14. 叉焼が美味いと嬉しい
基本的にクルアハに休日というものはない。団長、副団長以外の者は通常週7日のうち2日休み、有給休暇あり、年2回の長期休暇ありというホワイト体制だが、レヴィアン団長とクルアハ副団長は週五日庁舎で働き、残りの週二日は何かしらの催しや会議に顔を出すか、緊急時に備えている。そのため、完全なプライベート休暇は稀である。
今日のクルアハは午後に夜会があるのみ。久しぶりに午前中はやや暇であるが、一日の最後に予定があるとそれがずっと頭にあり、暇を楽しめない。そんな憂鬱の中、クルアハは気がつくと昼を迎えていた。朝から昼まで屋敷でゴロゴロしていただけであった。
「本日はご希望のラーメンでございます」
「ありがとう」
王都で店を出し始めた料理長ルイが綺麗なスープのラーメンを出した。たしかに、以前ラーメンをリクエストした気がすると、クルアハは黙ってスープを一口飲んだ。濃い色の割にすっきりとした味わいだ。続いて、やや細めの麺を啜り、チャーシューを口に運ぶ。
「美味しいね。チャーシュー美味い」
味が染み込み、ほろほろと柔らかいチャーシューは最高の一言であり、付け合わせのゆで卵もちょうど良い塩梅の黄身加減だった。麺を啜り、スープを飲み干して、クルアハは小さな幸せに浸った。
「今日はプランタン公爵夫妻の晩餐会でございますね」
食後の幸せは束の間であった。屋敷の使用人・フェヴリエが気の抜けた時間を引き締めた。
プランタン公爵夫妻ことレヴィアンとブランシュは新婚旅行でガラーツの温泉に1ヶ月ほど滞在していた。ついこの間帰り、久しぶりに帰りましたパーティーを今日開くのだ。団長不在の間、副団長であるクルアハが団長代理で忙しくしていたため、休みたい思いが強かったが、クルアハの立場では無理な話だった。絶対近いうちに団長に仕事を押し付け、休みをもぎ取ってやろう。
「旦那様はご一緒しなくてよろしいのですか?」
フェヴリエは食器を音も立てずに片付けながら言った。クルアハが屋敷に来たての頃よりもフェヴリエは丸くなり、クルアハもフェヴリエの忠告を聞くようになった。二人はこの8ヶ月の間、歩み寄り、妥協点を見つけていた。その長いようで短い期間、つまり、クルアハがデュドネと結婚生活を始めてから、デュドネはこの屋敷に足を運んだことは初めの一度きりしかなかった。逢瀬はいつだってデュドネの研究室だった。
「今は忙しそうだからねぇ」
夫が屋敷に帰って来なくても別にいいだろうと思っているクルアハは何てことのないように言った。いつだかにデュドネの様子を見に行ったら、背中を丸めてじっくり悩んでいた。レヴィアンに治療用の魔道具を頼まれたらしい。生真面目なことである。
「奥様、お食事中失礼いたします」
執事のミレーが恭しくお辞儀をして声を掛けた。
「大旦那様と大奥様がお見えになっています」
「……どして?」
ミレーは黙して語らずの姿勢を貫いた。とりあえず、クルアハは大旦那様と大奥様ことデュドネの父と母の元に向かうことにした。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。クルアハと申します」
クルアハは執事のミレー並みに美しい角度で頭を下げた。クルアハは一度目にした動きをおおよそ再現できる特技があった。これは、鍛え上げられた観察眼と天賦の才、そして修羅場によるものだった。
「良いのよ~そんなこと~。それより、ブランシュ様から聞きました」
デュドネの母は穏やかに笑った。雰囲気はあまり似ていないが、容姿はデュドネとそっくりだ。キリッとした目元と長い手足、そして豊かな黒髪が特に似ている。良い遺伝子を受け継いだとクルアハは思った。クルアハは歳を経て穏やかになった黒い瞳と艶やかで深みのある黒髪、落ち着いた笑みとはやけに似合わない凛とした姿勢に思いを馳せた。
「デュドネが不甲斐なくて申し訳ない」
デュドネの父は仏頂面で言った。デュドネとよく似た雰囲気の髭がよく似合うダンディーな人だ。
クルアハはこれが両親かとぼんやり思った。そして、デュドネの母はブランシュから何を聞いたのか、デュドネの父はなぜ謝罪しているのか、クルアハには皆目検討がつかなかった。
「ドレスくらい好きなものを着ていいのよ」
デュドネの母は眉根を寄せて黒い瞳にクルアハを映した。
何の話?とクルアハは首を大きく傾けた。




