別れと旅立ち
目を開けると、もう其処はいつもの公園の入口だった。
「ありがとう」
マドックスがそう言って隣を見ると、そこには誰も居なかった。
「先生?」
辺りを見渡しても姿は見つからない。
「マドックス?」
声の方を辿ると、公園に入ってすぐの所にある水飲み場にパーシーが居た。そんなにすぐ会うとは思っていなかったからか、鼓動が速くなった。
「なんだ、なんか用事でもあったのか?珍しいな」
パーシーが首を傾げた。
「うん。そんな感じ。ごめんね、いつもはちゃんと前日に言うのに」
「別に良いよ。そもそも、来たい奴が来るって感じだろ。つか早く来いよ」
パーシーが笑った。
「うん」
マドックスは笑ってパーシーに近づいた。
「ウィルソンも今日居ないんだぜ」
「そうなの?」
マドックスがパーシーを見た。パーシーが水を止める。
「おう。あいつもあいつで珍しいよな?まぁお前よりは珍しくないけど」
「それはそうだね」
マドックスが頷いた。
2人が公園の中央にある大木の方に近づくと、その下には水色と白色の縞模様のレジャーシートを敷いて座っているビルとルーシーが居た。2人は揃ってチョコレートを食べていた
「あ!マドックスだ!2人で遊びに行ってたわけじゃないんだ!」
2人に気づいたビルが笑いかけた。
「2人って?」
マドックスが尋ねる。
「決まってるでしょ?ウィルソンだよ」
ビルがグミを口に放り込んだ。
「ああ」
マドックスが頷いた。
「違うよ」
「それじゃあ病院でも行ってたの?」
ルーシーが尋ねる。ルーシーは最近グリテンブルーに引っ越してきた、医者の娘だ。
「いや、ちょっと買い物にね」
「ふうん」
ルーシーが頷いた。
「この感じだと、ウィルソンが何処にいるかは知らないの?」
マドックスが尋ねる。
「なんにも。昨日何も言ってなかったしね」
パーシーが言う。
「まあ分からないことを話しても意味が無いよ。取り敢えず今は目の前にあるお菓子を食べちゃおう。焼いてみたの」
ルーシーはそう言うと、カバンの中から沢山のクッキーを取り出し始めた。そのクッキーは、事実を隠さずに言えば、異常な程に真っ黒だった。そして、これもまた事実であるが、ルーシーは、異常な程料理が苦手だった(本人はそれを認識していない)。一緒に遊ぶ時はお菓子を持ってきてくれるのだが、口の中が一瞬で砂漠へと化すクッキーや、異常に味が無いチョコレート、最早どうしたらそれを作れるのか分からないほどに硬いマシュマロ、などとにかく、包み隠さず言えば酷かった。しかしルーシーに悪気が無いのは分かっているし、自分達のために作ってくれているのをマドックス達は知っているため何も言わずに食べるのが、いつものことであった。今日もまたマドックスはチラリと目を合わせると、意を決して食べ始めた。
「ありがとう」
マドックスはそう言うとその真っ黒なクッキーを口に放り込んだ。続いて、ビル、パーシーと続く。ビルが少し眉を動かした。パーシーはうん、美味しいね〜と呟く。
「いつもありがとう」
マドックスがそう言うとルーシーは微笑んだ。
「どういたしまして」
……苦い。
今日はたまたま人が居なかったので、木の下で家族の話や、本の話、ゴシップなどとにかく色々話し始めた。何せマドックス以外が街屈指のお喋りなのだ。
「私、今日から3日間お母さんがいないの」
「どうして?」
パーシーが尋ねた。
「学会があるらしくてね」
「学会って?」
ビルが尋ねる。
「うーん、簡単に言えば、研究の発表会って感じかなあ」
ルーシーが言った。
「なるほどね」
ビルが頷いた。
「でもお父さんも忙しいんだろう」
マドックスが言った。
「うん。だからおじいちゃんとおばあちゃんが家に来てくれてるの」
「良かったね」
マドックスがそう言うと、ルーシーが頷いた。
「そういえば、そろそろ小学校入学だね」
ビルがカレーパンを食べながら言う。
「友達出来るかなあ?」
「パーシーは心配無いでしょう?元々沢山居るじゃない」
