24. あなたにあの子を愛せるか
デュドネは早速ジョルジュにクルアハが育った孤児院にロシェクールから逃げてきた女の子がいたことを話した。
「というわけでこの事実はロシェクールが悪事を働いている証拠になるか?」
「なります。旦那は被害者の保護をお願いします」
「……僕より領主に頼んだ方がいい」
できることはやるがとデュドネは考え込んだ。これからこの地で生きていく人間には領主の助けが最善だろう。
「俺はちょっと爆速で王都に帰りますね。王命もらって騎士団を連れて来ます」
「王命、か」
本当にできるのかとデュドネは目でジョルジュに問うた。王弟の庇護の元、政界で暗躍し絶大な影響力を保持しているロシェクール侯爵を王命で討伐できるのか。だからこそ王命でなければ難しいのかもしれないがとデュドネは考え込んだ。
「子供を誘拐する関係でロシェクールと懇意のレートー兄妹は用心棒を雇っています。……あれはロシェクールの私兵です」
この国において私兵は厳禁であり、私兵を有した疑いがあるだけで国家への反乱の疑いありとして騎士団をもってして捕縛される。
「難癖と国王陛下に言われないか?」
デュドネは論理が飛躍していないかと思った。ロシェクールの手下であるレートー兄妹の用心棒はロシェクールの私兵という言い分であのロシェクールを追い落とすには無理があるとデュドネは思った。
「そこは団長が何とかしますよ」
「なるほど」
不敵な笑みを浮かべるレヴィアンの顔がデュドネの脳裏に浮かんだ。確かになんとかなりそうだ。
デュドネがジョルジュを見送った後、デュドネは秘密裏にロシェクールから逃げた子供を領主のモラービア侯爵夫妻のお城に移した。
「大丈夫?」
「…………」
「ここは安全なところだからね」
「…………」
「まずは食事にしましょうか。温かいものを用意してちょうだい」
モラービア侯爵夫人は優しく女の子に声を掛け続けた。そして、その傍ら侍女達にテキパキと指示を出している。
「僕にやれることはないか」
「……いつかソレイユ公爵のお手を借りると思います。その時にお願いしてもよろしくて?」
「もちろん」
デュドネが素人目で見る分には身体に傷はないが心の傷は深いようだ。焦点のあっていない目と向けられた言葉に無反応な様子から、人間の所業とは思えない酷なことをされたことが容易に想像できた。
「……クルアハは見つかりそうですか?」
「あの子はクルアハに助け出されたらしい」
デュドネがそう言うと侯爵夫人は大きく息を吐いた。
「心配なのか」
「いいえ。ただ、神隠しはもうじき解決するのだろうと分かりましたので……」
ため息の言い訳を侯爵夫人は後ろめたそうに言った。
「あの子が無茶をすると全てが解決します。それでいいじゃないかと笑う顔を見ていると心配して止める気なんて失せてしまいますわ……」
みんなそんなことを言うとデュドネは思った。クルアハの自身を犠牲にする英雄的な行いに心を痛め、魅入られ、畏怖した人は数知れないのだろう。
「僕は治癒魔法をお手軽に使える魔道具を作ろうとしている」
「……なぜ?」
「クルアハのためになるだろうから」
「……どうかしら」
「治癒魔法はそれなりに繊細で魔力も使う。それを誰もが使える魔道具があればクルアハのためになるし世のためになる。疑問の余地はない」
「……そうですか」
侯爵夫人はぼんやりと呟きながらも、こちらを見定め、推し量るように真っ直ぐデュドネを見据えた。その眼差しはまるでクルアハの姉のようでもあるが、昔日の想いを下地にした熱情を孕んでいた。デュドネはその想いを受け止めるように侯爵夫人を見つめ返した。
「……あなたはクルアハを心配なさるのね」
「僕は彼女の夫だし、……愛しているから」
「そうですか、ふふふ」
侯爵夫人は震える声で笑い、白い手で目頭を押さえた。
「初めてお会いした時、私、言いましたよね。あの子は空っぽで愛しても無駄だと」
「ああ」
「あれは本当です」
少し俯いていた顔をパッと上げ、侯爵夫人は再びデュドネを見つめた。今度は縋るような、そして、試すような強い目線だった。
「……根気良く愛せばあの子の虚は満たされるのでしょうか」
「満たしてみせる」
「ならば、どうかずっと愛してくださいね」
「当然だ」
デュドネは紫色の瞳の懇願をしっかりと受け止めた。
「クルアハは直球に弱いですからガンガンいってください」
「ああ」
「直球に弱いは正確ではありませんね。そうじゃなければ伝わりません。何度も言わないと身に染みません。あれは朴念仁・野暮天・唐変木ですから」
「わかった」
「恥ずかしがってはいけませんよ。恥ということを打ち捨てて世のことは成りますから」
「わかったわかった」
デュドネは侯爵夫人の勢いに気圧された。初対面の時の腹立たしさは霧散したが、それとは全く違う面倒さが立ちこめた。
「あと……」
「なんだ」
トゲトゲしい声でデュドネは相槌を打った。会話を切り上げないということはデュドネなりに侯爵夫人を受け入れた証である。
「あなたから見たクルアハのことを教えてください」
存外に大人しい声による申し出にデュドネは面を食らった。
「短い付き合いだが……」
「これから長くなりますよ。何せ夫ですから」
「……そうだな」
デュドネはクルアハの人生に居座れる事実に思わず安堵した。
クルアハの部下、クルアハの孤児院の後輩、クルアハの知己と交流するうちにデュドネはクルアハにより会いたくなった。なんだかんだで皆あなたを心配していたと伝えたくなった。




