で自分の善を押し通せた時もあったが、踏み躙られることの方が多かった。それでも、あいつは変わらない。……呆れるほど頑固だ」
クルアハの兄のことを思い出した。恐らく、クルアハにとって一番身近な人間で、大事で、戦争で失ってしまった人だ。レヴィアンはクルアハの兄を知っているのだろうかと頭によぎった。
「何でも答えると言ったな」
「ああ」
「クルアハの兄君とは知り合いか?」
「…………あいつはあなたに兄のことを話したのか」
「戦死したとしか聞いていない」
「それでも、もう兄のことを誰かに話すことはないと思っていた」
暫し狼狽えた後、ぶつぶつとレヴィアンは口の中で何かを唱えた。
「これはまさか、古代魔法か……!」
「趣味なんだ」
「興味深い。今のは時間の動きを止めたのか」
古代魔法は専門外のため詳しい人に聞いてみようかなとワキワキしたデュドネを微笑ましくレヴィアンは見た。
「ああ、誰にも聞かれたくないからな」
落ち着き払った圧をレヴィアンから感じたデュドネは一度古代魔法のことを頭から消し、クルアハの兄の話を優先した。
「簡潔に言うと俺の恋人がクルアハの兄貴なんだ」
「…………そうか」
突然の告白にデュドネは頭が高速回転した。そして、ブランシュは?という疑問に飛んだ。
「ブランシュは大事にする。妻だからな」
レヴィアンはデュドネの思考回路を読んだように答えた。どこかで聞いたことがあるようなロジックだ。
「だが、俺が愛しているのはクロムだ。クルアハの兄だ。俺と同い年でな。見た目はクルアハと瓜二つだが中身はまるで違う」
「クルアハは優しい人だと言っていた」
レヴィアンの結婚式の時にクルアハが話していた。兄の恋人の結婚式に何か思うところがあったのだろうか。今思うとクルアハらしくない話ぶりだった。
「クルアハにとっては優しい兄貴だったかもしれんがあいつは結構苛烈な奴だぜ。すぐ怒るし、すぐ暴れるし、無茶言うし。まぁ、でも、そうだな……、ちと優し過ぎたな。人を平気で殺せる奴ではなかった」
「あなたたちもそうではないだろう?」
「いーや、俺達ゃ平気で殺せるね。だから、戦争を生き延びて英雄なんて呼ばれている」
「クルアハも同じようなことを言っていた」
レヴィアンとクルアハの関係はデュドネの思うより深かった。きっと、クルアハにとってレヴィアンは戦友であり、それ以上に兄の大事な人なのだ。
「……クルアハはな、誰かに殺させるくらいなら自分で殺す。傲慢で自己犠牲的な優しさの持ち主だ。解ってんな?」
「薄々」
「あいつは何でも治せるからか、自分のことを何しても傷つかない化け物だと思っている。だから、自分を大事にしない。できない。その捨て鉢具合に俺もクロムもどうしたもんかと考えあぐねていた。……ある時、あいつが大事にしていたハンカチを誰かにあげたんだ。だが、どうやらそのハンカチは姉みたいな人が無事を祈って刺繍したハンカチらしく、クロムがいつになくカンカンになっていた。遂には人でなしだと罵ったが、クルアハは黙って聞いているだけだった」
デュドネは指輪のことを思い出した。自分があげた指輪をクルアハは恐らく躊躇いなく人助けに使うために手放した。その行為を人から責められるものだとクルアハは認識しているようだった。兄から言われた人でなしの言葉が沈着しているのかもしれない。
「しばらくして落ち着いたクロムは後悔していた。あんなこと言うじゃなかった、妹を傷つけてしまったと泣いていた。明日になったら謝ろうとしょげてたが、……謝る前にクロムは死んでしまった」
明日は来ない、戦場の常だとレヴィアンはニヤリと強がった。
「ちと話しすぎた。なんか解ったか?」
「少しは」
「へえ、すごいね。俺にはわからんよ。逆に教えてくれ。あいつが……、クルアハが何を考えてガラじゃない副団長をやっているのかわからん、サッパリだ」
「僕に聞くことではない。きちんと対話しろ。完璧な理解は不可能だが歩み寄ることはできる」
「アハハハハ……!忠言は耳に痛いな」
「それでこそ忠言だ」
デュドネはクルアハにとってレヴィアンは大事な人で護りたい相手なのだと解っていた。レヴィアンの命も在り方も損なってほしくない。だから、クルアハは団長代理として早馬で王宮に向かっている。そして、レヴィアンもクルアハの芯を知ってはいるが、理解できないのだ。どうしてそこまでと本人の言葉がないと信じられない。デュドネはクルアハをよく見ているため解ってしまっていた。
「頼み事をしていいかな?クルアハの夫でクルアハを愛し、クルアハのすべてを護らんとしている君に」
「何?」
「クルアハのこと頼むよ。あいつは俺にとって戦友でほぼ妹だから」
「心得た」
デュドネが神妙に頷くとレヴィアンは安心したように笑った。
「さて、時の流れを戻そう」
そして、デュドネは寸前のところで気づいた。レヴィアンは誰にも聞かれたくないから時を止めたと言った。つまり、近くに誰かいるのではないか?
レヴィアンが魔術を解除すると同時にデュドネはレヴィアンに覆い被さった。すぐに、肩に焼け付く痛みが走った。レヴィアンはひどく驚いた顔をしてデュドネを見ていた。