ルーシーが自作クッキーを食べながら言う。
「マドックスも心配無さそう」
「え、僕?」
「うん」
ルーシーが頷いた。
「人に囲まれてそう。マドックスが予期せぬうちにね」
「はは、どうかな…」
マドックスが小さく笑った。ズボンの上に置いていた手で、布をギュッと握り締めた。いつそれを切り出そうか迷っていたが、切り出すなら、今しかないと思った。
「……あのさ」
3人がマドックスを見た。
「僕、皆と同じ小学校に通えないんだ。…それで、明日入学式」
「え?」
パーシーはそう言い、ビルとルーシーは手に各々メロンパンとクッキーを持ちながら、声も出さずに目を見開いて固まっていた。
「つい昨日言われて、それで、今日は入学準備に行ってた」
「昨日って、そんな、叔母さんはどうして、というか、入学式が明日?」
パーシーが独り言のように呟いた。パーシーは今まで見たことのないくらい、顔を顰めていた。
「叔母さんは今病院なんだ」
マドックスは嘘はついていなかった。叔母さんが入院したから入学をするわけではないが、叔母さんが病院にいるのは確かだ。魔法使いの学校に行くんだとか言って頭のおかしいやつだと思われるのは嫌だったし、何よりザリのイナートと魔法使いの歴史の話が頭の中に残っていた。
「病院?」
「そう」
マドックスは頷いた。
「でも、これからも会えるんだよね?」
そう聞かれて、マドックスは長期休暇について聞くことをすっかり忘れていたことに気がついた。正直、色んなことがありすぎてそんな所まで気にするほど頭が回っていなかったのだ。
「わからない」
マドックスがそう言うと、ビルが顔を顰めた。
「わからないって、どういうこと?」
ルーシーが尋ねた。
「全寮制ってことしか。長期休暇とかあるのか、聞くのを忘れていたよ」
「聞くのを忘れていただけなんだよね?だから、わからないんだよね?誤魔化しじゃないよね?」
「本当に、忘れていただけだよ。本当に」
マドックスが頷いた。
「なら良いじゃん」
パーシーはそう言うと笑った。
「え?」
ルーシーは少し不満そうに聞いた。
「普通、一度も戻って来れないとかだったら絶対言われるだろ」
パーシーはニヤリと笑った。
「でもそれは、確定では無いでしょう。長期休暇があるのであれば、長期休暇があるとかなんとか言うんじゃないの?」
ルーシーが言った。
「普通あるさ。俺の兄貴も全寮制の高校に通ってるけど、長期休暇はある。普通じゃないのなら、普通言うと思わないか?」
ルーシーが眼球をぐるりと1周させた。
「確かにね」
ビルが頷いた。
「わかり次第直ぐ連絡してよ」
パーシーはマドックスを見ると、微笑んだ。
「それは、勿論」
マドックスが頷いた。
「そういや、いつ帰るんだ?」
パーシーがマドックスに尋ねた。
「多分…18時まで。というか、時間が危なくなれば迎えに来てくれると思う」
「迎え?」
ビルが首を傾げた。
「あー、お母さんの、友達?」
「お母さん要るの!?」
ビルが叫んだ。ルーシーが顔を顰めて耳を手で覆った。
「いや、普通両親は存在はするでしょう。どうやってマドックスが生まれるのよ」
ルーシーがすかさず言った。
「確かにね」
「居たみたい。あまりにも話題に出ないからすっかり忘れてたんだけどね」
「女の人?」
パーシーが尋ねた。
「いや、男」
「お父さんの友達ではないんだな〜」
パーシーが言った。
「わからない。そうかもしれない」
いつもなら、すらすらと言葉が出てくるのに今日は分からないことが多すぎて、言葉に確信を持てないのがマドックスにとって少しストレスだった。
「なんだよそれ」
パーシーは笑うと、水筒の中の水を飲んだ。ルーシーはそれを横目にクッキーを口に放り込む。
「俺らが将来結婚してさ、子供とかできたらさ、一緒に遊ばせようぜ」
パーシーが笑いながら言った。
「最高だね」
ビルも笑う。
「お医者さんって忙しいけど結婚出来るのかな」
