イヤホンを忘れて、それでも歩いた先に。
ベランダから部屋に戻ったら、吸ってた空気が少し変わった様な感じがした。
よく考えてみたら、夜景を眺めて、夜風に当たりながら吸う空気と、部屋の閉じこもった空気が同じ味をしていて言い訳がない。
向かった先は洗面台。水で顔を洗い、鏡を見る。......。笑ってしまうな。鏡に写った自分は最悪な顔をしていた。すべてに絶望し、すべてが憎くて仕方がないような。映画館の宣伝ポスターに、主役としてこの顔が写ってたら誰も見ないだろう。自分では口角が上がったように思えたが、もう一人の自分は何一つ変化がなかった。鏡に映る人間は自分のことを睨みつけていて、けれど眼光は弱く、力がない。口は一文字。まるでこの口は開いたことが無いと思わせるような。無精ひげが目立ち、髪もぼさぼさ。それは当然で、今は日曜日の夜。土日は一歩も外に出ていない。ゲームだったら、見るに耐えなくて違うプリセットを選んでいるだろう。顔がブサイクというより、表情が暗すぎる。とても人生を謳歌しているとは思えない。明日を待ち望んでいる顔にも見えない。
まあ、どちらも合っているのだが。
外に出るのなら髭や髪を少しマシにしようと思ったがやめた。いつもより面倒に感じたが最後、セットをしない言い訳が溢れ出てくる。ズボンのポケットにスマホとたばこを押し込み、鍵を手に取る。近所のコンビニに行くときよりも軽装かもしれないな。そんなことを思いながら、サンダルを履く。
ガチャリ。
鍵を締めて廊下を少し歩く。階段を降りながら、やってしまったと気づく。イヤホンを忘れた。だが、イヤホンのために二階分上がる元気はない。仕方なく下っていく。階も下がるし気分も下がっていく。しかし、イヤホンをせずに外を歩くのはいつぶりだろうか?思えば、どこに行くにしてもイヤホンをしている。なんなら部屋の中でも。いつから移動の「無」の時間を、何かでかき消さなければ気が済まなくなってしまったのだろうか。ドアを開けて歩道に出る。裏手に回るには少しばかり歩かなければいけない。この時間には流石に車は通ってないみたいで、自分の靴の音しか聞こえない。
いや、靴の音だけではない。
風を受けて揺れる草木が、電線か何かの小さな機械音が。静寂というにはもったいないぐらい、音で溢れていた。好きな音楽もいいが、自然の音も心地が良いのかもしれない。久しぶりに帰った故郷が良い場所に感じるように、失ってから気づくこともあるのかもしれない。これなら、昼間は音楽1曲分よりももっと多い情報、音で溢れていたのかもしれない。
なんか特をした気分になった。
もうすぐ裏手の自販機につく。こんなこと初めてなので、今更ながら緊張してきた。そんなことを隠すように両手をポケットに突っ込み、歩いていく。少し遠くに見えてきた。女性はしゃがみ込みながら夜空を眺めていた。相変わらず自販機にもたれかかり、たばこを吹かしている。足音に気づいたようで、こちらと目があった。
ポカンとした顔をしている。
見たことある顔だっただろうか?自分の仕事関係で会ったことあったか?
そんな考えが頭を巡ったときに、女性が口を開いた。
「思ったよりおじさんだった。」
よし。帰ろう。




