2. 好みの顔であればよしとしよう!
足取り重く、クルアハは玄関に向かうと、一人の男が見えた。噂通りの長身痩躯、黒髪、黒い瞳。あれが旦那様かとクルアハは判断した。
「あなたがクルアハ殿」
「ええ。……あなたがデュドネ・ド・ソレイユ公爵ですね」
「そうだ」
夫婦となる二人の初めての会話は大変ぎこちないものだった。
「様とか殿とか呼ばれんのは慣れませんので、どうぞ気軽に呼び捨てでお願いしたいですね」
「僕は馴れ馴れしく呼びたくない」
「それは失礼」
クルアハはフッと笑い、口の端を持ち上げた。クルアハから緊張と不安はすべて吹き飛び、どうにでもなれとさえ思った。
なぜなら、デュドネが大変好みの美形だったからだ!!!
クルアハは目の前の美しさに耽溺した。腰まであるまっすぐで艶やかな黒髪、切れ長の黒曜石の瞳、スッと通った鼻筋、赤くて薄い唇。どれをとっても一級品。血や汚れが似合わない清廉さがある。何だよ、最高に美しいと噂してくれよ!とクルアハは心の中で悪態をついた。
「……お座りになられては?」
「結構、長居するつもりはない。今日は言いたいことを言いに来ただけだ」
「何でしょう?」
クルアハはばっちこいと身構えた。
「結婚はするが、あなたを愛する気はない」
「心に決めた方でもいらっしゃいますなら、結婚はやめにしましょうか」
美しい人には幸せになってほしいとクルアハは心底思った。クルアハにとっての幸せの形の一つは好きな人と一緒になることだ。そのかけがえのない幸せを邪魔する気はなかった。
「フッ、あなたはそれで構わないのか?」
「ええ、心配無用です」
「ソレイユ公爵夫人の名は不要か」
「無くても何とかしますよ」
クルアハはデュドネと結婚できないと、貴族の身分と副団長の地位が与えられないことになる。
「強がりではなさそうだな」
デュドネはクルアハを物珍しげに眺めた。クルアハは組織やら貴族やらの縛りは不得手であり、それゆえに何かを犠牲にして得るものではないという一種の諦念があった。
「……まあいい。僕は結婚自体に異論はないんだ。見合い話にはうんざりだからな。だが、僕は忙しい。あなたに構う時間はない。それだけだ」
「はぁ、わかりました」
クルアハは美しい人に無理強いをする気は毛頭なかった。美しい人には自由であるがままでいてほしいのだ。
「この家はあなたの好きに使ってくれ。僕はここに寄らない」
「お気遣いどうも」
「あと、結婚式も執り行わない」
「わかりました」
クルアハは新郎姿のデュドネを見られないことをやや残念に思ったが、無理を強いる気もなく、また、自身も結婚式メンドクセーと思っていたため、唯々諾々と頷いた。
「お待ちください。式は執り行うべきです」
「なぜ?」
クルアハは執事ミレーの言葉に首を傾げた。
「お二人は国王陛下の取り計らいでご結婚されますから当然です。ましてや、旦那様は公爵という地位にいらっしゃいますので、盛大に式を執り行わなければなりません」
「それはどこかに決まっていることなのか、ミレー」
執事のミレーはクルアハの声の冷たさに背を震わせた。
「その、当然のことですので……」
「決まってはいないんだな?」
「決まりにはなってはいませんが、王命でご結婚されるわけですから、行わないわけにはまいりません!」
執事は汗をかきながらクルアハに言い放った。
「で、いくらかかんの?」
「……詳しく計算しておりませんが、前例に従いますと、およそ5000万ランでございます。ですが、奥様、費用が嵩むことは行わない理由にはなりません」
5000万ランかぁ、その辺のラーメンを1000万杯食べられるなとクルアハはわかっているのかよくわからない感想を抱いた。
「じゃあ、結婚式をする代わりに孤児院に5000万寄付しよう。戦災孤児が溢れている世に孤児院出身の私が心を痛めましたと言えば何とかなるだろ」
「……本気ですか?」
「うん」
執事の信じられないものを見る視線をクルアハは元気よく受け流した。
「構いませんね、ソレイユ公」
「……あ、ああ。……お金は僕が出す」
「なら、折半にしましょうか。私も式は勘弁してほしいんですよ」
「……わかった」
クルアハは英雄となったため、お金なら無限にあった。5000万ランという出費でも耐えうる程に無駄に、無尽蔵にあった。
「では、失礼する」
「ご足労どうも」
クルアハは麗しの背中に手を振った。デュドネはもうクルアハと会う気はないかもしれないが、夫婦となったからには何かしらで顔を合わせる機会があるだろう。クルアハは美しい人の人生をちょいちょい垣間見えるといいなと期待した。




