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出会い

さて、と一旦深呼吸をする。この1日色んな事があったせいで、一人で、ゆっくり寝転がって時間がそろそろ欲しくなっていた。その為にも、早くあの汽車に乗る必要があった。

 マドックスはキャリーケースを引いて、汽車に近づいた。乗り場には色々な人達がいた。制服を着た子供たちや、マドックスと同じように私服を着た子供たち。そしてその親。おじいちゃんやおばあちゃんらしき人まで、とにかく沢山。マドックスは彼らをチラリと見ると、さっさと汽車に乗り込んでしまった。自分には見送ってくれる人が叔母さん以外に居ないからだ。

 汽車の中はまるでホテルのようになっており、廊下に扉と小さめの窓がついている部屋が通路を挟んで並んでいた。小さめの窓は所々カーテンが降りていた。マドックスは窓から中を覗いて、人が居ない所を探した。流石に人が居るところに乗り込んで行けるほどの度胸は持ち合わせていなかったというのもあるが、何より最初は一人で居たかったのだ。

 直ぐに汽車に乗ったからであろうか、案外苦しまずに部屋を見つけることができた。マドックスが扉を開けると、小窓から見ていた部屋より少し広めの部屋だった。

「え?」

扉を開けたまま少し身体を伸ばして小窓から部屋をもう一度覗き込む。どう見ても、部屋の奥行きが違うのが明らかだった。

「これも魔法なのかな」

「ええ、そうよ」

ただの独り言に返事が返ってきて、勢い良く振り向いた。そこには金髪で、髪をくるくる綺麗に巻き、目が大きくて色白の女の子が居た。既にもう、制服を着ている。

「どうも。どんな魔法なの?」

「簡単よ。この小窓に簡略化の魔法をかけているだけ」

「それは簡単なことなの?ごめん、僕魔法とか全然知らなくて」

マドックスが尋ねた。

「ええ、簡単よ。5年生で習うわ」

「君、何年生なの?」

「1年生よ」

どうして1年生なのに5年生の内容を知ってるんだろう。

「僕と同じだね。君は魔法使いのお家の子?」

それくらいしかその理由が思い付かなかった。

「私の事知らないの?」

その女の子が目を見開いた。

「ええ?ごめん。全く」

マドックスが頬をかいた。

「なら都合が良いわね。この部屋に私も入れてくれる?」

「良いよ」

マドックスは頷いた。

「ありがとう」

そう女の子は言うと、そそくさと部屋の中に入った。マドックスも後を追うようにして入る。部屋の真ん中にローテーブルが置かれており、それを挟むようにして2段ベッドが2つあった。入口近くには大きめのクローゼットがあったりと、本当のホテルのようなつくりになっている。

「私はダーラ・アッシュウィック。あなたは?」

ダーラが手を差し出した。

「僕はマドックス・エイドロン。よろしく」

マドックスはその手を握った。

「エイドロン?あなた、失礼だけどお父様のお名前は?」

「エヴァンダーだよ。その反応は知ってるんだね、お父さんのこと」

マドックスはダーラを見つめた。

「魔法界で知らない人だなんて居ないわよ。医療関係者はあのお方のことを神だとも言うくらいなのよ」

ダーラはキャリーケースを隅の方に寄せた。

「そうなの?」

マドックスもキャリーケースを隅の方に寄せる。2人はそれぞれ1階のベッドに向かい合うようにして腰を下ろした。

「ええ、勿論。だってもしあれが叶っていたら、治らない病が無くなっていたとまで言われていたもの。素敵な世界でしょう」

ダーラが笑った。

「そんなに凄いことをしてたんだね」

「ええそうよ。というか、あなた何方に育てて貰っていたの?」

ダーラが尋ねた。

「叔母さんだよ」

「その方はイナート?そんなわけは無いわよね」

「なんだっけ。あの、ちょっとしか魔法使えない人」

「ああ、ミニマなのね」

マドックスが頷いた。

「因みに、あなたどこの街から来たの?」

「グリテンブルーだよ。知ってる?」

「ええ勿論。あそこにも魔法使いの街があったはず。でもあなたはそこに住んでいないのよね?魔法のこと知らないって言ってたから」

「うん。僕はその近くの丘の上」

ダーラがふぅん、と言って頷いた。

「ずっと魔法を使わずに生活してたの?」

「うん。そうだよ」

「それってなんだか、凄く大変そう」

「そう?」

ダーラが頷いた。

「でも洗濯機とかもあるから、全部が全部手作業ってわけでもないよ」

「なに?その、せんたくき?」

「自動で服を洗ってくれるんだ」

「なにそれ、魔法みたいね!」

ダーラの顔が輝いた。

「うん。案外君が思っているほど手作業って多くはないと思う」

「私、絶対に3年生になったらイナート学を取るわ」

「そんなのがあるの?」

「ええ」

ダーラが頷いた。

「イナートの生活や、道具について知るの。勿論、イナートの歴史や、政治も学べる」

「中々に幅の広いことをするんだね?」

「そうよ」

ダーラはそう言うと、キャリーケースの方に手を伸ばした。

「教科書を持ってるの。本当は3年生以上の生徒しか買えないんだけど、お母様に特別に譲り受けたのよ。今日から読もうと思っていたのだけれど、想定外にも良い先生に巡り会えたみたいね」

