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魔法界への第1歩

今思えば、あの時に警察に通報しておけば良かったと後悔する。叔母さんが連れて行かれたという衝撃も大きかったが、叔母さんの様子がおかしいことを知っていた事や、あの枝の先から出ていた花。そして浮いている叔母さん。どれもが本物らしくて、結局マドックスは駅に来ていた。が、問題はあった。昨日あの人は何時に駅に着いたら良いのか言わなかったのだ。つまりは、行ってもいない可能性がある(本当にあれが本物だとした場合)。そのためやはり引き返して警察に連絡しようだとか、あれは夢なんじゃないかとか色々考えたが、現実を受け入れきれなくて呆然としたまま寝て起きても家に叔母さんが居なかったのは事実であるし、何よりマドックスの変に好奇心旺盛な所が表に出てきて、結局自転車を駅前の駐輪場に停め、中央口に向かった。

中央口に着き、あたりを見渡す。自称魔法使いなのだから、とんでもなく目立つ人がいるのだろうなと勝手に決めつけていたが、それらしき人は居なかった。何より、そもそも時間が合っているのかさえわからない。半ば諦め、5分待っても現れなかったら警察に通報しようと決意して振り向くと、そこには190センチくらいの、とにかく大男がいた。

「う、わ」

マドックスが思わず後ずさると、その男は困ったように眉を下げた。

「初めまして、マドックスくん」

その男は腰を屈めて、手を差し出した。

「あなたが?」

マドックスは思わず呟いた。

「ふふ、そうだよ。私はザリ。呪文学の教授だ。今日は校長に君の買い物に連れて行くように言われてね」

「僕お金持ってないよ」

「安心して。君は大金持ちだ」

ザリが笑った。ザリは髪は茶髪で、穏やかな顔をする人だ。指にも指輪を嵌めていたり、大きな円の中にまた円がある傍から見ると重そうなイヤリングをつけていたり、何重もの腕輪をしたりと、とにかく沢山のアクセサリーをつけていた。ザリが顔を動かすたびにイヤリングが音を鳴らす。

「僕が?」

マドックスが顔を顰めた。

「そうだよ。君のお母さんは金持ちの家系だったんだ」

ザリは微笑んだ。

「僕、お母さんいたんだ?」

「え?」

ザリが目を見開いて首を傾げた。

「両親の話だなんて、一度もされたことが無かったから」

「叔母さんにも?」

やはり、この人も叔母さんについて知っている。自称魔法使いは、本物の魔法使いなのであろうか。マドックスは顎を引いた。

「うん。それよりも、あなたは本当に魔法使いなの?」

「え、校長から話を受けていないのかい」

ザリは顔を顰めた。

「花を出されて終わった」

ザリは頭を押さえて大きなため息をついた。

「君、その状態でよく信じてここに来てくれたね。だめだよ。通報しなきゃ」

「今していい?」

「いやそれは困るよ…君は本当に、お父さんと似て警戒心が薄いな」

「お父さんを知っているの?」

マドックスが尋ねると、ザリが頷いた。

「少しだけね」

「どんな人だったの?」

「…優しい人だったよ。さあ、もう行こうか。着いてきて」

ザリは一歩踏み出したが、あ、と言って立ち止まった。

「魔法を見せてあげよう」

ザリが手を軽く手を上げると駅の構内に鳩が大量に発生した。当たり前のことだが、辺りに居る人々は大混乱し始めた。腕を振り回したり、大きな声を出して威嚇していたりしていた。構内に混沌が広まる。

「さて、今の間に…私に捕まって」

ザリはマドックスが捕まりやすいように手を差し出した。マドックスは少し躊躇しながらその手に捕まった。瞬きをするために目を閉じ、そして目を開けた瞬間にはもう、目の前の景色が変わっていた。

「う、わ」

マドックスはバランス感覚を崩し、倒れかけたが、ザリが引っ張り上げてマドックスを支えた。

「これで信じてくれた?」

目の前には大きな城、があった。真っ白な石で積み上げられた壮大な城で、高い塔が数本建っていた。大きく開かれた入口までの道は煉瓦でできており、脇には見たことの無いような木々花々があった。

「ここって…?」

「城下町的な感じさ。この城には元々、伝説の魔法使い、フェルディナンド・クロイツが住んでいたとされているんだ。彼の保護求めた民衆は、この城の近くに店や家を建てた、それがこのクロイツロードの発端だよ」

ザリはそう言うと、歩き始めた。

「着いてきて」

門を潜って城の中に入ると、何本かの道に別れていた。そのまま真っ直ぐ進むと、何処を見ても汚れのない、真っ白い宮殿のような建物が現れた。蔦ひとつ伸びておらず、浮世離れしていた。

「あれがこの国の魔法使いが使う銀行だよ。古代魔法で動いていて、あの仕組みを作ったのもクロイツなんだ」

宮殿の中に入ると、金属同士が当たる音が鳴り響いていた。あたり1面が外壁と同じように真っ白だ。床は大理石で出来ており、目を凝らせば自分の顔を鏡のように床で見れそうな程に光り輝いていた。