「お父さんもお母さんもお医者さんなんだろ?結婚してんじゃん」
パーシーがそう言った。
「確かにね」
ルーシーが頷いた。
「僕、結婚しなさそう」
オレンジ色の空を見ながらマドックスが言った。
「どうして?」
ビルが尋ねた。
「何となく…?好きな子とか、出来たことないし。出来たことある?」
マドックスが3人を見ながらそう言うと、3人は同時に瞬きした。
「え?それ言わせるの?」
ルーシーが言った。
「え?僕何かおかしいこと言った?」
マドックスが手元にあったビルが持ってきたマシュマロを口に放り込んだ。
「うん」
パーシーが頷く。
「マドックスって、時々本当に凄いことを言うよね…」
ビルがため息をついた。
「そう?普通じゃない?」
「いいや?」
パーシーが首を横に振った。ルーシーも、ビルもため息をついている。
「そういうのって、もう少しためらいながら話すことだよ」
ルーシーは言った。
「どうして?好きな人を聞いてるわけじゃない」
マドックスが首を傾げた。
「うん、そうなんだけど、そうなんだけど…」
ビルが体を折り畳んで頭を抱えた。
「この話は辞めよう、ルーシー、なんか無い」
「そんなこと急に言われても…そもそも結婚の話をし始めたのはあなたでしょう」
「あー」
パーシーが顔を顰めた。
「あー、じゃあ将来はどんな大人になりたい」
「将来シリーズにハマってるの?」
ビルが尋ねた。
「今それくらいしか思いつかないんだよ。それに、普段あんまりこういうの話さないだろ」
パーシーがピシャリと答えた。
「確かに」
「私はお父さんや、お母さんみたいなお医者さんかなあ」
「ルーシーは塾に通ってるもんね」
ビルがそう言うと、ルーシーは頷いた。
「ビルは店継ぐの?」
マドックスが尋ねた。
「うーん、一応お手伝いとかはしてるよ」
「へ〜」
マドックスが頷いた。
「パーシーは?」
「俺?俺は総理大臣」
「記者じゃなくて?」
「うん。なんか、かっこよくね?普通に」
パーシーが嬉しそうに言った。
「めちゃくちゃ大変そう。まぁでも、確かにパーシーってそういうの好きそう。前やろうとしてたカードゲームも政治系だったしね。覚えてる?やろうとしたけど、ルールが難しすぎて諦めたヤツ」
ルーシーが笑いながら言った。それに釣られて3人も笑う。
「懐かし!」
「そもそも、ルール書いてる紙の文字が凄く小さかったよね…」
ビルがため息をつきながら言った。
「あれいつかやりたいな」
マドックスが言った。元々頭を使うゲームが好きなのだ。数独とか。
「何年生になればできるかなあ?」
ビルが首を傾げた。
「わかんね」
「マドックスはどんな人になりたいの?」
ルーシーが尋ねた。
「えー?うーん」
マドックスが空を見上げて考え始めた。他のみんなの両親とは違って叔母さんは服を作ったり、花を売ったり、他にも色々なことをして生計を立てていたため、自分が何かの職に就く、ということが中々考えられなかった。かといって自分が服を作ったりすることがあまり性に合っていないこともわかっていた。
「あんまり拘りとか無いかも?」
マドックスがそう言うと、3人が一斉に笑った。
「言うと思った!」
「将来の夢無さそうランキング1位だからね」
ビルの言葉に2人は笑った。
「どういうランキングなのそれは?」
マドックスもくすくすと笑った。
「まぁでも、健康に生きてたらそれで良いよ」
マドックスが付け加えた。
「本当に、もうすぐ7歳になるとは思えないくらい夢が無いな」
パーシーが言った。
「だって、総理大臣とか性格に合わない思うし」
「国が終わるね」
ビルの言葉に、ルーシーとパーシーは頷いた。
「カレー屋とかなんか色々大変そうだし」
3人が頷く。
「医者とか、絶対に無理だし」
「ミスっても『これくらい大丈夫だよ』とか言ってそう…」
「ダメじゃんもう」
ビルが笑いながら言った。
「でも、絶対に聞いたら納得できる仕事に就いてそう」
ルーシーが言う。
「僕が?」