「僕?」

「あなた以外に誰が居るのよ」

ダーラがそう言って笑った。その時、扉が勢い良く開いた。

「ごめんここ空いてる?!」

そう言って、男の子が2人入ってきた。1人は茶髪で、髪の毛が跳ねていて、額に傷があった。もう1人は丸型の薄い縁のメガネをかけた、銀髪のおとなしそうな子だった。

「2人?なら空いてるわよ」

ダーラがそう答えると、茶髪の子が笑った。

「良かった。入れてくれる?生憎どこも埋まりかけてて」

茶髪の子はそう言うと、キャリーケースと銀髪の子を引っ張った。

「もちろんよ。ねえ?マドックス」

「うん」

マドックスも頷いた。

「ありがとう。僕はアクセル。んで、こいつはノア」

アクセルがノアの背中を優しく叩いた。

「どうも。私はダーラよ」

「マドックスだよ」

アクセルはダーラの顔をまじまじと見た。

「君、ダーラ王女だよね?」

アクセルがそう言った瞬間に、ダーラがため息混じりに頷いた。

「王女?」

マドックスが首を傾げた。

「ええそうよ」

「え?」

「君知らないの?ダーラ王女だよ」

「今この国に王女は居ないよね?」

マドックスが顔を顰めた。

「魔法界とイナートでは、王族が違うの」

「そうなの?!じゃあ本当に、王女なんだね?」

「ええ。だから都合が良いって言ったのよ。気を遣わなくて済むからね」

ダーラがまたため息をついた。

「別に君が王女だからって僕は遠慮しないよ!だって、僕ら、同級生だからね!」

アクセルは真っ白な歯を輝かせて笑うと、そのままマドックスの隣に勢い良く座った。

「君たち何の話をしてたの?」

「イナートの話」

「イナート?珍しい話をするね。もしかして、マドックスはイナート出身なの?」

アクセルがノアの手首を掴んで、隣に座らせた。

「うーん、イナートの生活をしていたよ」

「彼は純血の中でも純血よ。エイドロン家だもの」

「わぁお。こりゃたまげたな」

アクセルがマドックスの顔をまじまじと見た。

「じゃあ君がエヴァンダーさんの息子なんだ?噂には聞いてたけど本物なんだ!ノア良かったね、夢だったじゃないか…って…」

横から衝撃が来たと思えば、アクセルとは反対側にいつの間にかノアが座っていた。

「エヴァンダーさんと恐らく年数的に君は1年くらいしか一緒じゃないはずなんだけど、何か記憶ある?というか、君はどうやって過ごしていたの?育ての親は?というか君もコアって見えたりするの?お父さんの研究を引き継ぐ気は

?希望寮は?ここまでどうやって来たの?」

「ええ…?」

思わずアクセルの方を見ると、アクセルはもう布団に沈み込んでいた。枕に顔を埋めているが、身体がビクビクしていて笑いを抑えきれていないのが分かる。正面を見てダーラを見ると、信じられないくらい顔を顰めてノアを見つめている。