ザリは広場の中央にあるカウンターのような所に近づくと、その場に置いてあったペンを持ち、敷いていたマットの下から紙を取り出して書き込んだ。マドックスはザリの少し後ろに立っていたが、ザリに手招きされてザリの隣に置いてあった台の上に乗った。

「ここに、氏名、住所、口座番号を書く。そして後は指紋……手を出して、そう、親指を立ててね」

マドックスは親指を立てた。

「この四角い枠の中に押し付けて」

マドックスは連帯保証人、とかいう単語を連想してしまったが好奇心に負けて言われた通りにした。すると鉄で出来た義手のようなものが突然二本現れて、その紙を持ち、何処かに進み始めた。2人はそれに着いて行った。

「あれが金庫に連れて行ってくれるよ」

「金庫?あれが持ってきてくれるんじゃなくて?」

マドックスが尋ねた。

「それはイナートのやり方だね」

「イナート?」

マドックスが首を傾げた。

「魔法が使えない人ってことさ。因みに、ナルとは呼んじゃいけないよ」

「どうして?」

「差別用語だからね。まだ使う人は結構居るけど、あまり宜しくないよ。入学して、それを使う子が居ても使わないように」

「魔法の世界でも、差別用語とかあるんだ?」

「勿論。そもそも、このようにして非魔法界と魔法界が区別されているのは、差別が根底にあるんだよ」

「どういうこと?」

マドックスが鉄の義手のようなものから目を離してザリを見上げた。ザリが顎に手を当てた。

「ん〜、簡単に説明するよ…魔法使いは誤解を恐れずに言えば、力がある。でもイナートは無い。だからよく差別が起きていたんだ。ただ、イナートは尋常じゃない程数が多い。だから、戦争をすれば結果は言ってしまえば五分五分になるだろうと言われているんだ。だから、お互いが接触せずに暮らせば、お互いの安寧が保証される。だから分裂したんだよ」

「なるほど?」

マドックスが頷いた。

「何となくわかった気がする」

マドックスがそう言うと、ザリが笑った。

「上手く説明出来ていたかな?良かった。生憎呪文学の授業にはあまり座学が無いんだ」

 たそうこうしている内に、義手が動きを止めた。

「着いたね」

そこには、ザリよりも少しだけ高い大きな、重厚感のある円形の扉だった。

「中央に、手を触れさせて」

マドックスは1歩踏み出して、扉の中心に手を置いた。その瞬間、地面から青白い光が飛び出した。その光は帯状に集まり、円形の扉に纏わりついた。それが蠢くと、扉はゆっくりと開いていった。そしてその扉は完全に開いた。中にはキラキラと輝く金貨の塔が大量に建っており、外から光が入ってきたことによって鉄の壁に黄金の光が反射していた。

「何度見ても驚くな…」

ザリがポツリと呟いた。

「見たことあるの?」

「まあね…」

「どうして?」

マドックスが首を傾げた。

「君のお母さんとは友人だからね…最初は嫌われていた…というか嫌い合っていたけれども」

ザリが少し笑った。

「どうして嫌われてたの?」

「まぁ…少々正義の為に色々ヤンチャしていたんだ」

ザリが悪戯げに笑った。

「そうなんだ」

マドックスがそう返事をすると、ザリが懐から紙を取り出した。

「え~と、ちょっと待ってね。なんせ君みたいなイナート育ちの子を案内する役目に初めて抜擢されたんだ…」

そう言うとザリは顎に手を当て何かを考え込み始めた。

「ん〜、一旦先に杖を買おうか」

「杖?」

「そう。イナートでも魔法と言えば杖だろう?」

確かに、とマドックスは頷いた。

「あれは元々共生していた頃の名残だよ。他にも箒で飛ぶ、とかもね」

ザリは少し嬉しそうに言うと、紙を懐にしまった。

「なんせ杖を使って魔法を使えばこの大量の金貨の中から必要な分だけ出せるんだが、君は今杖を持っていないからね。この金庫の中ではこの金庫の所有者である君が、君の杖を使うことで起こした魔法しか効果が適用されないんだ」

そうして、二人は銀行から出た。

銀行から出て、暫く通りを歩いた。時々頭上を飛んでいく人々(宅急便らしい)や、扉の形が変わる店、店の周りで常に花火が上がっている店、フクロウが飛び交うお店等など、マドックスにとって小説などのファンタジー物語でしか見たことの無い景色がそこには広がっていた。

「さて、ここだね」

ザリが立ち止まったのはとても細長くて、古い店だった。同じように細長い看板には『フィレッジの杖専門店』と書かれていた。

「本物……?」

そんな言葉が意図せず口から飛び出していた。

「ふは、本物だよ。ここまで来てそれかい?」

ザリがくすくすと笑った。

「さ、入ろう」

「でも待って。僕お金持ってないよ」

「誕生日プレゼントだよ。あと3週間くらいすれば誕生日だろう?」

マドックスがザリを見上げた。

「ふふ、それくらい知っているさ。さ、入ろう」

ボロボロの木製の扉を開けた先には、案外小綺麗な部屋が広がっていた。壁は一面黒色で、床には縁が金色の深紅の絨毯が敷かれており、緑や紫などの色とりどりな観葉植物が至る所にあった。目の前にはカウンターがあり、その上には卓上ベルがあった。

