32. 勘違いを解くのに真実はいらない
シャルル殿下のいる宿から出ると、クルアハは近く自分の子供が産まれる予定のエドモンから痛い程、視線を感じた。
「何だよ」
「さっきのですよ。シャルル殿下に対して大人げないです。まだ子供じゃないですか」
「そうだな……」
やり過ぎですとエドモンはため息をついた。あそこは言わないと今後助長されたら困る派のクルアハは話を変えることにした。
「それより、今回の主犯はやはり王弟派だろうとジョルジュに伝えてくれ」
「はい、隊長!……ですが、ジョルジュはそのつもりで下手人をボコボコにしていると思いますよ」
「ならば、もうじき確証が得られそうだな」
クルアハはジョルジュにお願いしたことがわかる前にブランシュがいる宿に向かった。やれることはやれるうちにやらなければならない。
「ごきげんよう」
「お邪魔いたします。いらっしゃってよかった」
突然訪ねたにも関わらずブランシュは楚々と対応した。
「クルアハさんが会いに来るなんて珍しいこと」
「先程は失礼いたしました。まだ、お祝いの言葉を述べておりませんでした」
「わざわざありがとうございます」
「祝いの品は団長が回復してからにさせてください」
「他に御用は?」
「先ほど、王弟殿下とシャルル殿下にお会いしました。王弟殿下はもう王都にお戻りにならないといけないようですから、王弟殿下がお帰りになられるまでシャルル殿下とご一緒にいていただけませんか。その……、お元気がないように見えましたから」
「もちろんよくてよ」
ブランシュは快諾した。いつ王弟が息子シャルルの元に戻るかもわからないのにとクルアハは目線を下げた。何にせよ、シャルルとブランシュはまあ気が合いそうだから平気だろう。同系種という感じがする。
「失礼いたします!副団長」
話の切れ目にジョルジュが大急ぎでブランシュとクルアハのやや気まずい空間に飛び込んだ。
「何かわかったか?」
「……はい。しかし、ここでは」
ジョルジュはできる騎士のためブランシュ姫の方を気遣わしそうに見た。
「わたくしは団長の妻です。身重とはいえ何事にも動じませんわ」
「失礼いたしました。下手人が吐きました。王弟殿下の指示だそうです。前金として貴重な宝石をもらったと話しております」
杜撰だなとクルアハは思った。情報収集や事後処理も下手糞。ロシェクールと違って悪事はやり慣れていないのか、任せきりだったのか、レヴィアンが嵌めたのか。どれも正解なのだろう。
「早馬の用意を頼む」
「どちらまで」
「ちょいと王都に行ってくる」
王都まで早馬でクルアハが行くと半日。クルアハが行くと数時間前に出発した王弟よりも早く着く。
「これからどうなさるの?」
ブランシュはにこやかに尋ねた。
「国王陛下に謁見して参ります。騎士団長代理として報告せねばならないことができました。……何より大事な今後のことは陛下がお決めになるでしょう」
「そうですか。陛下によろしくお伝えください」
「……ずっと思っていたのですが、私はあなたに何かしましたか?」
クルアハは馬の準備の暇つぶしとして今まで気になっていたことをブランシュにぶつけた。
「どうしてでしょう」
「初めて会った時からどうにもあなたには嫌われているような気がしたものですから」
「嫌ってはおりません。レーヴの腹心、戦友ですもの」
「団長は……」
レーヴと言ったなと見ると貴婦人の仮面を脱ぎ捨て浅ましくも好奇心旺盛な恋する女の顔があった。なるほど、そういうことか。さすがのクルアハでも今までの流れからしてピンときた。ブランシュはレヴィアンに恋をして、そして、苦しんでいる。
「聞こえてたんですね」
「わたくしは耳が良いんですの」
「……レーヴは昔の仲間が呼んでいたんですよ。もうみんな死んじゃいましたけど……」
本当はクロム・クルアハ兄妹しか呼んでいなかったが、嘘ではない。レヴィアンの近くにいるとこーゆー誤魔化し方が上手くなった。
「あなたは私とレーヴが恋仲なのではと杞憂しておられる。それは取り越し苦労です」
「ほんとうに?レヴィの親しい方はあなた以外いません。あなたより信頼して気の置けない方はいないのよ……。レヴィはわたくしの夫なのに。レヴィはわたくしのもののはずなのに……。だから奪わないでちょうだい。お願いよ……。子どもも生まれるの!」
不安定に崩れる貴婦人をクルアハはぼんやりと見つめた。レヴィアンは誰のものにもなれない。もしなれるとしたらその人は、クロムは死んだ。
「彼を愛せば愛すほど不安になります……。わたくしを愛してくれる姿に縋ってもよいのか、信じてもよいのか。あれは虚像ではないのかと」
ブランシュは不安という蜘蛛の巣に捕えられている。少しでも解いてやりたいとクルアハは真心とわずかな罪悪感から口を開いた。
「団長は私の戦友です」
レヴィアンとクルアハの二人の関係を誰かに説明するには戦友という他ない。付け加えると死んだ兄の恋人だが、クルアハは自分の兄の話をあまりしたくなかった。
「私達はあの戦争で多くの敵を殺し、多くの仲間を失いました。多くの街を焦土に帰し、多くの街を護れませんでした。……だから、せめて団長には誰かを幸せにする人であってほしいんです。お互いを尊重し、支え合い、幸せを育んでほしい。戦争では何も護れなかったけれど、これからは大切な人を護り通してほしい。ですが、あなたを見ているとそれはできていないようですな」
クルアハは長々としゃべった。嘘ではない。ただ、何があってもレヴィアンはクロムを愛し続けるという予感は微笑みの下に隠し通すことにした。
「あの人は良くしてくれます……。私を愛してくれます。きっと生まれてくるこの子も……!」
ブランシュは潤んだ目を伏せた。そこには貴婦人の美があった。本来、きっと誰かが恋焦がれ、一番に愛されるような人なのだろう。レヴィアンに捕まったのが運の尽きだ。
「……わたくしが勝手にレヴィには他に好きな方がいるかもしれないと不安になっているだけです。親しい方はあなたしかいませんから……」
「団長が大切にすべき方は貴女以外に心当たりはございません。ご心配なら団長本人に尋ねてみてください」
レヴィアンの想い人は自分ではないし、貴女以外大事にすべき人はいない。伝えるべきことは伝えたため、あとはレヴィアンに任せようとクルアハは思った。レヴィアンならば完璧に対応して、ブランシュを恋の地獄から救い出すだろう。