「た、たしかに、希望寮は…!気になる、だめだ、笑いが止まらないよ」

「寮だなんてわからないよ。まぁでもなんだっけ、自由な所で良いと思うよ」

「ならリベルタスだね。それが良いよ。そうに決まってる」

ノアが何度も何度も頷いた。

「まぁ僕も、リベルタスが、良いんだけどね」

アクセルがピクピクしながら何とか言葉を紡ぐ。

「俺も。エヴァンダーさんのようになりたいんだ」

「ダーラは?」

アクセルは体をゆっくり起こしながらダーラを見た。まだ少し笑いを引き摺っていた。

「私は血筋的にクレメリアだと思うわ」

「ふぅん。らしくないな」

アクセルは少し乱れた髪を整えながら言った。

「え?」

ダーラがアクセルを見た。

「君ってちゃんと自分の意見を言うタイプなのかと思っていたよ」

「何よいきなり。言ってるわ」

ダーラが不機嫌そうに顔を顰めた。

「いいや。君は『血筋的に』と言った。それが自分の意見だとは到底言えないよ」

アクセルがそう言うとダーラは目を見開いた。

「僕から言わせて頂くと、君はクレメリアではないね。癒し要素の欠片も無いじゃないか」

「アクセル……」

ノアが小声で呟いた。

「でもノア、そう思わないか?マドックスもそう思うだろう?」

「まだよく知らないけど、もしダーラがクレメリアなんだったら、こんな展開にはなってないんじゃない?」

マドックスが首を傾げながら言うと、アクセルが頷いた。

「その通りだよ。クレメリアなら、最初の時点で僕の言葉を受け入れるなりなんなりしていたさ。それで、君はどこの寮に入りたいんだい?」

「…リベルタスよ」

ダーラがため息混じりに答えた。

「素晴らしい!王族がリベルタスだ!」

「珍しいの?」

マドックスがそう尋ねると、アクセルが悪戯げに笑った。

「珍しいだなんて次元じゃないよ!もし本当にダーラがリベルタスに選ばれたら、歴史上初めてのことさ!王族は昔からクレメリアなんだ」

「だからクレメリアって言ったのよ」

「安心してくれたまえ」

アクセルがニヤリと笑った。

「僕が君がリベルタスであることを保証しよう」

ダーラは一瞬目を大きく開いて、吹き出した。

「何よそれ」

「素敵なことだろう?」

アクセルがくすくす笑った。

「ええそうね」

 暫くするとノアがアクセルをマドックスの後ろに腕を回して突いた。

「アクセル」

ノアが身体を後ろに傾けてアクセルを見つめた。

「はいはい。ちょっと待っておくれよ。2人とも、お腹空いてないかい?」

マドックスはそう聞かれて、腕時計をちらりと見た。もう19時だった。

「お腹すいたね」

「もう晩御飯の時間よ」

「僕晩御飯を持ってきたんだ。良ければ一緒に食べない?」

アクセルがベッドから立ち上がってキャリーケースを2つ引き寄せた。

「それなら僕も持ってきたよ」

マドックスも立ち上がり、自分のキャリーケースを自分の方へ寄せる。ノアは四つん這いでのそのそとアクセルの方へ戻った。

「私も」

ダーラも手を伸ばして引き寄せ、地面にゆっくりと倒した。マドックスはそれをちらりと見ながら、同じように地面に倒した。そして強烈な違和感を覚えた。何回か方向を変えて確認してみるが、やはり、無い。無いのだ。チャックが。

「……これどうやって開けるんだろう。こんなのただの塊じゃないか」

マドックスがぼそりと呟くと、ダーラがゆっくりと立ち上がってさっきまでノアがいた所に座った。

「これは指紋で開くものよ。ここに突起があるでしょう?」

確かに、側面にアーチ状の突起が付いていた。

「ここに触れてみて。開くと思うから」

「わかった」

恐る恐る握るようにして触れてみると、キャリーケースのボディに1本の線が入った。そこに力を少し入れると、開いた。

「なんだか、凄いね。ありがとう」

「どういたしまして」

ダーラが微笑んだ。

「魔法界では割と普通だよ。なんてったって、イナートが使うやつだと杖を一振りするだけで勝手に開けることができてしまうからね。指紋の方がずっと安全さ」

アクセルはそう言いながら、色んな袋やら瓶やらを取り出していた。ノアは優雅に身体を後ろに倒して腕で身体を支えながら座っている。

「マドックスは、初めて?魔法食」

「それは何なの?」

「ちょうど手に持ってるやつさ!」

「これ?」

それは銀の袋みたいなものだった。

「ん?というかそれ、誰に用意してもらったの?」

「叔母さんだよ」

「でもイナートなんだよね?」

「いや、ミニマ?だよ」

へぇ、とアクセルは頷いた。

「じゃあ、ちょっとは魔法見たことあるんだ?」

「いや?1度もないよ」

「それは徹底した教育だね。反魔法主義なのかなあ?」

アクセルは顎に手を置いて首を傾げた。アクセルはマドックスが自分を見ていることに気がつくと、微笑んだ。

「そのまんまの意味だよ。魔法を忌み嫌ってる人の事さ。ミニマか、イナート出身の魔法使いの親族に多いとされている」

「その可能性はあるわね。その叔母様って、母方?」

「いや?父方」

ふぅん、とダーラが喉を鳴らした。

「正直兄弟姉妹に優秀な魔法使いが居るミニマの場合、よく反魔法主義になるとは言うわよね」

「言うね」

アクセルも頷いた。

「そういえば、叔母さんから手紙があるって先生が言ってたよ。何か書かれてないかな」

マドックスはそう言うと、銀の袋を後ろに置いてポケットを漁った。

「それ、私達も読んで良いもの?」

「ダメなの?」

「良いらしいよ、ダーラ」

アクセルはマドックスの肩に腕を回した。マドックスはポケットから手紙を取り出す。その手紙は真っ白な封筒に入っていて、赤色の蝋で、いつも叔母さんが使っていた印章が押されて封をされていた。封筒ごと破かないように慎重に剥がして中から手紙を取り出した。ダーラが左手をマドックスの膝に置いて距離を詰めた。


 マドックスへ

 貴方がこの手紙を読んでいるということは、恐らく、私に何かがあった時でしょう。そしてそれは、魔法関連のものだと思います。

 もうこの手紙を読んでいる時には、貴方は魔法の世界に入っていることでしょう。どうでしたか、ワクワクしましたか。ワクワクしたでしょう。

 もし、貴方が私のせいで何らかの負い目なり、後悔なりを抱えているのであれば今すぐに忘れてしまいなさい。貴方は素晴らしい人間になるのだから。友達を沢山作って、思い存分に学びなさい。そうしていくうちに、やりたいことが決まっていくでしょう。最悪、貴方は私の一族の口座を引き継いでいるので、まぁ好きにしなさい。エイドロン家の方は知りません(私は戸籍自体はエイドロンにありますが、エイドロン家の血は入っていないので)。恐らく凍結されていると思います。政府のせいでね。その辺は校長に聞きなさい。