「これを押すんだ…って、君の方がこれに関しては詳しいか」

ザリが微笑すると、中からザリより少し低いくらいで、銀髪で髪が肩にかかるくらいのこれまたハンサムな男が出てきた。

「よぉザリ!久しぶりだな!」

「先週あったじゃないか」

ザリがそう言うと、その男は儚い見た目にそぐわず豪快に笑った。

「学生の頃は毎日会ってただろう!」

「学生って…何年前だと思ってるんだ」

「あー、5年前くらいか?」

その男、フェイネスは首を捻った。

「残念。もう9年前だよ。私達31、というかフェイネスに関しては32だよもう」

「嘘だろ……?」

フェイネスが口を手で覆った。

「残念ながら本当だよ。現実を見なよ。というか、おじさんは?」

「二日酔いでダウン」

2人がため息をついた。

「またか…おじさんそんなに酒強くないんだから、飲まなければ良いのに」

「訓練とか言ってまだ飲んでんぜ」

「それは20代前半で終わるべきことだろ」

「諦めの悪さがすこぶる悪いところで発揮されてんだよ」

ザリが笑った。

「って、こんな話してる場合じゃないんだよ。この子はマドックス。この子の杖を買ってあげたくてね」

「おーおー、とうとうお前、任されるようになったのか。あの頑固ジジイ、全部やりたがる癖に」

フェイネスが鼻で笑った。

「校長は内閣の会議に特別に呼ばれて今出てるんだよ」

「珍しいな?」

「グリテンブルーのあれだよ」

ザリがそう言うと、フェイネスはああ、と頷いた。

「あれって?」

漸く会話に入れる話題になったので、マドックスは質問した。

「ほら、三丁目がないだろう?グリテンブルーには」

「うん。友達は戦争の名残だって」

「あれ、じつはあそこに魔法族が住んでるんだよ。不審に思われないように、そういう歴史に改ざんしたのさ」

「そうなの?」

ザリが頷いた。

「3日…?くらい前に爆発事件が二丁目で起きただろう。あれ、実は君と同い年の少年が魔力事故を起こして起きたものなんだ」

「魔力事故?」

マドックスが首を傾げた。

「この世にある全ての物体には、魔力の容量というものがあるんだ。物体によって許容できる量が変わってくるんだが、その許容量を超える魔力を感情が高ぶったりしたことによりいきなり加えると、爆発が起きてしまうんだ。ゆっくり加えたら壊れるだけなんだけどね。子供が起こしやすい事故だよ。君は起こさなかったみたいだけどね。普通なら1回はやるさ」

ザリが笑った。

「先生もやったことあるの?」

「1度ね」

ザリが苦々しく笑った。

「父親にお菓子を取られたからだぜ、こいつ」

「フェイネス…」

ザリが頭を抱えながらそう言うと、フェイネスが豪快に笑った。

「お菓子を取られたら確かに、イライラするよね」

マドックスがこくこくと頷きながらそう言うと、ザリはありがとう、と言いながら苦笑した。

「そんじゃまあなんだ、杖作りやってくか。利き腕は?」

「右腕です」

「じゃあ、右腕出して」

マドックスは少し背伸びをして、カウンターに腕を乗せた。

「マドックスくん。ここに立ちな」

マドックスが横を見ると、小さめの台をザリが置いてくれていた。

「ありがとう」

マドックスがそう言うとザリが微笑んだ。

「こういうのができるからコイツはモテるんだぜ」

フェイネスがニヤリと笑いながら言う。

「確かに、モテてそう」

マドックスが頷いた。

「ははははは、無駄話はおしまいだよ」

ザリがにんまりと笑うと、フェイネスはマドックスにさっと向き直った。

「んじゃやるか」

フェイネスはそう言うと、マドックスの腕をまじまじと見た。

それからもう五分くらい経ったであろうか。まだフェイネスはマドックスの腕を見つめていた。マドックスがザリの方を見ると、人差し指を立てて口元にやった。マドックスは頷いて、視線を戻した。

それからまた30分程経った頃だろうか、わからないがとにかく、ひたすらに時間が流れて漸くフェイネスが動いた。

「あ〜、よし、よし行こう。これで」

フェイネスは頷きながらそう呟いた。

「ありがとうマドックスくん。少しだけ待ってね」

フェイネスはそう言うなり、部屋の奥に消えてしまった。

「お疲れ様」

マドックスが腕を下ろして台から降りると、隅の方で腕を組みながら壁に凭れていたザリが微笑んだ。

「何をあの人は見ていたの?」

「コアだよ」

「コア?」

マドックスが首を傾げた。

「魂とも言うね」

「そんなのがあるの?」

マドックスが尋ねた。

「あるよ。彼は杖職人の家系でね。そういったものが特別に見えるんだ。まぁだけど、なんせ極秘だとかなんとかで、真相はあまり知られてないんだよ」

「そうなんだ」

マドックスが頷いた。

「どうやらコアは1人につき1つしかないらしい。あとは人によってその形が変わるとかなんだとか。本当にこれくらいしか情報として流通してないんだよね」

「気になるね」

「だろう?まぁでも、法律で無闇な詮索は禁止されているから、これ以上は辞めておこう」

マドックスが目を見開いた。

「法律?」

「杖職人保護法だよ。これは魔法政治学の授業で習うよ」

「そんな授業もあるんだ」

「勿論。他にも私が担当する呪文学、生活呪文学、飛行術、魔法歴史学、魔法構造学、魔法経済学、魔法地理学、魔法薬学、魔法地学、占い学、魔法生物学、魔法文学…それくらいかな?忘れているかもしれない。だが恐らく、それだけだ」

