残された者の行進
魔法族の隠れ里が滅んでから季節が流れ、冬が訪れようとしていた。枯れた葉が風に乗り、冷えた空気が肌を小さく傷つけた。
緑が燃えるような夏も豊かな実りをもたらす秋も、人々の記憶には残らずにいつの間にか過ぎていった。ノーネームとの戦いは終わりを感じさせず、楽しむ余裕さえ奪われのだ。
武装族の街には各地の避難民たちが集結し人で溢れかえった。大通りには即席のキャンプが所狭しと並び、活気とは言えない雰囲気が漂っていた。
子供たちの遊び場であった広場も炊き出しの会場となり、腹を満たそうと配給の列が絶えることは無かった。
今ではもう部族同士の衝突はおこらず、人々はみな肩を寄せ合い運命を分かち合った。
太陽がそびえる山脈に落ちていく頃、武装族の街はずれに煙突が特徴的な家があった。かつては鉄を打つ音が辺りに響き渡り、煤けた煙が立ち昇っていた。しかし現在では見る影もなく静まり返って、そこが鍛冶屋だと知っている人でも見失うほどには違っていた。
鍛冶屋へと続く道にはフリッツの姿があった。隠れ里の戦いにおいてエリスと共に生還したのだった。龍型ノーネームが焼き払う直前、エリスは目の前にいたフリッツを掴み転移の魔法陣へ飛び込み、隠れ里から脱出した。
今は剣も防具も装備せずに普段の布着に身を包んでいた。フリッツは片手で抱えるほどの紙袋を運んでおり、もう一方の手には野菜や乾燥肉が入ったバスケットを下げていた。
家である鍛冶屋に着くと、武装族の兵士であるディーシアが玄関の傍でうたた寝をしていた。彼は以前フリッツの父親にあしらわれ続けた兵士だった。
「起きろ、飯やらんぞ」
フリッツが軽く足で小突くとディーシアは大きなあくびをしながらフリッツを見た。
「おっと、もうそんな時間か」
家の扉をディーシアに開けてもらい、二人は家の中に入った。鍛冶屋の要でもある炉は冷めきっており、鍛冶の道具も材料も運び出され、全体的に薄暗く広々としていた。
生活スペースである二階にあがると、テーブルに置かれたランタンは小さな火がちらつき、部屋をほのかに照らしていた。
「ただいま、今日はジェーンの奴がパンをおまけしてくれたんだ。すぐにごはんを作るよ」
「……」
テーブルの横でゆりかご椅子が呼吸に合わせて微かに揺れていた。椅子にはソフィアの姿があった。彼女もまた隠れ里の戦いから生還した内の一人であった。
しかし今は何もしゃべらず、何も反応せず、ただただ日が昇り落ちていくのを眺めていた。ゆりかご椅子に揺れているその姿は人形そのものと言えた。
フリッツは紙袋とバスケットをテーブルに置き、台所のかまどに薪をくべて火をつけた。その間にディーシアはナイフで細長いパンを切り分け、スープのために野菜と乾燥肉を切っていた。
「またこのパンか、何麦かは知らんが酸っぱくて苦手だ」
「文句があるなら自分で作ることだな」
「下の炉で焼けそうじゃないか?」
「苦いパンができそうだな、まさに炭みたいな」
兵士であるディーシアがフリッツ達と同じ家で暮らしているのはソフィアの護衛のためであった。ソフィアは妖精族の皇女であり生き残りとして守るべき存在であった。そのためディーシアがソフィアの護衛に選ばれた。
同じような理由でフリッツはソフィアの世話役をしていた。本来であればフリッツは大事な戦力として武装族の兵士と召集される予定であったが、エリスの計らいにより召集を免れた。
一方のカインは残り少ない、高度な魔法を使える人であるためエリスと共に行動することとなった。
フリッツの父親であるヘクトールは武具の生産のために街の中心部へと鍛冶場を移動した。幼馴染のジェーンも中心部で食糧生産のため場所を移した。
数日に一度の頻度でエリスがフリッツ達の様子を見に来ては、ソフィアを外へ車いすで連れ出して散歩に出ていた。
フリッツは食品棚から乾燥豆を取り出して水が沸騰している鍋の中にざらざらと入れた。ディーシアが切った野菜や乾燥肉も豆と同量いれて、塩や刻んだ香辛料で味を見ながら整えていった。
「スープといえば、前に炊き出しで貰ったあのスープ思い出すな、あのでっかい鍋でずっと煮込んでた」
「栄養スープだっけ。甘ったるくてとにかく味が濃かったな、油が口に残っておいしくなかった」
「あれ捨てる予定の残飯使ってるって仲間から聞いた」
「……そういうこと普通言うか?」
スープの調理が終わると器に注ぎ、テーブルに3人分並べた。スープの器にパンを添えた簡単な食事だった。パンは大量生産と保存性を兼ねるため非常に硬く、パン単体ではとても食べれたものじゃなかった。
ディーシアはパンを全て一口大にちぎるとスープに入れて食べ始めた。
フリッツはその様子を見ながらちぎったパンをスープに浸して柔らかくすると、それをソフィアの口に運ぶと、何も抵抗せずに口に運ばれたものをゆっくりと咀嚼してから飲み込んだ。
味の感想はもちろん言わないし、表情も変わらない、きっとナイフを喉元に当てられてもそれを受け入れるだろう。