「あなたの話してるのにあなた以外の可能性があるの?」
マドックスは笑った。その時、教会の鐘が鳴り響いた。教会の音とは、家が遠いせいで周りの友達より早めに帰らなければならないマドックスにとって1番の憧れの音であり、また1番好きな音でも、たマドックスが1番聞きたかった音を、今日ばっかりは聞きたくなかった。
「あー、もう18時かあ」
「帰ろうかあ。マドックスは明日入学式なんでしょう?」
ルーシーが確認した。
「うん」
マドックスがそう言うと、3人は立ち上がった。続いてマドックスも立ち上がり、レジャーシートを片付けたりと、帰る支度をし始めた。
4人は各々荷物を持って、入口まで歩いた。
「絶対手紙送れよ」
「うん。もし送れなくても、送る」
マドックスがそう言うと、3人が笑った。
「入学して早々校則違反は流石にダメだろ」
「マドックスなら、本当にしそうだよ」
「頭を抱えるわ」
4人は視線を合わせると、また笑った。
「つか、ウィルソン結局来なかったなー。あいつ、知ったら多分世界の終わりみたいな反応するぜ」
「するね」
ビルが頷いた。
「確実にする」
「そうか?」
マドックスが言った。3人は目を合わせると、ため息をついた。
「本当にお前いつか殴られたりするぞ…兄貴の友達、女の子に期待させるような風に話してたからって刺されてたぞ」
「やめてよね、手紙が来たと思ったら病院の中からとか」
ルーシーが笑いながら言った。
「そんなことには流石にならないと思う…」
マドックスが少し顔を顰めながら言った。
そしてとうとう、入口に着いてしまった。でもそこにはザリが居なかった。
「そのまま家に帰るのか?マドックス」
「いやー、何も言われてないけど」
マドックスがそう言った瞬間、後ろから足音が聞こえた。
「マドックスくん」
振り向くと、そこには派手なアクセサリーをイヤリング以外全て外したザリが立っていた。
「あなたは?」
パーシーが少し顔を顰めながら言った。ルーシーがマドックスの手を握った。
「大丈夫、この人がお母さんの友達」
マドックスがそう言うと、パーシーの顔の緊張が解けた。ルーシーも手を離した。
「良い友達を持ってるね」
ザリが微笑んだ。
「でしょう?」
マドックスが口角を上げながら言った。
「3人ともすまないね。もう時間が無くて。まあ、夏休み、冬休み、春休みがちゃんとあってちゃんとここに帰ってこれる普通の学校だから安心したまえよ。何せ、永遠の別れじゃない」
「なら良いです」
パーシーが笑いながら言った。
「じゃあ、元気でやれよ、マドックス」
「うん…ってあれ、休みがあるかどうか分かったね」
「それでも送ってよ」
ビルの言葉に、マドックスは頷いた。
「風邪は引かないようにね」
「皆もね」
マドックスがそう言うと、3人とも頷いた。
「行こう」
マドックスがザリを見上げて言った。
「そうだね」
マドックスとザリは3人の帰り道とは反対の方向、つまりはいつもの丘の方に向かって歩き始めた。ここを歩くのも、もう暫くは無いのだと思うと、マドックスは胸に痛みを抱いた。いつもは横にウィルソンが居て、ウィルソンの延々と続く話に耳を傾けていたが今日はザリの足音や、イヤリングが揺れる音しか聞こえなかった。それを意識した途端、ウィルソンに別れを告げずに旅立ってしまうことにマドックスは躊躇いを感じたが、何せ居ないものは居ないし、ウィルソンの住所も知らない。どうやっても伝えることは出来なかった。だから、あの3人がウィルソンに伝えることでしかもう伝えることは出来ない。
そんなことを考えながら暫く進んだところで、後ろから騒がしい足音が聞こえてきた。それは、何人分かあるようだった。マドックスが振り返ると身体に強い衝撃が走った。
「うわぁっ」
パーシーが真正面から、ルーシーとビルが横からマドックスを囲むようにして、マドックスに力強く抱き着いていた。
「びっくりした」
