15. ダンスなんてお手の物、そう怒るな
クルアハはプランタン公爵夫妻が主催する夜会に参加していた。格好はいつもの騎士服ではなく、この前購入したデュドネとお揃いの服でもなく、真っ赤なドレスだ。いろいろヒラヒラふわふわしている。眼帯もいつもつけている黒い簡素なものではなく、赤いドレスに合った艶やかなものをつけていた。デュドネの母曰く、よく似合っているらしい。
「あら素敵ですわ!」
挨拶回りをしていた主催のプランタン公爵夫人ことブランシュはいつもと違う格好をしたクルアハが姿を現すと、すぐクルアハの元に駆け寄った。
「ありがとうございます」
クルアハはせめて表情だけでも赤いドレスに似合うようにと笑みを浮かべた。
「珍しいな。副団長がそんな格好するなんて」
「義両親曰く、ブランシュ様からクルアハさんがドレスを着たいと言っていたと聞いたそうですよ」
屋敷に置いてきた義両親のいいことをしましたというような清々しい顔を思い浮かべた。
「それはそれは……」
レヴィアンは口元を手で押さえた。人目がなければブホッと爆笑していただろう。
「レヴィも初めて見るの」
「ああ、そうだね」
レヴィアンは落ち着いた顔でブランシュを眺めた。
「……そうですわ。クルアハさんと踊ってさしあげたらどうかしら?」
クルアハはブランシュの表情を窺った。藤の花をモチーフにした艶やかなドレスに似合うような汚れのない淑女の顔をしていた。貴族特有のお澄まし顔とも言う。
「もちろん、クルアハさんさえ良ければですのよ」
無理強いはしませんみたいなブランシュの態度にクルアハはため息を吐いた。
「お手をどうぞ」
レヴィアンはすっと手を差し伸べた。落ち着き払った顔の下で面白がってんなとクルアハはため息を再度吐いた。
「初めてですのでお手柔らかにお願いします」
腹を括ったクルアハがレヴィアンの手を取り、上品なダンスが始まった。
クルアハはドレスを着たこともダンスを踊ったこともなかったが大した問題ではなかった。見たことがあったからだ。クルアハは大抵のことは見れば真似することができた。
「お姫さんは何考えてんだ」
クルアハはダンスを軽やかにこなしながら、余裕綽々、レヴィアンに話し掛けた。
「お前が考えたってわかりっこない。時間の無駄だ」
「はぁ?」
「害はないからいいだろう」
レヴィアンは胡散臭ぇ笑みを浮かべた。どうやらレヴィアンは訳を教える気はないらしい。クルアハは心当たりを探した。ブランシュはデュドネの両親にクルアハがドレスを着たがっていると嘘を吹き込み、自身が主催する夜会を利用して、クルアハに慣れないドレスを着させ、慣れないダンスを踊らせて、恥をかかそうとした、その理由。ダメだ、わからん。
クルアハはそんな嫌がらせを腐るほど経験し、踏み潰してきた。だが、ブランシュがなぜ夫の部下にそんな嫌がらせをするのか、よくわからなかった。クルアハは早々に考えることをやめた。人の心は難しい。考えるだけ骨折り損のくたびれもうけだ。いつかわかる日が来るだろうか。
「新婚旅行はどうだった?」
クルアハは害はないからいいやとレヴィアンと同じ結論に至り、世間話を振った。
「ラブラブに過ごしたよ。それはもう、ね……」
「奥方を大事にしているようで何より。で、お前は楽しかったか?」
「なかなか素敵なとこだった。お前もいつかデュドネと行くといい」
「検討に検討を重ね検討するとしよう」
「アハハハハ、それ行かない奴だな」
レヴィアンはいつもよりも控えめに笑った。
「そういえば、ドレス姿、デュドネに見せてないのか」
「誰かさんのせいで忙しそうにしているからね」
「……急ぎでお願いはしてないはずだ」
「じゃあ、やりたくなったのかな」
デュドネは今、レヴィアンに頼まれたらしい魔道具を試行錯誤している。気合いが入ると作業が止まらない。デュドネはそんなタイプだ。悩むことすら楽しんでいるのだろうか。休むことを忘れていないといいのだがとクルアハは自身の指輪を見た。
「……それがどうしてだかわかってないな」
「ん?……お題が上手かったんじゃないの」
デュドネのスイッチを入れたレヴィアンのオーダーが良かったのだろうとクルアハは決めつけていた。
「真実は本人のみぞしるところだが、俺は違うと思うな」
クルアハは頭にはてなマークを浮かべ、レヴィアンは訳知り顔で阿吽の呼吸のダンスを終えた。
「クルアハさん、お上手ね。……本当に初めですの?」
踊り終えた二人をブランシュは完璧な貴婦人の顔で出迎えた。
「ええ。ですが、何度も見てますので」
「え?」
「見ていればこれくらい踊れますよ」
クルアハは平然と言った。
「…………」
ブランシュは絶句している。
「副団長は見よう見まねが上手いからなぁ」
レヴィアンはハハハと上品に笑った。
「そういえば、この格好を夫に見せておりませんでした。今から見せて参りますね」
クルアハは適当に去り文句を言うとデュドネからもらった指輪の効果を使用してデュドネの仕事場に転移した。
後には、変わらんなと満足そうに笑うレヴィアンと笑みを張り付けたブランシュが残された。