 いざこういう文章を書くとなると、中々に書くことが無いものですね。魔法はもう、貴方は簡単に取得してしまうでしょうし、友達云々も言うことは無いでしょう。

 嗚呼、そういえば何故私が貴方に魔法のことについて一度も言ったことが無かったのか書くのを忘れていましたね。簡単なことですよ、私が半端者だからです。アルカナ魔法学校はミニマを受け付けていないんですよ。一応、希望を出せば通る人も居るらしいですが、なんせ私は幽閉されていたので、そんなことをしている場合では無かったのでね(脱出話はザリにでも聞いてください。非常に愉快ですよ。結論だけ言っておくと、私と、迎えに来たエヴァンダーとレイヴンで実家を爆破させました)。ですから、頭が良い貴方に中途半端なことを教えてしまうと良くないと思ったんですよ。ですから、敢えて無地の状態にしています。決して、私が魔法嫌いだった訳じゃないですよ。勘違いしないように!

  さて、伝えておくべきことがあります。コア保全協会には気をつけなさい。あの事件(もう知っていることでしょう)の後、かなり弱体化されましたが、未だ存在しています。もし、読み忘れていたとか何とかでこの手紙を読むのが遅れていて、貴方がとても優秀な魔法使いになっている場合でも、気をつけなさい。貴方の両親があいつらに殺されたという事実を、何があっても忘れないように。あいつらは目的のためなら手段を選びません。

 最後に。貴方は好奇の目に必然と晒されます。最初は貴方の出身の面を、そして恐らく、次第に貴方自身を人々は詮索をしようとします、勝手に貴方のことを善悪で測ろうとします。それに惑わされないようにしなさい。人は迷ったら負けですよ。

あなたの叔母さんより


「おばさんは何者なんだ?」

アクセルが顔を顰めた。

「コア保全協会…」

ノアが舌打ちをした。マドックスがちらりと見ると、アクセルが鼻を鳴らした。

「強烈に嫌いなんだよ。ノアは」

「どうして?」

「決まってるだろ。全てにおいてだ。何せ、コア保全協会によって親族を失った子供は多いんだ。俺もその一人だ…おばあちゃんを亡くした」

ノアはそう言うと腕を組んだ。

「政治家との繋がりがあるとはいえ、そんなのテロ組織と同じじゃないか」

「そうだよ」

ノアが頷いた。

「パイプが太いらしいわよ。だから捕まらない」

ダーラが小声で言った。

「じゃなきゃ今も続いてないよ」

アクセルは顔を顰めた。

「俺、アンビシアだけには入りたくないね」

ノアが小さく呟いた。

「どうして?」

「保全派だからだよ。自由を嫌う人間の集まりだからね。アイツらは。それにコア保全協会の殆どがアンビシア出身だ」

ノアが身体を起こしてあぐらをかいた。

「僕もだよ。息苦しくて死んじゃう」

アクセルがうぇー、と舌を出した。

「マドックス、ちょっとそれもう1回読ませてくれる?」

「勿論」

マドックスがダーラに手紙を手渡した。

「何か気になることでもあったのかい?」

「マドックス、おばさんは父方なのよね?」

「うん」

マドックスが返事をすると、ダーラがある部分を指した。

「じゃあこの私の一族、ってどういうこと?」

「確かに」

アクセルが即座に反応した。

「でも、苗字はエイドロンだよ」

「…養子になったとか?」

ノアが顎に手を置いて呟いた。

「じゃあ元々レイヴンさんの一族ということ?」

ダーラが言った。ダーラは手紙を丁寧に折り、封筒に戻してマドックスに手渡した。

「多分それだ。僕の口座、お母さんの方から引き継いだものだから」

マドックスはそれを受け取るとポケットに突っ込んだ。

「幽閉されてたのを脱出した時に、エヴァンダーさんが戸籍に入れたんだよ多分。それなら説明がつくだろう?それにその時代にミニマが幽閉されていたのは、純血ならよくあったことだろう?」