マドックスが呟くと、3人が異様に静かなことに気がついた。3人の顔をまじまじと見てみると、皆目から水滴を落とし…いや、泣いていた。
「え、泣い」
「泣いてない」
ルーシーが言った。
「雨が降っただけだぜ」
パーシーがニヤリと口角を上げた。
「僕は泣いてる」
ビルがそう呟くと、3人は思わず笑った。それに釣られるようにしてビルも笑った。
「はぁ」
パーシーは小さくため息をついて、マドックスから離れた。続くようにして2人も離れた。
「じゃあな!」
「またね」
「元気にね」
ルーシーか最後にそう言うと、3人は背を向けて走り出した。
「……私泣きそうなんだけど?」
「え?どうして」
ザリがため息をついた。
「……情操教育をしないと」
「じょう……?」
マドックスが首を傾げた。
「まぁそんなことは良いんだよ。さあ、こっちにおいで」
ザリはそう言うと、少し細い路地裏に入った。中程まで入ると、ザリが腕を差し出した。
「駅に向かうよ」
マドックスがザリの腕を掴むと、視界が歪んだ。
目を開けると、そこは電話ボックスの中だった。扉を開けて外に出ると、辺りは一面が灰色で何も無い、普通の駅の廊下だった。ザリの後ろをついて行き、突き当たりを右に曲がると、賑やかな音が聞こえ始めた。暫く歩き進めるうちに、段々と横に店が現れ始めた。そして漸く、普通の駅ではないことが分かった。クロイツロードの時と同じように、飲み物や、お菓子が浮いているのだ(そこには、マドックスが見たことがあるものもあれば、そうでないものもあった)。人が沢山行き交っていて、時々頭が天井に着きそうなほど高い身長を持つ人もいた。
「ここって?」
「魔法族の駅だよ。ここからとうとう、学校に向かう」
「電車なの?」
「いいや、まだ汽車だ」
暫くすると、改札口が現れた。
「切符は?」
「ここからどこか、違う魔法使いの街に行くのなら必要だが、今日は学校だからね、必要無いんだ」
ザリはそう言うと、改札口を通った。何の問題無く。マドックスはそれを見て、恐る恐る通ると、本当に何も起こらなかった。ザリはその様子を見てくすりと笑うと、腕時計をちらりと見た。
「さて、そろそろ荷造りをしようか」
ザリはそう言うと、また歩き始めた。
「荷造り?…って、何も服持ってきてないよ」
「私が持ってきたんだ。君たちがお話している間にね」
ザリがそう言うと、マドックスは目を見開いた。
「家に入れたの?」
「いいや?」
「それじゃあどうやって」
「それは杖を一振すれば解決さ。君のおばさんがキャリーケースを用意していたしね」
「…叔母さんが?」
「彼女もそろそろ君がこちら側に来てしまうのを分かっていたんだろうね。ご丁寧に私達宛のお手紙まで書かれていたよ」
ザリが微笑んだ。
「叔母さんも知ってたの?!」
「勿論さ。というか、彼女も少しなら魔法を使えるよ」
「少し?」
マドックスが首を傾げた。
「彼女はミニマなんだよ」
「ミニマ?」
「魔法を少ししか使えない人って意味さ。まぁでも、魔法暗号で「全て準備済み」と伝えられるくらいにはだけどね」
ザリはそう言うと、杖を振った。すると、どこからともなくキャリーケースが現れた。
「さあ、向かおう。そうそう、制服も全てその中に詰め込んでおいた」
ザリは歩き始めた。マドックスは慌ててキャリーケースの伸縮ハンドルを掴んで、ザリの後をついて行った。
歩みを進めるうちに、段々子どもと、その親らしき人達が増えてきた。
「子どもが多いんだね」
「今は学校用のホームに向かっているからね」
階段を上り切ると、先の方に真紅色の汽車が見えた。
「さて、これ以上行くと流石に目立ってしまうから、失礼するよ」
ザリはそう言うと、人気のない隅の方の、少し開けたところにマドックスを寄せた。
「さて、君に伝えるべきことがあるんだ。まず1つ目、この後のことだ。この後はあの汽車に乗って君は1晩明かす。シャワーとかはとにかく汽車の中に全てあるから済ませておくといい。各車両に1人は案内員がいるから、もし分からないことがあったら聞けば良いよ。因みに、キャリケースの中に晩御飯になりそうなものを入れておいた。車内販売もあるんだけど、ちょっとクセモノが多くてね…」
