2本の剣に捧ぐ歌
夕暮れに山脈が照らされ、赤く彩られる頃、山に囲まれた平坦な地にひっそりと集落があった。川に沿って建てられた家からは夕飯の支度をしている様子が伺え、子供たちは川で遊んでそろそろ帰ろうかと話し始め、羊飼いは羊たちを追い込み始めていた。
ノーネームの脅威が話だけで伝わっている地域のせいか、集落には争いの気配を感じられないゆっくりとした時間が流れていた。
酒場で出される話題も商人の数が減ったことを嘆く愚痴や、作物が豊作だったこと、人々の噂話など戦火とは程遠い内容であった。
すると、遊んでいた子供の一人が空に向かって指をさした。続いて遊んでいた子供もつられて見上げ、その様子を見ていた大人も同じように見上げた。
集落の上空には赤黒く、光を一切反射しない禍々しい球体があった。何の前触れもなく、音もなく、浮いていた。山に消えようとする太陽とは全くの異質で、それを見た大人はただならぬ気配に我が子のもとへ走った。
上空の球体が歪にうごめくと人の形をした鎧が這い出し、地面に向かって次々と落下して鎧が鈍い金属音と共に重なっていった。
集落の大人たちは話に聞いていたノーネームだと理解すると、たちまち混乱に陥りうろたえて呆然としている人や、本能のままに叫びその場から走り出す人、守るために武器を手に取る人と行動が分かれた。
ノーネームは立ち上がると住民に向かって放たれた狼のように走り出した。その間にも球体をしたコアからはさらに、人型だけでなく鳥型や異形のノーネームが湧き出していた。
1人の少女が突き出た岩につまづき、地面へと倒れてその白い肌に生々しい切り傷がついた。岩肌に擦れる金属音がだんだんと大きくなり、少女は一直線に向かってくるノーネームを見ると恐怖に体が凍り付いた。
周囲の大人がそれに気づき守ろうと走ったがノーネームのほうが近く、剣を振り下ろすのが先だと明らかだった。
大人は少女の名前を叫び、逃げるよう願った。しかし少女は今まさに振り下ろされる剣を瞬き一つせず見つめ、瞳に涙を浮かべた。
次の瞬間に少女が見たのは、視界が自分の血で染まる光景でもなく、誰かが自分の身代わりになる光景でもなかった。
突如として後方から青い光を放つ衝撃波がはしった。人型ノーネームを宙へ飛ばして鎧を切り裂き、空を飛ぶ鳥型を地に叩きつけて粉々にした。
それほどの威力でありながら、少女にとってその衝撃波はまるで母親に髪をとかしてもらう時の優しい手つきを思い出させた。
「すまない、来るのが遅れた」
深緑のマントが風によって翻り、見え隠れする体には白銀の鎧を着た女性の旅人が少女の傍に立っていた。フードを被り微かに見える瞳は暗くても分るぐらいに透き通る青色をしていた。
もちろんそんな旅人が集落にいることを知っている者はおらず、一瞬にしてノーネームを蹴散らしたことも相まって大人たちは困惑の表情を浮かべていた。
「もう安心だから、親の元へいきな」
旅人は少女の手を取り立たせてあげると、服についている埃をはらい頭を撫でた。少女は旅人に背中を押されると一目散に親の元へと走った。
その途中で振り返ると、すでに旅人の姿はそこにはなかった。
衝撃波で倒されなかったノーネームは再び行動をし始めようと動き始め、コアは破壊されたノーネームの数よりもさらに多く生み出し始めた。
それだけでなく通常の人型とは比較にならないほどの体格を有し、鎧も壁のような厚さをした巨人型を地に落とした。着地と同時に大地が震動し、両手には石造の家など簡単に吹き飛ぶような巨大なメイスが握られていた。
集落の人々はすでに家に立てこもり、または逃げ出すかをして人の姿は集落内になかった。ノーネームの軍勢に旅人は立ちはだかり、ノーネームも無視できないと判断したのか、旅人以外には目もくれずにいた。
山脈から吹き降ろされる風が草木を揺らす音と無機質な金属同士がぶつかりこすれ合う音が辺りに広がった。
ノーネームは何の合図も無しに一斉に襲い掛かった、それぞれが手に持った武器を乱暴に振り、矢と槍が標的に向かって飛んだ。
そして旅人の手が光りだしたかと思うと、何も持ってなかった両手には煌めく長剣が出現した。
最前線にいたノーネームが長剣の間合いに入った瞬間、水平に薙ぎ払う斬撃がノーネームの鎧をはねた。
長剣に纏っていた魔力が斬撃に遅れて衝撃波となり、間合い外にいたノーネームも切り裂き、さらに矢と槍を弾き返した。