アクセルの意見に、ダーラとノアが頷いた。

「どうしてミニマだと幽閉されちゃうの?」

マドックスが尋ねた。

「世間体のこともあるし、純血にとって魔法を上手に使えない子は呪われた子として扱われてたからね。なんせ、珍しいんだ。純血からミニマが生まれるのは」

アクセルが答えた。

「王族でもその風習があったくらいよ」

ダーラが顔を顰めながら言った。

「それを禁止する法律だって、20年前に出来たばかりだしね」 

「最近だね」

マドックスが言った。

「だろう?まだアンビシアはミニマのことよく思ってないよ。彼ら曰く、ミニマは『ちゃんとしていない』らしい」

「でもそれは生まれつきなんでしょう?」

マドックスがそう言うと、アクセルは頷いた。

「その通りだよ」

「リベルタスとアンビシアってどれくらい喧嘩してるの?」

「ほぼ毎日だよ。最初から向こうは敵意を向けてくるからね。僕らも気をつけよう」

「まるで私達全員がリベルタスに入るのが当然みたいな言い方ね?」

ダーラがそう言うと、アクセルがニヤリと笑った。

「当たり前だろう?君たちと話したら一発でリベルタスだとわかるよ」

「どうやって寮分けするの?」

マドックスにとってそれはずっと気になっていた事だった。

「まず、水晶に触るのさ!そしたら、真っ白な空間に飛ばされるらしい」

「飛ばされる?」

マドックスは顔を顰めた。

「意識だけね!でもそれはこっちの世界では一瞬だ!」

「そこでは何をするの?」

「『声』とお話するらしい」

「声?」

マドックスは首を傾げた。

「それが、あのクロイツだよ」

「金貨になってる、あの?」

「そう、あの」

アクセルが嬉しそうに言った。

「早く話してみたいよ。古代魔法とか、ロマンに溢れているだろう?聞いてみたい」

「銀行のあれは凄かったな」

「私はとにかく頼みまくらなきゃ。お父様によると、お父様の時は飛んだかもわからないくらいで戻ってきて直ぐに金色に光り輝いたんですって」

ダーラがそう言いながら体を伸ばしてキャリーケースの中から銀色の包みを取り出して、開けた。その瞬間に、にんにくの良い香りが部屋中に充満した。

「良い匂いだね」

「そうでしょう?マドックスのやつも開けてよ」

ダーラが後ろに置いていた銀の袋を指さした。

「ああ、これ?これ、普通に開けられる?」

「流石にそれは大丈夫よ」

ダーラがくすくすと笑った。

「僕らも開けよう」

アクセルはガラスらしい質感だが表面が濁っていない瓶をノアに渡した。ノアはそれを受け取った。アクセルはマドックスのより少しだけ大きい白い袋に手を伸ばして、開けた。マドックスもそれをチラリと見て、恐る恐る開けてみた。