「そういえば、この地を捨てて新しい街に移住するって計画があったな」
「配給を貰うついでに聞いてきたけど、炭坑をさらに掘って山脈を貫通させるのと、山を越えていくので分かれてるらしい」
「どちらにせよ気の遠くなる話だ」
あの時。フリッツは隠れ里から脱出した直後、戻るようにとエリスを責め立てた。しかし転移できる魔力が残っている魔法族が残っていなかった。
隠れ里に戻れたのはそれから翌日のことだった。戦地となった光景にフリッツは言葉を失い、ソフィアはひどく精神を取り乱して気を失ってしまった。
フリッツはエーリル達の痕跡を探し回ったが一切を見つけることができなかった、そしてソフィアが目を覚ました時、言葉を発しなくなった。オステアを行かせてしまった後悔と失った悲しみにより精神が擦り切れてしまい、自我を保てなくなってしまったのだ。
食事を終えて後片付けをすませると、フリッツはソフィアを抱きかかえてベッドへと運んだ。睡眠の邪魔にならないように毛布を整え、ランタンの光が届かないように調整した。
ディーシアは補給の紙袋の中からぶどう酒の瓶を取り出すと二つのコップに注いだ、その間にフリッツがテーブルの上に地図を広げた。
地図はこの地の詳細が細かく書かれいた、物流に使われる道から古い山道までを一度に把握できるほどであった。地図にはペンで日付と共に印がつけられ、何も書かれてないところがないほど書きこまれていた。
「今日はどこの地域から来ていたんだ?」
「ここから3日ぐらいの山間集落に住む武装族だった」
ことの発端は魔法族の隠れ里が壊滅してからしばらくの頃、武装族の街に続々とこの地に住まう生き残りの人々が集結し始めた。
避難してきた人々は皆くちをそろえ「白銀の少女に窮地を救われ、武装族の街に案内をされた」と言った。それを聞き、エーリルのことだと確信した。
ノーネームのコアが目の前に現れ、鎧の異形が押し寄せてきたと思ったら、白銀の少女が青い輝きを放ち、瞬く間に葬っていたという。
その人らにフリッツは助けられた日にちや移動距離を聞き、地図に書き込みをしていった。そうして分かったことは常人ではありえない移動速度で各地を巡り、多くの人々を助けていた。
この事をソフィアに伝えたが、言葉が届くことは無かった。それならば、いつか正気を取り戻した時にエーリルの活躍を教えてあげたいと思い、フリッツは記録を続けていた。
心地よい酩酊の中、フリッツは考えていた。理由は分からないが、人が届くはずのない強さの境地にエーリルは到達し、戦場を探し回っている。いつの日か垣間見たエーリルの戦いに飢えた目をしているのだろうか。
そして、避難してきた人に聞いてもエーリルばかりで、オステアと思われる情報を得ることはできなかった。強いて一つあるとすれば、エーリルが折れた翡翠の刀を所持しているという事がオステアの最後を物語っていた。
フリッツとディーシアはつい飲みすぎてしまい、テーブルにうつぶせになって寝息を立てていた。そこに突然、椅子が倒れる音が鳴り二人は酔いの中でも咄嗟に身を構えた。
音の正体に驚きを隠せなかった、そこには壁や棚に寄りかかりながらもソフィアが立ち上がっていた。
「き、急にどうしたんだ?」
「迎えに、迎えに行かなくちゃ」
フリッツがどうにか手を貸そうとしているのにも目もくれず、ソフィアは必死になって一階への階段を目指していた。その足取りは固まった体に鞭うって動かしているのが分かるほどに、弱弱しかった。
「あまり無理するな!だいたい誰を迎えに行くんだ!」
フリッツはソフィアの肩を持ち、歩くのを補助した。ディーシアに目で合図を送ると明かりを持ち、先に一階へ降りて玄関へ向かった。
「エーリル……今、いくから」
「いるのか? 本当に、エーリルが?」
丁度階段に差し掛かった時、玄関の扉が粉々になり、破片が一階に散らばった。そのすぐ後に人が一人、倒れこんだ。階段から玄関までの少し離れている場所でもわかるぐらい知っている人がそこにいた。
フリッツは聞きたいことや言いたいことが溢れだし、それは涙にも表れた。ソフィアはフリッツの補助から離れ、階段の手すりにつかまって叫んだ。
「エーリル!」
しかし、ソフィアの呼びかけにはピクリとも反応せず倒れたままだった。
「君らであってるかな? フリッツとソフィアは」
エーリルの背後には見知らぬ女性が立っていた、だがすでにその女性は血まみれで、引き裂かれたコートから見える体はえぐれていた。何も音はしなかったが戦闘があったことを知らせていた。
辺りに緊張が走り、フリッツはソフィアを再び抱えて二階へと避難させようとした。
ディーシアは呆気に取られていたが二人が標的になっているのかと思い、フリッツと女性の間に割って入り立ちはだかった。
「あの二人に何か用か?」
「いや、合っているならそれでいい。ひとまず、あたしの役目は終わり、少々疲れたよ」
そういうと女性は力なく倒れ、エーリルに寄りそう形となった。倒れるその瞬間、安堵の表情をしていたのを三人は見た。




