第三百七話 完璧じゃないからこそ
「――勿論、叶えるさ」
さらりと。最初から、問われる前から既に決めていたかのように返答をする。
「あーあ。つまんないの。だったらもっと楽しい話でもしてればよかった」
世界の意思の叶えて欲しい願い。完全な世界を求められてもジーンは笑っていた。
無理だと絶望することなく難題だと激昂することなく、小さく穏やかな波にすらならない。
「ミィは解放してくれるんだな?」
「えー? それは無理なんじゃない?」
「交渉は決裂今すぐにでも力づくで奪うことになるが、いいか?」
「違う違う、そうじゃないって。私が言いたいのはあの子が存在している以上は完全な世界なんて創れないってこと」
「できるかできないかを決めるのはお前の仕事じゃないだろ」
「ちょっと~? 親に対してお前ってのは酷いんじゃないの?」
「じゃあ聞くが、子に対して今現在何を強いろうとしているのか理解できていないのか?」
「それ口答えってやつじゃないの~? こんな美人なお母さんにそんなことしちゃっていいのかなぁ?」
「くぬぬぬぬぬぅ~!」
ああ言えばこう言う。これ以上に何を言い返そうともニヤニヤしながらまた言い返してくるのが分かり、ジーンは自ら言葉を押し殺す。
そんな様子を世界の意思はケケケ楽し気に笑う。
落ち着いた態度を見せ、今僕格好いいでしょと言いたい気持ちを隠せていなかった子への悪戯。
ジーンの視ている未来の景色を想像した世界の意思は既に“諦めていた”。
「貴様は何が視えている? 先を知れるのだろう?」
それは神子への問いかけ。未来が視えるのは神子に与えられた力であり、世界の意思にできるのはあくまでも予測なのだ。
自らが予想する託した世界の行く末と、神子が視る世界の景色が一致するのかどうかを知りたいということなのだろう。
突然の話題の転換に驚きつつも問われたのならば答えなければいけない。
神子はどう伝えるべきなのかを考えつつ、目を閉じ遥か先へと己の眼を飛ばして視る。
神子の力は未来を知ることができる力ではなく、未来を視る力。
そこに生きる人は笑うのか争いに向き合っているのか。穢れが満ちている空を仰ぐのか花が溢れ生気で生い茂った大地を見渡すのか。
選ばれた魂の傍には何が存在しているのか。
「何も、視えない」
「闇が視えると。世界は崩壊し、先にあるのは希望ではなく絶望だと?」
本当に。本当にこのシステムは誰の味方なのだろうと。
緊張を解いたのは世界の意思に続いて二番目だった。
神子は笑って、答えた。
「僕の力でも干渉できない隔たり。そこから先の未来は今の常識が何もかも変わってしまっている全く別の世界」
「つまり?」
「世界は生まれ変わるということ、かな」
嘘を言う理由もない。世界の意思を欺き、今を乗り越えても状況は変わらないどころか悪化する可能性の方が大きいのだ。
信じるに値しないと見限られた瞬間に世界はすぐにでも浄化されててしまうだろう。
逆に言えば、未だに世界が浄化されていないこの状況は世界の意思が判断に迷っているとも言える。
ミィを殺すのではなく隔離するという方法を選んだのは、ジーンに対して希望を捨てていないから。
この子ならやってくれるかもしれない。何かが変わるかもしれない。
そんな期待を持っているからこそ対話することができているのだ。
システムが人格を持ったことで生まれた隙。
生き物が獲得したそれは弱点か、それともより高みへと至るための強さか。
情という曖昧な天秤が生むのは不正確性。
およそ完璧には程遠いようにも思えるその実態は、今はジーンが目指す結果へと至るための助けとなる要素の一つに過ぎない。
「少し違うな」
神子の言葉を訂正するのはジーン。
自信に満ちたその顔にいつもの調子に戻ってきたと安心したのは一体誰であったのか。
「俺が世界を変えるんだ」
そう覚悟を言葉にする。思っているだけじゃなく、そう宣言をする。
これは神話の始まりの物語。
世界を創り変える者達の未熟を称える物語。
幾つもの可能性を模索して。
幾つもの失敗を乗り越えて。
果てしない時間を消費して。
果ての無い世界の姿を求めて。
功績は穢れを入れる器を新たに作ったことではなく。穢れと浄化の循環の流れを新たに作ったことでもなく。
必要だったのは諦めることでも最後まで抗うことでもなく。不要だったのは足掻くことでもなく願うことでもなく。
神の域へと至ることができたのは救いたいという純粋な心だけ。
それは世界に生きる全てのモノへの普遍的な愛ではない。
どこまでも我儘な。
個人的な感情を優先させる自分勝手な心が重要なカギであった。
「ミィを救う。不要な存在だなんて、言わせない」
世界を救いたいという漠然とした気持ちは世界の意思によって与えられたもの。
ジーンが生まれたその瞬間から誘導されてきたとも言えるだろう。
何を成せば世界を救えるのかなんて分からないまま、世界中を巡っていた頃があった。
ただ困っている人を助けていればその内に何か見えてくるだろうと、日々を過ごしていた頃があった。
もし仮に、そんな日が続いていれば生涯をそのまま終えていただろう。
しかしそうはならなかった。チャチャに出会い、そしてミィに出会い。
世界の意思に植え付けられていた救世の感情はいつしか、より個人へと向ける感情として大きくなっていったのだ。
――疑問があるとすれば。
何故、ジーンは世界の意思による救世への感情が変化していったのだろうか。
「やっほ! 準備できたよ~」
「出たわねこの裏切り者が」
それは前触れもなく。
格好良くキメたジーンの後ろに現れたのはミカ。
そして、鋭く吐き捨てたのは世界の意思であった。