「おぉ…」

開けた瞬間に湯気が一斉に出てきて、顔が少し湿った。中を覗き込むと、骨付きの肉や、じゃがいも、にんじん等色々な食材が茶色のタレに浸かっていた。

「よし、早速分け合おうよ!」

アクセルがそう言うと、3人はいそいそと他の袋や瓶を机に置き始めた。

 マドックスはベッドに倒れ込んだ。

「お腹いっぱいだ」

マドックスはごろりと寝返りを打って仰向けになった。

「ちょっと流石に量が多かったね」

アクセルがマドックスの隣に横になった。その衝撃が満たされた腹を刺激して、更に満腹感を増幅させた。

「寝ちゃいそうだよ」

マドックスが小さく呟いた。

「今何時?」

「20時半よ」

アクセルがテーブル側に寝転がっているせいでダーラの姿が見えなかったが、ダーラの声は聞こえた。

「今寝たら絶対にそのまま朝を迎えちゃうね……シャワーは浴びなきゃ」

アクセルはそう言うと、のそのそと起き上がった。

「さあ、マドックスも起きて。早く行かなきゃ上級生に取られちゃう」

「シャワーどこにあるの?」

「隣の号車だよ」

アクセルはそう言って立ち上がると、はしごを数段登った。

「ノア、起きて。シャワーを浴びに行こう」

アクセルがノアを揺らしたのだろうか。振動がマドックスに少しだけ伝わった。

「私待っとくから、先に入ってきて良いわよ。鍵とか面倒臭いでしょう」

「ありがとう」

アクセルが礼を言った。それに続くようにしてマドックスも言う。

 着替えを持って部屋を出ると、隣の部屋からも自分達と同じくらいの背丈の3人の男の子達が出てきた。

「やあ、君たちも1年生だよね?」

アクセルが彼らに声を掛けた。何故そんなことがわかったのか、マドックスは疑問に思った。

「それが何か?」

3人のうち1番背の高くて、目つきの悪いハネのひとつない滑らかな金髪を持つ男の子がそう言った。

「これからよろしくね。僕はアクセル。君たちは?」

アクセルが手を差し出した。

「君に名乗る必要は無い。アクセル・ライオハート。お前の噂は沢山聞いている。残念ながら私は君のような問題児とは関わらないよう決めているんだ」

そう言うとそいつはアクセルを押し退けようと肩で押した。だがアクセルは動じなかった。

「噂?僕そんなことしたっけな?」

「道路に飛び出す、小学校に侵入し、窓を割って飛び降りる、そこの生徒を吊るす。他にも沢山あるが?」

そいつはアクセルをギロリと睨んだ。そいつの脇の2人が眉間に皺を寄せた。

「やだなあ。それは全部いじめられてた子を助けるための行動だよ」

アクセルが笑いかけた。

「問題は問題だ。如何なる場合であっても許されない」

「頑固ジジイなのかお前は」

ノアがそいつのことを鋭く睨み上げた。

「こいつがジジイに見えるのか?メガネを掛けた方が良いぞ」

脇の1人がそう言うと、ゲラゲラ笑った。

「比喩ってのを知らないんだな。この国では珍しく言語能力が低い。猿のようだ…ああ、猿に失礼か」

ノアがニヤニヤと笑いながらその1人に言った。するとその1人は顔を真っ赤にしてノアに詰め寄った。背の低いノアに影がかかる。マドックスが1歩踏み出した。

「やめろ。私達まで野蛮になる。行くぞ」

金髪君はそう言うと、アクセルとノアの間をすり抜けて歩き去った。脇の2人は金髪君を追って行ってしまった。

「なんだあいつら」

ノアが舌打ちをした。

「いやあ、怖い怖い」

アクセルがくすくすと笑った。

「態度が悪かったね」

あまり人に対して怒ることは無いマドックスであったが、今回ばかりは少し腹が立った。アクセルは声を掛けただけじゃないか。そもそもあいつらは、どのくらいアクセルのことを知っているのであろうか。

「あんな奴ら気にしなくて良い。行こう」

ノアが小さく言った。アクセルはニコリと笑うと、それに賛同して奴らが行った号車に向かった。

 隣の号車に移ると、長い通路を挟むように、幾つもの扉があった。所々で旗が立っていた。

「空いている所はあんな感じで旗が立ってるんだよ」

アクセルはそう言うと、1番近い所にあった旗が立っている扉に近づき、開けた。

「さあ入って」

アクセルに続くようにマドックス、ノアが入るとそこには小さな円テーブルと、二脚の椅子がある狭いスペースがあり、その奥にもう1つ扉があった。

「先にマドックスが入って良いよ。仕様はイナートと同じはず!僕が1度だけ行ったことのあるイナートの宿が余程変な所だった訳じゃない限りね」

「わかった」

マドックスは頷くと、その扉を開けた。

 シャワーは至って普通だった。本当に。全てを難なく終えることが出来た。昨日今日と常に自分が知らないことだらけだったが、案外この世界にも共通することはあるのだなと思った。

