31. 憐憫
デュドネに背を向けたクルアハはタバコとやらを済ませたエドモンのところに向かった。
「隊長、……あれお一人ですか?」
「外部の人間に介入されるのはダメだから」
「って逃げてきたんですか。珍しいですね」
「私もタバコを吸うと言って逃げればよかったな」
「健康に悪いですよ」
タバコを吸うのをやめたエドモンはにこりと笑った。
「王弟殿下のご子息にお会いしたいんでしたね」
そういえばとエドモンはクルアハの本来の用件に話題を移した。夫婦仲に口出して良いことはないからだ。
「どんな子なの」
「はい、隊長。素直で大人に好かれやすい子です」
「ふーん、いくつ?」
「10歳です」
「まだ子供なのだな……」
「名前はシャルルです」
エドモンはクルアハが王弟の息子の名前を覚えていないと察したのだろう。エドモンもジョルジュもできた騎士だ。
エドモンに案内され、クルアハは真っ赤な壁に白い窓枠、黒い屋根の明らかに高級そうな建物の中に入った。
「どうして来たの。そんなの軍務大臣じゃないよ、みんな言っている」
「そのようなこと誰が言った?」
しんと静まり返った建物内を子供と大人の声が響いている。
「みんなレヴィアンさんが相応しいって言ってるよ!」
クルアハとエドモンにはどういう話の流れかはわからないが、まるで物語の舞台になりそうな宿では親子喧嘩が繰り広げられていることだけはわかった。さすがのクルアハも気まずい顔で声が飛び交う部屋に入った。
「これはこれは……。クルアハ副団長ではないか」
涼しげな顔立ちを歪ませ憎々しげに睨まれている。強がりとはいえひどい顔だ。これが王弟なのだろうか、兄王にあまり似ていないとクルアハは思った。
「王弟殿下、ご機嫌麗しゅう存じます」
エドモンがこれが王弟ですと答え合わせをしてくれた。
「何かありましたかな?」
「シャルル殿下のご様子を伺いに参りました」
王弟がクルアハを睨め付けるため、エドモンに代わってクルアハが口を開いた。
「それよりも、下手人は見つかりましたか?」
「目下捜査中です。なかなか手強いようですな」
下手人の身柄を押さえていることを王弟にレヴィアンはきちんと報告していないとクルアハは察した。
「誰かが隠しているからでは?」
「それはどなたがでしょう?」
「副団長よりも上が欲しくなったどなたかだ」
「団長を殺してもっと利を得ることのできる者を知っています。私だけではなくきっとみんな……」
「何だその口の聞き方は!!!」
怒鳴る王弟を見てクルアハは多分こいつがレヴィアンの罠にハマっだんだろうなと確信した。気まずい親子喧嘩を割って入って様子を確認した甲斐があった。
「父上、私の傷に響きますのでお静かに願います」
「ああ、すまぬ。すまぬな」
息子に対して小さく詫びを入れながらクルアハを睨むという小器用なことをして王弟は立ち去った。
「騒がしくして申し訳ありません」
クルアハは王弟の息子、団長が護ったシャルルを観察するためにしゃがんで目線を合わせた。
「いいえ。父が失礼をいたしました。クルアハ副団長。お久しぶりです。……たしか、レヴィアンさんの結婚式以来ですね」
「そうですね」
そうだったっけとクルアハはにこりと微笑んだ。
「危ない目に遭われて大変だったでしょう」
「それよりもレヴィアンさんの方が……、ひどい怪我をされていました」
「ご心配なさらずとも丈夫ですから大丈夫です」
「副団長は治癒魔法の腕が素晴らしいと聞きました。治してあげられないのですか?」
「……時には休む理由が必要なんですよ。兎角、団長はお忙しい」
「では、どうしてこちらに?」
「団長の顔を拝みたくて」
「……それって意味あるんですか?」
「もちろん」
クルアハはシャルルといとこ関係にあるブランシュを想起した。お上品な口調の最中にぶっちゃけどうなの?という具合に挑発を入れて出方を見るやり方は少し似ているとクルアハは微笑ましく思った。
「そういえば、本当に治せるの?」
シャルルは挑発に乗らないクルアハに痺れを切らしているらしい。気の早いことだ。
ほらどうなの?とシャルルはきれいな指に珍しくできたささくれをちぎり、血を出してクルアハの前に差し出した。傲慢さは父君似、王家由来らしい。
「……大した事のない傷は治さないようにしています」
「どうして?」
「割に合わない痛みが伴いますから」
「ッ……!」
シャルルは少しばかり顔を歪めた。ささくれは痕も残らず完治していた。
クルアハの治癒魔法は治癒の際に クルアハの魔力を使って魔法が発動し、クルアハか治癒される者のどちらかに激しい痛みが走る。選ぶ権利はクルアハが握っている。怪我の度合いに応じて痛みの強さは変わるが、たとえささくれの治癒であってもそれなりの、爪を剥がされたくらいの痛みはあったはずだ。それでも、シャルルは声を上げず、やや顔を歪めるだけだった。生意気で誇り高いガキだ、レヴィアンが気に入りそうだとクルアハはため息をついた。
「先程、なぜ父君にあのようなことをおっしゃったのですか?失礼ですが聞こえてしまいました」
王弟は軍務大臣に向いていない、レヴィアンこそが相応しい、みんな知っているという趣旨の発言に、よりにもよって実の息子から言われたことに王弟はひどく傷ついていた。
「真実ですから。あなたは子どもなのにそんなこと言うなんて嫌だと思うんでしょう。小賢しいってよく言われる。フフ……、レヴィアンさんはわかってくれたのにな!」
「思いません」
クルアハは面倒だなと思った。治癒の痛みに懲りず、シャルルはクルアハを挑発している。まさに子どもだ。クルアハは子どもの相手が不得意であるため、うんざりしていた。これは自身が生まれ育った孤児院に足を向けなかった遠因でもある。
「私は無学であなたに如何に才があるか、判断できません」
「賢いというのは学ではなく地頭の良さですよ」
「……地頭ですか。それもレヴィアンに言われたのですか?」
「いろんな人によく言われます」
「私はあなたのことを小賢しいとも地頭が良いとも思いません」
「本当に?」
「ええ。……あなたは父君があんなことを言われて次にどう動くか考えましたか?」
「え」
「なぜあなたは父君にあんなことを言ったのか、はたまた言わされたのか。お考えになられましたか?」
クルアハは立ち上がり、レヴィアンが気に入った子どもを見下ろした。
「私は悲しいくらい賢い奴を知っているんです」




