13. やまのあなたにありったけの愛を
珍しく、クルアハは団長室に呼び出された。大方、ブランシュ姫との新婚旅行前に団長の職務を引き継ぎたいのだろうとあたりをつけ、クルアハはレヴィアンの元に行くと予想通りのつまらない話だった。団長やら組織やらはクルアハにとって不得手で、誰かに指示を出すのも出されるのも嫌いだった。クルアハはレヴィアンがまともな命令をするから素直に従い、真っ当な部下がいるからそれに応えたいだけだった。
「引き継ぎは以上だ。隣で見ているから勝手はしっているな。では、団長代理として頼む」
「荷が重い」
「軽い軽い団長の荷は鳥のようだ」
「本当は?」
「激重。だが、無責任な連中にとってはノミのようだったろうよ。重いぐらいがちょうどいい」
「戦時中の団長は特に酷かったな」
「ああ、あれより下はないと思う度に下がある。素直にびっくりする」
「騎士団のドキドキ!ウキウキ!殺した~い♡ランキングでは敵将を据え置いて堂々の一位だったな」
クルアハは10年くらい昔の話を思い出した。兄のクロムは陰険な上官に投票していたな、やたら司会が上手い奴や滅法絵が上手い奴、無駄に歌舞音曲に長けた奴がいたなとクルアハは目尻を緩ませた。
「待て。だったなとか言われても知らない。何そのアホみたいなランキング」
「たしか……、ベスト10入りした奴にはバレないようにしてたんだった。忘れてた」
うっかり滑らしてしまったとクルアハは口元をおさえた。いや、もういいか、10年前共にたたかい、アホランキングに投票した連中はみんな死んだから時効だろうとクルアハは口から手を外した。
「……俺、何位だった?」
「どうだっけな。たしか一度7位に食いこましたはず」
「食いこましたってことは……」
「票は無制限に入れてよかったから」
「つまり、お前のせいで俺がアホみたいなランキングのベスト10入りしてたってことだろ?どうやって俺から隠してた?」
レヴィアンは古代魔術に精通し、人の心を読める魔術も習得していた。その能力は対人戦術、権謀術数、人心掌握に大いに役立った。そして、人の考えることで知らないことはないという傲慢さも持ち合わせていた。
「みんながみんなお行儀良く心で考えているわけじゃない。知っての通り、反射で動いているやつもいるのだよ、サトリくん」
「……たしかにそんなバカばっかだったな」
「懐かしいか?」
「……いや。夢に見るからな」
クルアハも戦場でのことはよく夢に見た。仲間とわいわいしたことから何もかも護れなかったことまで幅広い夢を見るが、共通して目が覚めると頬が濡れていた。
「兄さんのことは吹っ切ったのか」
「俺が愛するのはお前の兄だけだ」
変わらないド直球にクルアハは呆れるしかなかった。
「……妹としては嬉しい限りだが、姫さんと新婚旅行に行く野郎の台詞じゃないよ。乗り換えろ」
「ブランシュもこれからできるかもしれない家族も私は愛する。でも、この俺が一番に愛するのはクロムだけだ」
「もういない奴を愛してどうする」
クルアハは意味がわからないと首を傾げた。レヴィアンは愛がわからないとのたうち回るガキを微笑ましく見るように、そして仕方がなさそうに首をすくめた。
「俺が子供の頃過ごしたところに海の向こうに理想郷があるという言い伝えがあった」
「そんな話、信じているのか?現実主義者が?」
「あったらいいなと思う」
「あったとしてもお前は地獄行きだから関係ないな」
「その言葉はそっくり返そう。ランスの悪魔」
「悪魔は地獄にいてこそだな」
ふふふとクルアハは肩を揺らした。
「お前達の故郷にはそんな話はあったか」
「ああ、たしか……。山の彼方に幸福な場所があるらしい」
「じゃあ、山の向こう。クロムがいる理想郷に俺の愛を届ける。届け続けるよ、ずっと」
「届くのか?」
「届くさ。俺はクロムを愛しているしクロムも俺を愛しているから」
愛を語る人間は総じて目を煌めかせる。愛する人をまぶたに思い浮かべているのだろうとクルアハは痛ましく思った。
「……人は変わる生き物だ。変わっていいんだよ。無理はするな」
クルアハは愛がどのようなものかよくわからない。ただ、レヴィアンが今後はブランシュを優先しなければならないことはわかっていた。
「俺は人でなしだぞ」
「あー言えばこー言う」
「お前もそうだ。10年戦場にいて何も変わらない人でなしだ」
「変わったよ。左目が潰れた」
「お前なぁ…………」
ほらと眼帯を外すクルアハを見たレヴィアンは何と言えばよいかと口をもごもご動かしたが、結局何も言わなかった。そんなレヴィアンを尻目にクルアハはガラーツ土産は瑞々しいゼリーがいいと見送った。
後日、ガラーツから直送でプルプルのゼリーが2つ送られた。透明なゼリーが中央の青い楕円形を囲っており、ご丁寧に1つは無惨に潰されていた。クルアハはデュドネの研究室に持って行き、一緒に食べた。クルアハは潰れた方を食べた。甘かった。