ザリが頷いた。

「沢山ある」

「はは!君なら恐らく大丈夫だよ。君、本当に7歳なのを忘れてしまうくらいしっかりと話すし、難しい語彙を知ってるし。まぁそれに、もし仮に出来なかったとしても、退学になることはないから安心しなさい。留年するだけだ」

「安心していいの…?」

マドックスは顔を顰めた。

「はは!路頭に迷うよりかは私は何億倍もマシだと思うけどね」

ザリは笑った。

そんなことを話していると、奥の方から薄く、横長の銀縁のメガネをかけたフェイネスが出てきた。

「出来たよ。はい。これを持って1度、軽く振ってみて」

カウンターから出てきて、フェイネスが杖を手渡した。持ってみると少しゴツゴツしている外見とは裏腹に触り心地が良く、手によく馴染んだ。

「はい」

マドックスは右手で受け取りながら頷いた。そして、軽く振る。すると杖の先から白いキラキラと輝くモヤが現れた。

「完璧だ」

フェイネスはそう言って笑った。

「ありがとうございます」

「もし壊れたらまた持っておいで。卒業するまでは修理費はタダだよ」

「わかりました」

マドックスは頷きながら言った。

「フェイネス、会計」

ザリが壁から離れてカウンターに向かった。

「お前が払うのか?」

「誕生日プレゼントだ」

「甘いねえ、相変わらず」

フェイネスはニヤリと笑った。

「色々な事情があってね」

「色々ね、あいよ〜10クロイツ」

「はいはい」

ザリは懐から金貨を取り出してフェイネスに渡した。

「ちょっきりお預かりしましたよっと」

「じゃあ私達はそろそろ行くよ。まだ杖しか買ってないんだ」

「明日だよな?入学式」

フェイネスが尋ねた。

「そうだよ」

ザリが頷いた。

「励めよ~マドックスくんよ。案外楽しいとこだぜ」

フェイネスはカウンターに両肘をついて少し前のめりになりながら言った。

「はい」

マドックスが頷いた。

「じゃあまたね」

ザリが扉に手をかけた。

「今度また飲もうぜ」

「勿論」

ザリは頷いた。そうして、2人は店を出た。

来た道を戻るだけではあったのだが、逆から見る景色とは案外違った景色に見えるもので、行きには目に留まらなかったものが、今は留まるようになっていた。丘の上の家にいる時と比べて、遥かに飽きることがなかった。また、それは魔法によって本当に召喚されたものかもしれないという得も言われぬ期待もあった。

銀行に戻り、次はマドックス自身が紙に氏名などを書いた。そして、同じように金属の義手みたいなものによって案内された場所に辿り着く。マドックスは扉に手を押し当て、扉を開けた。

「さて、早速魔法を試してみよう。右腕に杖を持って、腕を伸ばしたまま臍くらいの高さに手が来るようにして」

マドックスは言われた通りにした。

「そして8の字を描くように杖先を動かしながら唱える。『50クロイツ!』ってね。やってみて」

マドックスは頷く。左手で小さく8の字を描いてイメージした。耳の裏からどくどく、と鼓動が聞こえる。自分が明らかに高揚しているのをマドックス感じ取った。そして、杖先に意識を向けながら8の字を描いた。

『50クロイツ!』

マドックスがそう言った瞬間、積まれていた金貨が高い音を鳴らしながら空中に集まりだした。

「はいこれ広げて。杖はしまって良いよ」

マドックスがザリの方を見ると、黒い巾着をマドックスの方に差し出していた。マドックスはそれを受け取ると、杖をポケットに入れた後、口を開けて広げた。すると、中に浮かんでいた金貨がその中に集まり出した。

「うわ」

マドックスは1歩後ずさったが、それでも金貨は照準を変えて巾着に入り始めた。

1分も経たないうちに、金貨の流れは止まった。

「素晴らしい!」

ザリはそう言ってマドックスの頭を撫でた。マドックスはザリを見上げて笑った。

「どうだい?人生で初めて魔法を使った感想は」

「漸く実感湧いてきたかも」

マドックスがそう言うとザリがクスクス笑った。

「そりゃあ良かった。いやあ、1発で成功するとは思っていなかったな。やはり才能がある!」

ザリは嬉しそうに笑った。

「普通は失敗するものなんだよ」

「イメージしたら出来たよ」

マドックスがそう言うとザリはまた頭を撫でた。

「本当に将来が楽しみだよ…ああ、そうそう。その巾着」

ザリがマドックスが手に持っている黒い巾着を指さした。

「正式名称で無限拡張巾着と言ってね、その口に入るものならどんなものでも、無限に入れられる袋だ。物を出す時は念じれば必然と手の中にそれが収められるようになってる。凄く便利だろう?」