ザリは笑いながら言った。それにつられてマドックスも少し笑った。
「学校のことはまぁ置いておいて、君の家のことだよ」
「家?」
マドックスが尋ねた。
「叔母さんとの家だよ。未だ叔母さんは病院で入院中なんだ。あ、叔母さんは大丈夫だよ。…それで、その間は学校に勤務してる庭師が外観を手入れできるんだけど、どうかな?」
「良いの?学校の人なんでしょう?」
「校長はそういう所までカバーしたい人でね。まぁ私も賛成なんだけど」
「意外だよ」
ザリがマドックスの言葉に首を傾げた。
「なんか、そういうの気にしなさそうな人だったから」
マドックスがそう言うと、ザリは声を上げて笑った。
「まぁ、わかるよ、顔怖いしね?」
「うん」
マドックスもちょっと笑った。
「なら、お願いします」
「わかった。じゃあ、そう伝えておくね」
ザリはそう言うと、ポケットの中からキラキラと輝く透明なリング状のものを取り出し、膝立ちになった。
「腕を出して」
マドックスが腕を胸の位置まで上げると、ザリはそれをマドックスの腕につけた。それはマドックスにとって少し大きかった。
「これはお父さんの唯一の遺品だよ。彼らのことだからどこかに何かしら残してるのかもしれないがね」
ザリはそう言って立ち上がった。
「お父さんのもあったんだ……とても綺麗だね」
マドックスがそのバングルを優しく撫でた。少し触れただけでも、光の反射の仕方が変わった。
「だろう?君のお父さんはあまり物欲が無くてね。でもそれは、そんなお父さんが珍しく自分から買ったものなんだよ。だから、アイツらが調査に入る前にそれだけは掠めとって来たのさ」
「アイツら?」
マドックスがそう言った瞬間に、ザリが少し顔を顰めた。
「それが最後の話に関係するんだよ」
ザリの表情の変化に、マドックスも少し体を硬めた。
「君のご両親はそのー、なんだ」
ザリが頭をかいた。
「好き嫌いが、別れる」
「どういうこと?」
マドックスがそう尋ねると、ザリがあー、と唸った。
「杖を買った時に話した、コアの話を覚えてるかい」
マドックスは頷いた。
「君の父方の御先祖は実は杖職人の家系なんだ」
「そうなの?じゃあ僕も、コアを見られるってこと?」
「わからないんだ、それは。君のお父さん…エヴァンダー曰く、杖職人の血を持っていたとしても見られる人は限られているらしい」
「お父さん、エヴァンダーっていうの?」
ザリが目を見開いた。
「叔母さんに言われなかったのかい」
「何も。お母さんはなんていう名前なの?」
「レイヴンだよ」
ザリが微笑んだ。
「それで、先祖が杖職人でどうして嫌われるの?」
「エヴァンダーは見える側だったんだ。それで、彼はもしコア関連の何かを弄って治療に充てられないかと考えた。…すまないね、これはエヴァンダーも極秘だからとそんなぼかし方でしか教えてくれなくて、こんな曖昧な表現になってるんだよ」
「大丈夫」
マドックスが頷いた。
「そして…実際成功したらしいんだ。だがそれに対して、コア保全協会が声を上げた。奴らはコアの利用や改変を一切許さない集まり…何なら、杖作りにだって反対している奴らも居るくらいなんだ。そして、コアを守るためなら人殺しも容赦しない団体でね」
「殺したの?」
マドックスが顔を顰めた。
「ああ」
ザリがゆっくりと頷いた。マドックスは手を丸めて自分の袖の裾を力強く握った。両親の死に方は両親の存在を思い出して、死んだのだろうなと薄々勘づいていた頃から気になっていたことではあったが、誰かに殺されていたとは考えもつかなかった。
「奴らは頗る腕が良い奴らでね……しかもそんな奴らがその時は、何十人と君たちの家を襲ったらしい。最初、本当に信じられなかったんだ。何せ、2人とも素晴らしい戦闘能力を持っていたから。レイヴンの方は首席だったしね。エヴァンダーは……あいつは興味が無かったからならなかったけど」