旅人は続けて長剣を掲げ、縦に一閃の如く振るった。斬撃となった衝撃波は巨人型ノーネームまでの障害となる敵を吹き飛ばし、通った後には一直線の道ができた。
旅人は雷光に似た光を発して長剣の間合いまで巨人型に接近した。巨人型が迎え撃ってメイスを打ち据えるも、旅人に触れる前に腕ごと上空へ斬り飛ばされていた。
旅人の右手には光の球体が生成されており、それを地面へと叩きつけると強烈な閃光を伴い空気が激震するほどの爆発を引き起こした。
爆心地に近いノーネームは塵となり、離れていても原型を見失うまで砕かれた。唯一耐えた巨人型の鎧には深い亀裂が蜘蛛の巣状に広がり、その巨体は宙へと巻き上げられていた。
そして旅人から放たれた槍が巨人の胴体部分を貫通し、そのままの勢いで浮いているコアに突き刺さった。
やがてコアは活動を停止し、ボロボロと破片をばら撒いて崩壊していった。そして後に残った黒い体液と鎧の破片は時間が経過するとともに風に吹かれて消えていった。
集落の家々は倒壊どころか欠けてすらおらず、多少地面がえぐれているぐらいでとても戦闘があったとは思えなかった。
音が止んだことに気がついた大人達は外へと出た。時間にして事が起きてから我が子を連れ、家族の無事を祈り始めたばかりであった。
人々は脅威の去った後に佇む旅人の姿を見た。長剣は光となって背中に納刀され、旅人は元来た道を引き返し始めた。
「待ってくれ! せめて礼を言わせてくれ!」
そこへ一人の男性が駆け寄り、旅人の手を掴んでそう言った。傍には先ほどの少女もいて男性の陰に隠れていた。
「娘を助けてくれてありがとう! この恩は決して忘れない!」
「いや、もっと早く来れれば危険にさらさずに済んだんだ。大きな怪我がなくてよかった」
少女はまだ恐怖が抜けきってないのか、男性の陰に隠れながらも視線は旅人に向けていた。旅人は少女に優しく微笑み返すと、少しだけだが笑顔を見せた。
「もう日も遅いから泊っていくといい。歓迎するよ」
男性の提案を聞くと、旅人は山脈の向こうの空を見て考え込んだ。そして申し訳なさそうな声と表情をして言った。
「申し訳ない、気持ちはうれしいけれど行かなくては」
「そうか…じゃあすぐに用意するからもう少しだけ待ってくれ!」
それを聞いた集落の人々はすぐに家に戻り、旅人のために物資を集めた。干し肉に酒や香辛料といった保存食に加え、旅に持っていくには十分すぎるほどの金銭も集められた。
それらを持ち運びやすいように旅人が持っていた荷物袋に丁寧に詰められ、最後に羊毛で織られたスカーフが添えられた。
「これは?」
「ここでは羊毛と織物が自慢なんだ、最近はもうないが妖精族の皇族とも取引をしていたぐらいだ」
「ありがとう、他にもこんなに貰って…大切にするよ」
「これでも足りないくらいさ」
旅人は整理が終わった荷物を背中に背負うと身だしなみを整え、男性に向き直った。
「それより、またあいつらが来るかもしれない。次もまたこれるとは保証できない」
「そんな…じゃあどうしたら?」
「山を下りて、武装族の街に避難した方がいい。他の集落や村も集まってる」
旅人が言ったことはいわば育った集落を捨てろという意味だった、避難とはいうがいつ戻れるかも不明であり戻ってきても集落が存在しているとは限らない。
男性は非常に苦しい選択を迫られたことになった、また次襲われたら太刀打ちできるとは到底想像もできなかった。
「………分かった、忠告を受け入れよう。一度みんなで相談する」
「こちらもできる限りのことはする」
旅人は集落の人々に見送られながら歩きだした、感謝の言葉を投げかけ、中には楽器を持ち出して演奏をし始めた人もいた。
「最後に聞かせてくれ! 貴女のことは何と呼べばいい! ずっと語り継いでいこう!」
「…好きなように呼んでくれ、前の名前ではあまりにも身に余るから」
旅人はそう言い残すと人々の目の前で青い光を残し、山脈を駆けていった。あっという間に見えなくなり集落にはつかの間の平穏が戻った。
それからこの地では、2本の剣を携えた精霊が異形を退ける歌が継がれるようになった。ある者は精霊を羊と人を見守る白狼と歌い、またある者は地を治める女神と歌った。
共通することとして2本の剣が歌われ、2本のうち片方は長剣でありもう片方は腰に提げた刀であった。
そして、この旅人の正体を知る人はエーリルと呼んだ。