マドックスが漆黒の中を見ながら頷いた。すると、ザリは少し澱みながら続けた。

「それはねえ、君のお母さんに預かっていた…というか、借りパク…では無いんだけど、とにかく、返す前に会えなくなってしまってね。つまり、君のお母さんの遺品だよ。君の存在を知ってから、ずっと君に返したいと思っていたんだ」

マドックスは、母の遺品、と聞いて中身を覗く目の動きを止めた。

「遺品?」

「そうだ」

ザリが頷いた。

「遺品とか、初めてだよ」

「そうなのかい?」

ザリが眉を上げた

「うん。……母さんは、いや、何でもない。大切にする」

マドックスが、その巾着を抱き締めると、口角を上げてザリを見上げた。ザリはマドックスのその表情を見るなり、眉を下げて頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

「それには、更に凄い魔法が付いていてね。彼女の血族が使用すると、念じさえすればそれが他人から見えないし、触れられなくなるんだ!凄くないかい。見えなくするのは簡単にできるんだが、触れられなくするのは中々難しくてね。しかも血族のみに制限し、時間を無期限にするのは中々できない!本当に素晴らしいものだよ」

ザリは少し早口になって話した。

「まあ、自慢すると狙われるかもしれないから、何でもないような顔で使うなり、裏で使うなりした方が良いよ。…まあ、それくらい君だったらわかると思うけど」

「わかった」

マドックスが頷くと、満足したようにザリは踵を返し、扉の方に1歩踏み出した。

「さて、早速買い物に出かけよう!」

2人は銀行を出た。

銀行を出ると、今度は杖の店と反対方向に向かった。その通りでは先程の喧騒がやや収まり、服や本が売られていた。色々な服が売られている店もあれば、『ロウンのローブ専門店』のような専門店もあった。ショーケースの中で本が蝶のように飛び回っていたり、服が優雅に踊っていたりしていた。マドックスはザリに離されないように着いていきつつも、目線はそれらに釘付けだった。

「さてと、ここでまずは制服を買おう」

ザリが指した店は、比較的落ち着いた印象(ショーケースの中の服が動いていないだけだが)だった。古びた木製の両開きの扉を開けると、中には小さな台が一つだけ部屋の中央にあり、それ以外には何も無かった。

「おばさーん」

「おばさんじゃない!」

マドックスの後ろから突然甲高い嗄れた声が聞こえた。マドックスが勢い良く振り返ると、後ろには誰も居なかった。

「まったく!あんたはいつまで経っても変わんないねえ!」

勢い良く下を向くと、130cmのマドックスの腰の位置くらいに頭のある、顔がシワだらけの小さなおばあさんが居た。

「はは!」

ザリが快活に笑うと、おばあさんは杖を持った腕を伸ばしてザリの尻を軽く叩いた。

「君がマドックスくんかい?ザリに聞いたよ」

おばあさんはそう言いながら台の上に乗った。乗った上で、少しマドックスよりも目線が高いくらいだった。

「こんにちは」

マドックスがそう言うとおばあさんが仰け反った。

「はあ!聞いたかいザリ!お前さん達とはすごい違いだよ!飴ちゃんをプレゼントだ」

おばあさんがポケットの中から飴を取り出した。

「ありがとうございます」

「私はそんなの貰ったことないんだけど?」

「アンタはアイツらと一緒に馬鹿な話しかしてなかったでしょうが。そんなアンタが今や教授になっちゃってねえ?随分偉くなったもんだ。それにイナート育ちの子を迎えに行く大役まで任されて…良いかい坊ちゃん。コイツは、クズだからねえ」

おばあさんはザリを指さした。

「そうなの?」

マドックスがザリの方を見た。

「今、私が何かを言っても全て無駄になるだけだから黙っておくよ」

ザリが両手を上げながら目を瞑った。

「良い心掛けだよ」

おばあさんが笑った。

「さてさて、制服の採寸だね。ふん。ちょいと失礼」

おばあさんが杖をひょい、と振ると白い靄がかった布のようなものが現れてマドックスの身体を背中から優しく包み込んだ。それは次第に伸びたり切れたりして、まるで服のように変形していった。マドックスは微動だにせぬまま視線だけ動かして、その変化に見入っていた。ネクタイ状のものが首に巻き付けられたり、身体が少し浮いたかと思えば靴のようなものが足を包んでいたりと、飽きることのない変化だった。そして何より、魔法らしかった。