ザリは腕を組んで壁に凭れた。
「首席ってどれくらい凄いの?そもそも、それは学校全体での首席?」
「勿論。そうだな……この国の総理大臣は皆首席だよ。それに、首席は国境を越えて、様々な優秀な機関から声が掛かって、皆喉から手が出るほど欲しい地位だ。因みに、男女それぞれ1人ずつ出るよ」
「じゃあ、男の方は誰だったの?」
「私だよ」
言いづらそうに答えた。
「凄いね!」
マドックスが笑った。ザリはそれに少し目線を逸らしながら答えた。
「ただまあ、私は繰り上がりって感じだったけどね。本当は教授の中では全会一致でエヴァンダーだったんだけどね。私達もそうであるべきだと思ってたし。ただ、さっき言ったようにエヴァンダーが辞退しちゃってね…次点で私になっちゃったんだ。私も辞退しようと思ったんだけど、教授陣に泣きながら止められて、断念した」
「どうしてお父さんは興味が無いってだけで辞退したんだろう?普通、それでもそれだけ旨みがあればなるんじゃないの?」
マドックスが首を傾げた。
「彼は権力が嫌いだったからね。首席になれば権力者と付き合う時間も必然と多くなるし」
「じゃあ、先生は沢山そういう人と話してるの?」
「いいや?抜け道を見つけたんだ」
ザリが少し悪戯げに笑った。
「抜け道?」
「そうだとも。それが教師というものさ」
「どういうこと?」
「イナートの世界では考えられないくらいにウチの校長は権力を持っていてね。そんな人の下に居たらこちらに話は回ってこないだろう?」
マドックスがああ、と頷いた。
「まぁ、結果的に性に合っていたから楽しくやってるけどね……ってあれ、どこまで話してたっけ?」
ザリが頬をかいた。
「そのコア大好き人間がお母さん達を殺したところ」
「ああ」
ザリが頷いた。
「それで…その後、当然その行動は問題になった。当時は本当に賛否両論あったんだ。でも、何より事実としてあることは、エヴァンダーは何の罪も犯していないということだった。なぜなら、彼は杖職人の一族だったから。数本杖も作っていたしね」
ザリはイヤリングを触りながら言葉を続けた。
「だから、奴らは罪に問われるだろうというのが当時の世論として強かった。だが奴らは、無罪になった」
「どうして?」
マドックスが間髪入れずに質問した。
「その時の政府の何人かにその協会と繋がってる奴らがいたんだ。そしてそいつらは裁判所に圧力をかけた」
「そんなこと」
「ああ、当然それは問題になった。三権分立にも違反するからね。だから大規模なデモが続々と起きて、結局その時の内閣は退陣したよ。だが、もう出された判決は変わらなかった」
ザリがマドックスを見つめた。
「私が君に1番伝えたいことは、今までのように全員に好かれている訳ではないということだ。君のことを英雄視している者も入れば、敵視しているものもいる。生徒の親の中には保全派も居て、そういう方々は自分の子供達には勿論、そういう教育をしている」
「でもどうして僕が?僕は何もしてないよ」
マドックスが眉間に皺を寄せた。
「親が最も影響を与えるのは良くも悪くも子供だよ…私もそうだった。人間は親子というものに繋がりを無意識に求めてしまうんだよ。嫌になっちゃうよね」
「よく分からないけど、僕を嫌っているのは、馬鹿ってこと?」
マドックスがそう言うと、ザリは声を出して笑った。
「流石はエヴァンダーの息子だ。切れ味が違う」
ザリはそう言うと、腕時計をチラリと見て、懐から一通の封筒を取り出した。
「これは、おばさんからの手紙だ。君宛てのね。汽車の中で読むといい」
マドックスがそれを受け取ると、ザリが壁から身体を起こした。
「さて、じゃあそろそろお別れだマドックス。次は学校でね」
「うん」
「じゃあくれぐれも気を付けて」
マドックスが頷くと、瞬きをした瞬間にザリは消えていた。




