28. 臆病者は背を向ける
事が終わり、クルアハは孤児院近くの療養所にて安静にさせられていた。
ジョルジュは副団長に代わり、事の収拾につとめ、報告がてらクルアハの見舞いに行った。
「入りまーす」
一声掛けて中に入ると憮然としてベッドに座っているクルアハとその手を握る穏やかな顔をしたデュドネがいた。結婚当初は不仲と噂されていたが、今では穏やかな静寂を築くようになっている。どこか人を寄せ付けない冷たさがあった英雄が止まり木を見つけられたのかもしれない。心温まることだとジョルジュは安堵していた。
「終わったか?」
「はい。報告に参りました。ロシェクールの屋敷と絨毯屋にいた被害者全員の保護が終了しました。事の顛末としましては、成り上がり悪徳絨毯商人兄妹は追い詰められた末、差し違えて死亡、ロシェクールはやかましく暴れてますー」
「ご老体は大事にしてほしいものだ」
「そうですねー」
「にしても、兄妹は差し違え、か」
「覚悟ガンギマリですね」
「…………そうだな」
クルアハはどうでも良さそうに相槌を打った。
「旦那、これ見舞い品です」
「旦那……?」
クルアハは不思議そうにデュドネとジョルジュを見た。
「マカロン……?」
デュドネは不思議そうに渡された品の中身を見た。
「では、失礼いたしました」
ジョルジュは用が終わったため部屋を後にした。部屋には不思議そうにマカロンを見つめる二人が残された。
しばらくすると、外が騒がしくなりバタバタと足音が響いた。
「お邪魔するわよ」
堂々、モラービア侯爵夫人の登場である。
「リリー、どうした」
「……療養していると聞いてお見舞いに来たの」
フルーツざんまいと言わんばかりにリリーは果物をずらっと並べた。
「デュドネくんに剥いてもらってね」
「僕が……?」
デュドネはできるかなとザクロを手に取った。
「くん……?」
クルアハは不思議そうにデュドネとリリーを見た。
二人はロシェクールの被害者のケアについて話し合い、ついでにクルアハの話題をすることで仲を深めていた。ちなみにデュドネはきちんと魔法省の支援も取り付けていた。
「いい?ちゃんとデュドネくんのこと、大事にするのよ」
「するする」
「独善的な優しさはだめよ」
「……痛いところを突くな」
「あと、部下がいるらしいじゃない。無茶振りをしてはいけないわ」
「しないしない」
「忠実だからといって横暴に扱っちゃダメよ。人心掌握ほど大事なものはないのよ!情けは味方、あだは敵なりって言うでしょう!」
「わかったわかったわかった」
「本当に?」
「本当本当」
口煩いなぁとクルアハは思っているのだろう。リリーはこーゆーところは昔と変わらないと目を細めた。
「それより、リリーはどうなんだ?」
「……いつも元気よ!」
「幸せか?」
「家族ができて夢見たいよ……。私はね、ここで幸せに生きているの」
リリーは笑顔で胸を張った。素敵な家族に恵まれ、愛して愛されている。やるべきことも山積みだ。幸せだという言葉に嘘偽りはなかった。
「そりゃあよかった。私も嬉しい」
クルアハはにっこりと笑った。底知れない優しい笑みだった。
リリーはだからあなたも幸せになってねという言葉を飲み込んだ。今、言っても空っぽの器に吸い込まれて消えるだけだ。愛し満たすという言葉が実行された時に聞いてやろう。私は幸せよ、あなたは?と。どんな顔をするか見ものである。
リリーは嵐のように去り、部屋には果物を持て余した二人が残された。
「初めて会った時はあんなに明るい人だと思わなかった」
デュドネはどうやって桃の皮を剥こうかと思案しながら呟いた。
「本来はあれだ。ただ、猫を被ると誰よりも貴婦人になれる」
「なるほど」
初対面は何枚も猫を被っていたのかとデュドネは納得した。人前で猫を被る可愛げがないデュドネだが、そーゆータイプの人間がいることは認知していた。
「デュドネの前でああも素になるとは思わなかった。仲良くなったのか」
「どうだろう」
「くん呼びはかなり仲良くなったんじゃないのか」
あの人は呼び方で線引きする仕方のない奴なんだとクルアハは微笑んだ。きっと何よりクルアハを通じて仲良くなったのだろうとデュドネは思った。
「そういえば、侯爵夫人とはどういう関係?」
デュドネの勘でただの昔馴染みではないと感じていた。
「……むかし、ラブレターをもらったことがある」
「え、どうしたのそれ」
「捨てた。リリーにも伝えた」
これから戦争に征く身だったし、いつ死んでもおかしくなかったし、幸せになってほしかったしとクルアハは言い訳を続けた。
「……あなたは優しい人だね」
恋文を捨てることは良くないことだ。誠実な告白を誠実に受け止めないことは良くないことだ。でも、クルアハは誠実に受け止め、不誠実に断った。戦死よりもひどいと恨まれた方がマシだと考えたのだろう。デュドネは難儀で不器用な優しさを感じた。
「嘘はよくない。あれは失敗だった」
「嘘じゃない!」
デュドネは勢い余って声が大きくなった。そして、勢い余って今だ!と思ってしまった。
「僕はあなたの優しさが好ましい。………あ、あ……」
「どうした、顔が赤い。具合悪くなったか?」
デュドネのおでこにクルアハは手を伸ばそうとした。デュドネはその手を両手で握った。
「愛、してる!」
飾り気なく、きちんと伝わるように言わねばならないとデュドネは力んだ。
「…………私は愛を返せないよ」
クルアハはゆっくり首を傾げ、寂しげに笑った。
「問題ない」
「私が大事にしようとして失敗して傷付く日がきっと来る。そうだなぁ、孤児院のみんなのように、リリーのように。……人間なら正しく愛を返してほしいに決まっている」
デュドネの両手をクルアハはそっと外した。
「来ない。どんなことをしても誰かを護るあなたの隣にいたいんだ。そして、できたら僕の魔道具で護りたい。それがいい」
「……そう」
意志が固いデュドネに諦めたようにクルアハはごろんとベッドに横になった。
ちょうどデュドネに背を向ける格好となった。