「ふん。よし。分かったよ。30分程で作れるから、他の買い物でもしてきな」

おばあさんはそう言いながら杖を振った。すると少し浮いていた身体は地面と接続し、身体を纏っていた布のようなものも消え去った。

「ありがとうございます」

マドックスがそう言うと、おばあさんは笑顔でマドックスの背中をとんとん、と優しく叩いた。

「じゃあ教科書でも買っておこうか」

ザリは壁に預けていた身体を起こしながらそう言った。

「うん」

「受け取りに来るのを忘れないように!」

おばあさんがそう言うと2人が笑った。

「流石に忘れようがないよ」

「さあねえ?」

おばあさんはニヤリと笑った。

「さあ、さっさと行きな!」

「はいはい」

ザリは適当にそう返事をすると、ドアを開けた。そうして2人は店を出た。

2人は店を出ると、来た時と同じ方向に歩き始めた。

「変わった人でしょう」

「馬鹿な話してたの?」

マドックスがそう尋ねると、ザリがため息を浅くついた。

「まぁーねぇ…?」

ザリが軽く笑う。

「まぁ、君も親友を見つけたら良いよ。だいぶ景色が変わってくるから」

「景色?」

「そのうちわかるよ。私が何を言いたいのかね」

ザリがマドックスの頭を撫でた。

「友達とか、できるかな。僕、魔法界の人からすれば、世間知らずなんでしょう」

マドックスがザリを見上げた。

「案外、イナート生まれの魔法使いは少なくないよ。彼彼女らも何も知らないし、大丈夫さ。純血が知らないのは珍しいけど、イナート育ちだからまぁ、特に変ではない。違いは。学校は基礎の基礎から始めるし、分からなければ先生に質問しに行けば良い。寮の先輩に教えてもらうのもありだね」

ザリがそう言いながら頷いた。

「純血?」

マドックスが尋ねた。

「イナートの血が入ってない人の事だよ」

「僕がそうなの?」

「そうだとも」

ザリがニヤリと笑った。

「外見でわかる?純血とか」

マドックスが顔を顰めた。

「いいや?何もわからない。安心して良いよ」

ザリがマドックスの頭を撫でた。

「大事なのは、世間知らずかどうかとかそういうのじゃなくて、思いやりとか、ユーモアとか、そういうのだと思うな」

マドックスが小さく頷いた。

「そういえば、明日の入学式の前に、1度戻ることはできる?」

「何処に?」

「グリテンブルーに」

ザリが不思議そうに首を傾げた。

「何故だい?」

「友達にお別れを言わないと。聞いてる感じ、全寮制?なんでしょう」

ザリが口元を抑えた。

「ちょっと待って。そんなことも校長は話してなかったの」

「うん。なんにも」

ザリはその返答を聞くなり、そのまま顔を上に向けた。小さく舌打ちをしたような気がした。

「…明日…は無理だな。あー、困ったな。ちょっと待っておくれよ考えるから」

ザリはその後、ブツブツ呟いた。

「今なら、多分遊んでると思う」

マドックスはザリを見上げながら言った。

「あー、その子たちの門限って…いつだい」

「人によるけど、大体18時とかかな」

ザリは空を見上げながら微かに何度か頷いた。

「よしわかった。さっさと終わらせよう」

ザリがマドックスに腕を差し出した。

「掴まって。君に色んな光景を見せたかったから歩いてたんだけど、こうなっちゃあしょうがない。この通りはいつでも見られるからね。さあ、急ごう」

マドックスがザリの腕に捕まると、次の瞬間には視界が歪んでいた。

目を開けると、また平衡感覚を失いかけていたが、今度はぐっと堪えた。目の前にあったのは、ショーケースは無いものの、本の形をしている看板が閉じたり開いたりして動いており、その周りを小さな本達が優雅にキラキラと光り輝きながら飛び回っていた。

「さあ、入って」

所々錆びている鉄の扉をザリは押し開くと、マドックスを中に通して、扉を閉めた。中はラベンダーの良い香りがしており、至る所に花が刺してあった。本屋のように大きな本棚があり、そこから自分で選んで取り出せるようになっているのではなく、扉を開けると少し空間を挟んでカウンターがあり、その奥に本棚がずらりと並んでいて、本屋のそれとは違っていた。カウンターにはふわふわと巻かれていて腰くらいまでの長さがある髪を持っており、目が大きくて鼻がすっと通っている女性が立っていた。

「エディス。1年生に必要な教科書を用意してくれないかい」

ザリがそう言うと、その女性、エディスがふんわりと笑った。

「あらまあ、ザリくん。その子がマドックスくん?ザリくんも大役を任されるようになったのね。教科書ね、はいはい」

エディスはそう言うと本棚の奥に行った。

「あの人も知り合いなの?」

「そうだよ。同じ寮の同級生なんだ」

マドックスがザリを見上げた。

「同じ寮?種類があるの?」

マドックスが首を傾げると、ザリがカウンターに肘をついて、頭を曲げた腕に乗せた。

「嘘だろ…?」

ザリがため息をついた。

「そんなこともあの人から言われていないのかい」

「うん」

ザリが大きく息を吸った。

「本当に信じられない……」

ザリが自分の少しカールのかかった髪をくしゃりと握り締めた。

「寮というのはねえ、5つあるんだ。それぞれの心身の特性で選ばれるんだけどね」

ザリががばりと頭を上げ、マドックスを見た。

「まず1つ目、ヴァレオン寮。とにかく、頗る勇敢な人達の集まりだね、ここは。我慢強いし、仲間に対する思いやりもある。時には、仲間を救うために校則を破ったりしちゃう子達だよ」