「終わったよ」

「どうだった?」

「全部同じでちょっとびっくりしたよ」

マドックスがそう言うと、アクセルがくすくすと笑った。

「そうだろう?魔法使いとイナートはあんまり違わないのさ」

アクセルはそう言うと、手を伸ばしてノアの背中を押した。

「さあ、次はノアだ」

ノアは小さく頷くと、そそくさと扉を開けて入っていった。アクセルはマドックスを手招いて、向かいの椅子に座らせた。

「はあ、眠いね。何か話しとかないと寝ちゃいそうだよ。うーん、そうだなあ」

アクセルは肘置きに肘をついて、手をくるくると回した。

「質問コーナーをしないかい?お互いのことをより深く知るために」

「それは良いね」

マドックスがそう言うと、アクセルはニコリと笑った。

「だろう?じゃあマドックスから、どうぞ?」

「そうだな、じゃあ、アクセルの家族について教えてよ。兄弟とか居るの?」

「良い質問だね!兄弟は居ないよ!一人っ子だ。お父さんは治安維持局で働いてるんだ!」

「治安維持局?」

マドックスが首を傾げた。

「イナートの世界でいう、警察みたいなものさ!」

「なるほどね、かっこいい」

マドックスがそう言うと、アクセルがこくこくと頷いた。

「そうだろう?ただまあ、僕は就きたくないけどね」

「どうして?」

マドックスが尋ねた。

「僕は、『僕が』正しいと思うことをしたいからだよ」

「あぁ…だから、リベルタスに行きたいのか。納得したよ」

アクセルが首を傾げた。

「アクセルってヴァレオン?ぽいなと思ってたから」

「よく言われるよ!ただ、ヴァレオンは人は吊るさないらしい」

アクセルは悪戯げに笑った。

「お父さんはヴァレオンだったの?」

「そうだよ!うちの家系はヴァレオンが多いんだ。まあ、ダーラや君のとこみたいに全員がって訳では無いんだけどね。アンビシアの人も居たし」

「ということは僕の家系はずっとリベルタスってこと?」

マドックスがそう言うと、アクセルが少し嬉しそうに、でも悪戯げに笑った。

「お父さんの方はずーーーーっとリベルタスだよ」

「そうなの?」

マドックスが目を見開いた。

「そうだよ!だからノアもマドックスはリベルタスに違いないって言ってただろう?」

「そういうことだったのか!お父さんの息子だからかと思ってたよ」

「まぁ、それもあるかもしれないね」

アクセルは笑った。

「お母さんの方はどうなのか知ってる?」

「うぅん、あんまり知らないなあ。そもそも、君のお母さんについての情報ってあんまり無いんだ」

アクセルは顔を顰めた。

「そうなの?」

アクセルは頷いた。

「首席で卒業した後、何処にも就職してないらしいし…」

「ええ」

マドックスが声を上げた。

「でも首席って、凄いんでしょ?」

「毎日推薦書とかが届くらしいよ」

「そりゃ凄いや…」

マドックスが思わず呟いた。

「そういえば、アクセルのお母さんはどんな人なの?」

「めちゃくちゃ穏やかな人だよ。お母さんはリベルタスなんだけどね。クレメリアなんじゃないかと思うほどに優しい」

「へえ、なんでリベルタスに選ばれたんだろうね」

「それお父さんとずっと話してるよ」

アクセルはくすくすと笑った。

「お父さんは優しい?」

「とっても!時々怖いけどね。でも、行動に正当性があれば怒らないよ。事実、僕が人を吊るした時も怒られなかった。やり過ぎだとは言われたけどね」

「どうして吊るしたの?」

マドックスの問いかけに、アクセルはニヤリと笑って答えた。

「そいつが小さな女の子を虐めてたからさ。何もしてないのにね。だから、吊るしたのさ」

「中々にワイルドだね」

マドックスが笑った。

「僕、人なんて吊るしたことないなあ」

「普通は無いと思うよ」

2人は笑った。

「それにしても、寮って難しいね。アクセルみたいなタイプも居るってことでしょう?」

「そうだね。マドックスは分かりやすいけどね」

「ええ?」

マドックスは思わず声を上げた。

「ザ・リベルタスだよ。疑いようもない。代表例さ」

「そんなに?」

「そんなにさ」

アクセルは頷いた。

「ノアも悩みどころだよね。ちょっとザピエルみがある」

「ザピエルって、勤勉なところだよね?」

「そうそう。研究者気質な人が多いところ」

「うん。確かにザピエルらしいところ結構あるかも」

マドックスが頷いた。

「ただまあ、あいつはリベルタスオタクな感じだからなあ。そこを逆手に取ってザピエルの可能性もあるけど、自由に対する執着と捉えれば、確実にリベルタスになるだろうね」

「見方によって変わるってことだね」

マドックスの言葉にアクセルは頷いた。

「よし、じゃあ僕の番かな。そうだなあ、じゃあ、ここに来る前はどんな生活してたの?」

「遊び呆けてたよ。僕、丘の上に住んでたんだけど、丘の下の街まで自転車で下って毎日公園でそこの街の子達と遊んでたんだ」

「家庭教師とか来なかったの?」

マドックスがアクセルの問いかけに首を捻った。

「ええ?そんな人来ないよ。アクセルは来たの?」

「来たよ。平日は毎日ね。5時間くらい勉強するんだ」

マドックスが顔を顰めた。

「うげえ、楽しい?」

「うーん、場合による。時々箒とか呪文とか、そういう実技の日があるからそれは楽しかったけど。座学の日はあんまりかな」

マドックスがへえ、と頷いた。

「僕そんなの頭がおかしくなっちゃいそうだよ」

マドックスがそう言うとアクセルは笑った。

「なんだか意外だよ!勉強好きそうなのに」

「うーん、好きなことの勉強なら好きだよ?多分。本とか読むの好きだし…それが勉強に入るのかはわからないけど」

「生粋のリベルタスだね」

アクセルがニヤリと笑った。それと同時くらいに、シャワー室に繋がる扉が開いて、びしょびしょに濡れた髪を携えたノアが出てきた。

「ノーア。髪ちゃんと乾かさないと、また風邪を引いてしまうよ」

「面倒臭いから…」

ノアが小さく言うと、アクセルがため息をついた。

「僕が出て来るまでにちゃんと乾かしておくんだよ。嫌だよ、入学早々友人の看病をするだなんて」

アクセルはそう言うと、さっさとシャワー室に入って行った。

「…お節介だよね」

「良い友達じゃないか」

ノアはチラリとマドックスを見ると肩を竦めた。

「そうだけどね」

ノアは肩に掛けていたタオルで髪を雑にゴシゴシと拭きながら、向かいの椅子に座った。マドックスは端の方に置いてあったコップを手に取り、ポットで水を注いだ。

「飲む?」

「うん」

ノアは頷いた。マドックスはコップをテーブルに置いて、片方をノアの方にずらした。

「ありがとう」

「今更だけどこれ水だよね?」

「多分ね」

ノアはニヤリと笑った。

 その後は暫く沈黙が続いた。時々ノアがタオルで髪を拭く時に布が擦れる音が聞こえるくらいだった。マドックスはそれまで常に刺激があったからか、少し眠気に襲われていた。

 ノアは立ち上がると、髪を拭いていたタオルをカバンの中に突っ込んだ。髪の毛はすっかり乾いていた。

「あー、その、俺口悪いよね」

ノアが小さく呟いた。

「いきなりどうしたの?」

マドックスが笑った。

「そのさ、部屋出た時、アイツらと会ったじゃん」

「あぁ」

マドックスが頷いた。

「びっくりしたでしょ…その、初めて会った時も暴走しちゃったし。昔から感情のコントロールをするのが下手なんだ。だから、妹が居るんだけど、妹とアクセルによく助けて貰ってるんだ」

