27. どんどん好きになる
クルアハとロシェクールの応酬が終わり、ロシェクールが連れて行かれると、クルアハがデュドネに近寄った。
「こんなとこいて危ないじゃないか」
クルアハは自分のことを早速棚に上げた。
「魔法省の異端児を見くびるのか」
デュドネの口から思ったより固い声が出た。怒っているわけではないが、クルアハの方が無茶しているではないかという不平が声に棘を作った。
「まさか……。ただ、領分というものがある。殺し合いはあなたの領分ではない」
ランスの悪魔は我が物顔で笑った。
「問題ない。護身用の魔道具を持って来た」
ソレイユ印だとデュドネはドヤ顔で筒形のものを絨毯から取り出した。さすがだなというようにクルアハは微笑んだ。
「……それより、手は痛くないのか」
打って変わって心配そうにクルアハはデュドネの右手を見た。先程、ロシェクールの頬を殴った拳だ。殴り慣れていない手は赤くなり、やや痛い。
「大丈夫だ」
一週間と少しぶりのクルアハはどこか懐かしかった。今までそれ以上に会わない期間はあったが、この一週間程でデュドネはいつものクルアハに会いたくてたまらなくなっていた。
「みんな何だかんだ言っていたが、クルアハを心配していた」
やっと会えたクルアハは羽織った騎士服の下に赤黒い襤褸着であるにも関わらず、通常運転だ。尚のこと心配を駆り立てた。
「…………そう?」
クルアハはゆるりと首を傾げた。この顔は何を言われているのか理解していない。デュドネはわかるようになっていた。先天的か後天的か、クルアハは気遣われることに負の印象を覚えているようだ。
「やはり、ひどい魔力不足だ」
たとえ、理解されず、どちらかと言えば怪訝な顔をクルアハにされようともデュドネは自分の想いを紡ぐ。煙たがれないように、慎重に、クルアハの気持ちを考えて……。クルアハは気遣われることに不慣れで、警戒心を抱いているとデュドネは分析していた。
「いや、これで結構動けるんだよ。身体自体は問題なしだからね。ここからが本領発揮っていうかね。バッキバキのゴッキゴキにしちゃうから。騎士団最強の力をご照覧あれなんてできちゃうから」
クルアハは身振り手振りを大きくして元気さをアピールした。クルアハにしては口数が多い。こーゆー時は相手を誤魔化そうとしているとデュドネはわかっていた。嘘をついているわけではない。デュドネの心配を逸らそうとする行為をただ指摘するのは気が引ける。ふと、デュドネはクルアハの大きな手に何も付いていないことに目がいった。
「指輪は……?」
クルアハがもし魔力不足に陥った場合、例えば今のような時に助けになることを考慮して渡した指輪がクルアハの指になかった。デュドネが手を加え、プレゼントしたあの黒曜石の指輪である。
「……あれはだな、いやなに、捕まってた子に渡してデュドネのところに送ったんだが」
クルアハははじめて罰が悪そうに眉を寄せた。想定外の使用方法にデュドネは魔道具の作り手として目が覚める思いがした。クルアハに対する想いをどう口にしようかという逡巡が吹き飛んだ。
「助けを求める気力がありそうな子だったから、きちんと状況を説明していただろう。巻き込んで悪かったな。まさかここまで来ちゃうとは」
「その前から探していた」
「……それで来たんじゃないのか」
「僕の研究室は人の気配を感知するシステムがある。誰か来るからその子は大丈夫なはずだ。あとでジョルジュに聞いてみよう」
クルアハが逃した子は無事だろうとデュドネが言ってもクルアハの顔は罰が悪そうに曇ったままだった。
「悪かった」
「何が」
「やはり、怒っているよな……」
「何を」
「あの指輪を誰かに渡したこと」
怒る?誰が?……僕かとデュドネは一瞬クルアハの言っている意味がわからなかった。たしかに、普通であれば伴侶が送った指輪を人助けのためとは言え誰かに渡すことは怒るに値するのかもしれない。
「まさかっ!!!」
「うわびっくりした」
デュドネの大声にクルアハは珍しく目を丸くした。デュドネは興奮していたが、怒ってはいない。デュドネもまた変わり者なのだ。
「それこそ正しい使い方だ!僕の魔道具は人を護るためにあるのだから!」
デュドネにとって魔道具は我が子同然。人助けの一助になればいいと願い作っている。だからこそ、戦争のためだけの道具は造りたくなかった。クルアハはロシェクールの被害者を救うために指輪を、僕の魔道具を使ってくれた、こんな最高な使用方法はない!やはり正しく使ってくれた!作り手冥利に尽きる!とデュドネは感動で昂揚した。
「……あぁ、うん」
クルアハはデュドネの勢いに気圧されているが、デュドネの興奮具合にクルアハを探し、心配した疲れも一役買っていた。甘んじて荒ぶるデュドネを受け止めなければならない。
「だから、近いうちに完成させる僕の怪我を治療する魔道具をあなたに使ってほしい」
「……他に必要な人がいるさ。私は治癒魔法が人より得意な自信がある」
「いや、人を護り、助けるあなたに使ってほしい。そんなあなたを護るために!」
人を護るために無茶をする優しい人を僕の魔道具で護りたい。僕を大事にしてくれる人を大事にしたい。愛する人に傷付いてほしくない。デュドネの心から湧き水のように滔々と感情が溢れる。
「それとも他に欲しい魔道具はある?僕、何でもできるよ」
デュドネが天才だから何でもできるわけではない。クルアハに言われれば何だってできる気がしているのだ。
「…………そんなこと言われたのは初めてだ」
クルアハはいつもは眼帯で覆っている左目を手の平で覆い、か細い声で呟いた。
「大丈夫?」
いつもより元気のないクルアハにやはり無茶をしたんだなとデュドネは実感した。デュドネは少しでも魔力を分けようとクルアハの手に触れた。剣を握る手は固く、冷えていた。
「あたたかい」
クルアハは口元を緩めた。そして、デュドネの手をぎゅっと握り返した。