ザリがそう言いながら笑った。そして、2本指を立てながら続けた。

「そして、ザピエル寮。研究者気質の人が凄く多いよ。大抵学年トップはここか、もう1つの寮のリベルタス寮から出る。この子達の授業は勿論受け持っているんだけど、本当に寝ている子を1人も見たことがないよ」

「僕が行くと、凄く居心地が悪そう」

「どうして?」

「僕、そんなに真面目じゃないからね。遊びたいし」

ザリが破顔した。

「あははは!!それもそうか!遊びたいよね!」

「それで、3つ目は?」

マドックスが尋ねた。

「クレメリア寮だよ。ここは、他寮から『親切寮』とか言われてるくらい、とにかく人に対して優しいよ。やはり寮で別れてるからには、対立している寮とかもあるんだけど、ここは本当に争わないね」

「喧嘩とかしなさそう」

「見たことないね本当に。私達からしたら喧嘩しないだなんて想像できないよね」

マドックスが笑いながらこくりと頷いた。

「そして4つ目はアンビシア寮。向上心が素晴らしく高い子達だね。ただまあ、それ故に自由気ままなリベルタス寮とはよく喧嘩している…というか、したね!」

ザリはニヤリと口角を上げながら言った。

「アンビシア?寮なの?」

「いいや?私はリベルタス寮だったよ」

「どんな所なの?」

マドックスが首を傾げた。

「『自由よ、栄光あれ!』が理念の寮だよ。とにかく、自由なんだ。余裕で校則は破るし、人を殴るし、授業をすっぽかすし。ただまあ、その分凄まじく才能がある子が多い寮だよ。よく『変人寮』と言われるものだ」

「愉快ってこと?」

マドックスがそう尋ねると、ザリが声を出して笑って頷いた。

「そう、そうだね。私も、君の両親も、そしてさっきのフェイネスとエディスも、ここで育った。そしてどうやら、あの服屋のおばさんもリベルタス寮だったらしい。…まあ、本名を忘れてしまうくらいだから、それも怪しいけれどもね」

「本名を忘れる…?」

マドックスが顔を顰めた。

「あの人、450年間生きてるんだよ」

ザリがそう言った途端、マドックスが目を見開いて固まった。

「そんなことが可能なの?」

「ごく、ごくごく稀に、とてつもなく長寿な魔法使いが居るんだ。未だに何故そんなことが起こるのかはまだ解明されていないんだけどね。イナートより魔法使いは身体が頑丈だから、イナートよりは長寿なんだけど、流石にそこまでではないんだけれども」

マドックスがへー、と口を開けながらゆっくり頷いた。

そうこうしていると、エディスがカウンターに戻ってきた。大量の教科書を浮かしながら。

「持ってきたわよ」

エディスはそう言うと、杖を振った。すると自由気ままに飛んでいた教科書達が、一斉にカウンターに並び始めた。

「全部で26冊!合ってるかしら」

「大丈夫だ。合ってる」

ザリがカウンターに並ぶ教科書に目を通しながら言った。

「よし。じゃあお金を払う練習をしよう」

ザリがそう言うとマドックスは頷いて、巾着を取り出した。マドックスはザリの言われたことに従い、何でもない風に中身を覗く。

「価値が高い順に言うよ。金色の金貨がクロイツ、銀色の金貨がソリディア、銅色のアルドだ。三大魔法使いの名前がそのまま使われているんだよ」

マドックスは頷いた。

「3クロイツ24ソリディアよ。ただ、27ソリディアが1クロイツなの。だから、この場合は4クロイツを出した方が楽だわ。因みに、アルドも同じように、27アルドで1ソリディアよ」

エディスがカウンターから顔を覗かせるようにして言った。マドックスはエディスを見上げて頷くと、巾着の中から4クロイツを取り出し、腕を伸ばしてカウンターに置いた。

「はい、頂戴しました。お釣りの3ソリディアよ」

エディスは微笑みながら腕を伸ばして、マドックスに手渡した。

「この教科書は全て学校に送っておくわね」

「便利になったよね」

「私たちの時は持っていかなきゃいけなかったのに。肩が外れるかと思ってたわ」

2人が笑った。

「重そうだね」

「本当よ全く…」

エディスとザリが頷いた。

「よし、買い物も出来るようになったね。素晴らしい」

ザリはそう言うと、壁にかかっていた時計をチラリと見た。

「さあ、次に行こう」

「あら、もう行ってしまうの?いつもののんびりしたザリくんらしくないわね」

「校長のせいで、頗る急がなくてはならなくてね」

ザリは少し顔を顰めながら言うと、エディスは小さくああ、と言って笑った。

「じゃあ2人ともいってらっしゃい。マドックスくん、学校楽しんでね」

エディスはそう言って手を振った。

「はい」

マドックスはそう言うと、小さく手を振り返した。そうして、2人は店を出た。

店から出ると直ぐに、2人は制服の店に戻った。

「おばさん出来た?」

ザリが扉を開きながら言う。おばあさんがゆっくり振り向いた。制服が中にまるで人が入ってるかのように膨らみを持ったまま浮いており、おばあさんもまた、台の上に乗って浮いていた。ローファーは地面に置かれている。