「別に何も気にしてないよ」

マドックスは微笑んだ。

「本当に?」

「本当だよ。それに、アイツらには僕も腹が立った。僕なんかよりもっとアクセルを知ってる君にとっては、もっと腹が立つ出来事だったと思う」

マドックスはそう言うと、ノアは安心したように笑って頷いた。

「うん。手を出さないように我慢したよ」

「僕だったら一発お見舞いしてたかも」

マドックスがそう言うと、ノアは初めて声を出して笑った。

「人殴ったこと無いでしょう?」

「うん」

ノアはうんうん、と頷いた。

「イメージに合ってるよ」

「どんなイメージなの?」

マドックスはくすくすと笑った。ノアもニヤリと笑う。

「人畜無害って感じ」

マドックスは吹き出した。

「もし殴りたいやつが出来たら、俺が代わりに殴ってあげるよ」

「おかしなシチュエーションが生まれちゃうじゃん」

二人はなんだか可笑しくなって、ずっと笑っていた。腹が攣るかと思ってしまうくらい、只管に。何故か分からないけど、本当に、何故か、凄く笑えてしまった。

「何がそんなに面白いんだい?」

二人は涙目になりながらシャワー室から出てきたアクセルを見た。

「秘密」

二人はそう言うと見つめあった。そしてまた笑いだした。

「ちょっと!ハモるだなんて信じられないよ。めちゃくちゃ仲良くなってるじゃないか!ずるい!どうして僕が居ない時に限って…」

「もう出ようぜ」

ノアが息絶え絶えになりながら言った。アクセルは不服そうにぶつくさ言いながらも、頷いた。

 部屋に帰るとダーラはベッドにうつ伏せになって本を読んでいた。

「帰ったよ。ダーラ、行っておいで」

アクセルがそう言った。ダーラは本を閉じ、ベッドの端の方に寄せてベッドから出た。少し乱れていた髪を整えて三人を見たダーラはマドックスとノアを見て少し顔を顰めた。

「どうしたの?泣いたの?」

「この二人、僕がシャワーを浴びている最中にすんごく仲良くなっちゃったんだ!笑いすぎて泣いちゃうくらいにね!」

アクセルは少し眉間に皺を寄せて言った。

「なんだぁ。安心したわ。心配させないでよね。じゃ、行ってきます」

ダーラはそう言うと、部屋から出た。

「全く」

アクセルはぷく、と頬を膨らませた。

「疲れた」

ノアはそう呟くと、そそくさと2段ベッドのはしごを上がって行った。

「僕歯磨きしなきゃ」

マドックスは部屋の隅の方にある洗面所をチラリと見ながら言った。

「ああ、忘れるところだった。ノア!」

「やったよ」

アクセルは頷くと、マドックスを見た。

「偉いね」

「そうだね」

マドックスは頷いた。

 蛇口を捻って水を止め、歯ブラシを軽く振って水気を切るとコップに歯ブラシを立てかけた。

「眠たくなってきたや」

マドックスは呟いた。

「寝たらどうだい?」

「でもダーラが帰ってきてないでしょう」

「そうだね」

アクセルは頷いた。

「女の子はシャワーに時間が掛かるからね。それまでのんびりしとこうじゃないか」

マドックスは良いね、と呟いた。

 ベッドに膝立ちのまま上がって壁に凭れかかり、身体を折った。部屋の真ん中ではアクセルがキャリーケースの中身を整えていた。暫くその様子を見ていると、部屋の窓のカーテンが少しだけ空いているのに気がついた。腰を一度上げ、閉めようとカーテンを少しだけ持ち上げると、遠くの山の方に光が見えた。

「なんだろう、あれ」

マドックスが呟くと、アクセルが近寄ってきた。

「なんだあれ」

アクセルも呟いた。

「街でもあるのかな」

「でもそれにしちゃあ、あまりにも光が一点すぎるよ」とアクセルは言った。

「じゃああれは何だろう」

「うーん。気になるね。ノア!」

アクセルは振り向いて呼び掛けた。だが返ってくるのは静寂のみだった。

「こりゃ寝ちゃったね」

「ノア、いつも七時には寝るんだ」

マドックスは部屋の丸時計を見た。

「もう十時だよ」

「うん。相当頑張ったんだと思う」

アクセルは笑った。すると、少し髪の毛の巻きが落ち着いたダーラがちょうど部屋に入ってきた。

「あら、起きてたの?」

「山の方に不思議な光を見つけてしまってね」

アクセルがそう言うとダーラは窓に近づいた。

「何も無いじゃない」

ダーラは振り向いて二人に言った。

「そんなはずは…本当だね」

「さっきまであったのに」とマドックスは言った。

ダーラはカバンを床に下ろすと、そのまま1階のベッドに潜り込んだ。

「二人もそろそろ寝なさいよ。でもありがとう、待っててくれて」

ダーラは布団から顔を覗かせて笑った。

「何の事かな?」

アクセルは微笑んだ。

「おかしなこと言うね」

マドックスはそう言うと、スイッチを触って部屋の電気を暗くした。そのスイッチはイナートの世界と何ら変わらないものだった。

「じゃあ、おやすみ」

アクセルはそう言うと、ダーラの方のベッドの二階に登って行った。マドックスはその様子を見届けると、漸く布団に潜り込んだ。

 良い夢が見られそうだ。

 マドックスはニヤリと笑うと、少し身体を動かして良いポジションを探して、探し終えると目を閉じた。

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