26. あなたに血は似合わない
休暇をとったクルアハは、故郷のパトリアをフラフラし、絨毯屋兄妹とロシェクール侯爵が手を組んで神隠しと噂される人攫いを起こしていると把握した。そして、ロシェクールの屋敷に忍び込み、牢屋にぶち込まれていた。日々、あの孤児院を思い出すほどにボコボコにされる片手間、近くの牢屋にいた二人を逃すことに成功した。正気を失っている子は我らの孤児院を頼るように指示し、誰かに助けを求める気力のある子に事態打開の望みをかけて送り出した。後は待つだけとクルアハがチャーシューの歌を考え、十番まで作詞作曲できた時、騒がしい気配を感じた。クルアハはゆっくりと起き上がり鉄格子の外にいるだろう兵士に声をかけた。
「やあ、見張りさん。外が騒がしくないか」
話し掛けても返事がないなとクルアハは鉄格子を揺らした。流石にこちらを振り向いた音がしたなとクルアハは口角を上げた。
「いないないばあ」
クルアハは手で顔を隠し、その間に見張りによって潰された右目を治した。
「ヒィッ!」
復活した視界には腰を抜かした兵士がいた。どうやら目は治せないと踏んでいたらしい。クルアハは怯えている兵士のポケットから鍵を奪い、鉄格子の外に出た。他の兵士がクルアハを警戒するように剣を向けている。
「あつい歓迎だな」
クルアハは華麗な身のこなしで牢屋の中にいた兵士達を倒した。牢屋の外の兵士呼ばせないように順序良く敵を捌く手際の良さはよくこーゆー目に遭っていたことに由来する。
悠々とクルアハは牢屋の外に出てロシェクールの屋敷の廊下に出ると見知った騎士がいた。
「後はよろしく、……ジョルジュ」
クルアハは牢屋の扉を指差した。囚われている女の子達がまだいるのだ。
「かしこまりました」
ジョルジュは突然現れた副団長に動じず、牢屋に行くよう女性騎士に指示を出した。
「お返しします。……副団長」
ジョルジュに恭しく差し出された剣と騎士服の上着をクルアハは受け取った。
「状況は?」
「ロシェクール侯爵が私兵を持ち、国家に反逆の疑いがある故、討伐せよと王命を承りました」
「解った」
淡々とクルアハは頷き、騎士服を羽織り、剣を腰に携えた。予想通りに展開が運んでいる。
「旦那が応接室にいますよ」
「……だれ」
クルアハは信じられないものを見るようにジョルジュの顔を覗いた。
「あなたの旦那様ですよ」
「…………デュドネが?」
「はい、いらっしゃってます」
クルアハは顔を蒼くした。デュドネは屋敷の応接室に出迎えられているらしい。クルアハは騎士を幾人か引き連れ、急いで応接室に向かった。
「無礼な……、誰かこいつを殺せェ!!!」
扉が開いていた応接室の中にはデュドネがロシェクールの頬を殴り、まさに一触即発であった。
「こいつってこれ?」
「貴様……!」
これはまずいと思い、クルアハはひとまずロシェクールの護衛を斬った。
「無事か、デュドネ」
「クルアハ!」
血飛沫越しのデュドネはロシェクールの屋敷に来るために正装していた。かっちりした格好に反して青いリボンを編み込ませながら緩く結ばれた黒髪は恐らくリリーのセンスだ。いい趣味だとクルアハは内心歯噛みした。
そして、黒と赤のコントラストは最高だが、やはりデュドネに血は似合わないなとクルアハは口元を歪めた。きっとデュドネはロシェクールの場所を把握するための囮を買って出たのだろう。
「捕えろ」
クルアハは意図した以上に冷たい声で連れてきた騎士達に指示を出した。
「触るな!儂を誰だと思っておる!!」
「……私兵をもって国家に楯突こうとした大罪人だ。しってるよ」
嗄れた声にクルアハは少し付き合うことにした。
「儂が陛下に刃向かうわけなかろう!こぉんな忠臣、他にはおらん!!貴様ごときが喚いても儂は裁けん!……陛下に会わせろ、話にならん!!」
「我々騎士団は王命で動いている」
「なにぃ……!うそだ……。平民風情が儂に嘘をつくな!!!」
喚くたびに皮がダルダルと揺れた。こんな奴のせいで子供達は苦しみ、命を落としたと思うと憤懣やるせない。
「これが嘘じゃないんだな。……直におわかりになりますよ、閣下」
「フッ、ハハハハハハッ!……思い知るのは貴様の方だ!儂はロシェクール、天下を操る傀儡師だァ!!」
「そろそろお役御免ということでしょう」
「儂が失墜して困る奴らは砂の粒ほどおる!……貴様には理解しきれぬよ」
「その砂で組み上げた城はなんとも儚いものですな」
「ガーハッハッハッ!たわけ!儂の目があるうちはたとえ砂上の楼閣とて崩れはしまーい」
「時代の荒波は砂の城を容易く飲み込みます」
「貴様らがぁ?荒波ぃ?鏡を見ろ、貴様らなど取るに足らぬ雫一滴よ!」
「一雫が幾千万と集まれば荒波に等しいのですよ」
「ハッ、笑止千万!このロシェクールが貴様らのようなドブ水に敗れてたまるかッ!」
「ここがあなたの終着点。どんな汚物であろうが引き際が肝心です。……連れて行け。ドブの如き意地汚さで逃げ出さないか見張っておけ」
ロシェクールとの会話に飽きたクルアハは部下に指示を出した。もう会うことはないだろうぶよぶよに老いた背中を見送った。