「ちょうど良い所に。今終わったところさ。さあ、試着をしようかね。ザリ、着るのを手伝ってあげな」

おばあさんがそう言うと、ザリは浮いていた制服と地面に置かれていたローファーを手に取って部屋の奥に1歩踏み出した。

「了解。マドックスくん、着いておいで」

マドックスはザリの後ろに着いて行った。『試着室』と彫ってある木の札がかかっている部屋を開けると、こじんまりしているものの、2人が余裕を持って入れるスペースはあった。

「さて、シャツだけ脱いで」

マドックスがシャツを脱ぐと、ザリがそのシャツを受け取って、ワイシャツを手渡した。マドックスはそれを受け取って羽織り、慎重にボタンを閉じて言った。

「ネクタイの付け方わかる?」

ザリが真っ白なネクタイを手渡しながら言う。

「わからない」

ザリは微笑むと、自身がつけていた茜色のネクタイを外した。そして、丁寧に説明しながら実演してみせた。

「わかった?」

「多分…?」

マドックスが自信なさげに言った。

「やってみよう」

ザリがそう言うと、マドックスはゆっくりとザリが言っていたことを思い出しながら結び始めた。

 案外できるもので、マドックスは1分も経たないうちにネクタイを結ぶことが出来た。

「合ってるの?これ」

マドックスが不安げに尋ねる。

「合ってるよ。完璧だ」

ザリがそう言うと微笑んだ。

「よし、あとはズボンだけだね。まあズボンは履けるよね。履けたら教えて。ローファーも忘れずに。おばさんを呼んでくるよ」

ザリはそう言うと、着てきた服を綺麗に畳んで部屋の隅に置き、部屋から出て行った。

 ズボンを履き終わり、靴を履き替えて扉をそっとあげると外ではおばあさんとザリが話していた。

「仕事はどうなんだい」

「順調だよ。今年はとうとう副寮監になった」

ザリがそう言うとおばあさんが頷いた。

「レイヴェルのじじいが昨年度で引退だったかそういえば」

「そうだよ。色々引き継ぎが大変だった」

「どうせ資料を失くしてるんだろう」

「その通り」

おばあさんがため息をつきながら額を抑えた。

「アイツは本当に何も変わってないな…」

「あの人っておばさんの幾つ下?」

「100だよ」

ザリがおばあさんを見た。

「そうだっけ?200くらいだと思ってた」

「私が老いぼれだと?」

「違う違う違う違う」

ザリが慌てたように手を小さく振った。腕輪同士が当たってチャリチャリと音を鳴らす。その拍子にザリの手が扉に当たって指輪がコン、と音を鳴らした。

「あ、終わったんだね。おばさん、どう?」

ザリがそう言うとおばあさんがマドックスに近づいた。

「ふん…」

おばあさんが制服を軽く引っ張ったりしながらマドックスの周りを歩く。制服は色味が無く、白色と黒色だけで構成されていた。シャツとネクタイ以外は全て黒色で、その2点だけが白色だ。

「靴はキツくないかい」

おばあさんがローファーの先端部分を触った。

「大丈夫」

マドックスがそう言って頷いた。

「よし、良いだろう。完成だ」

おばあさんが頷いた。

「さあ、着てきた服に着替えな。靴もね」

おばあさんはそう言って、扉をピシャリと閉めてしまった。

制服を脱いで着てきた服を着直し、制服を綺麗に畳み靴を履き変えて部屋を出る。

「お疲れ様。会計が終わったらグリテンブルーに戻ろう」

ザリが微笑みながらそう言うと、マドックスが目を輝かせた。

「うん」

「おや?宿に行くんじゃないのかい」

おばあさんが首を傾げた。

「昨日校長がこの子に会いに行ったんだけどね。全寮制なことを伝えなかったせいで、グリテンブルーにいる友達に挨拶が出来てないらしいんだ」

ザリがそう言うと、おばあさんがため息をついた。

「この国はイナートの学校を含めてもあまり全寮制は多くはないんだから、きちんと説明しないといけないのに、何やってんだあのジジイは」

「そう。本当に。だからね、お別れを言いに行くんだよこれから。まだ幸いにして14時だ。さあ、急ごう」

ザリがそう言うとおばあさんが頷いた。

「7クロイツだよ」

マドックスはこれまた何でもない風に巾着を取り出し、おばあさんに7クロイツを差し出した。

「はい、受け取りました。さあ、早く行ってきな!イナートの友人も大切にしなよ!」

おばあさんはそう言うと杖を振って2人の背中をぐぐ、と出口まで押した。おばあさんがザリに制服とローファーが入った紙袋を杖を振って差し出した。

「さあ、急ごう」

ザリは宙に浮いているそれを受け取ると、扉を押し開いてマドックスを通した。そしてザリが差し出している腕を、マドックスは掴んだ。

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