たばこの味は、何で決まるのか。
「思ったよりおじさんだった」
あんまり初対面で吐かれない言葉を吐かれて、帰りたくなった衝動をぐっとこらえて彼女を見る。夜風に撫でられる黒髪のボブカットに、大きな目、黒の半袖に青のジーンズを穿いている。バッグは持って無く、靴はサンダル。自分と同じ様にぱっと出てきたんだろうか。年は自分よりは確実に下だろうが、最近の子はわからない。だが、まあその、めちゃくちゃ可愛い。
「初対面でおじさんとか、失礼だな。」
言われっぱなしは癪なので口先から言葉が出る。そして続けて口を開いてみる。
「こう見えて、10年前は高校生だったんだぞ?」
数泊空いて、驚いた顔をしていた彼女は、ケラケラと笑い始めた。
「じゃあめちゃくちゃおじさんじゃん!」
またおじさんと言われたが、笑顔が見られたから良しとしてやろう。
眼の前の彼女はまだ肩を揺らしている。軽くツボに入ったらしい。そして、たばこをポケットから取り出した。ピースライトだった。意外と重いのを吸ってるんだなと感心する。自分もつられてたばこを取り出した。
「なにそのたばこ?見たこと無い。」
彼女が自分の持っているたばこを見て質問してきた。当たり前のように敬語は無いが、何故か気にならない。たまにいるよな、こういう憎めない雰囲気の子。
「JPSって言うんだけど、あんまりコンビニとかには売ってないかな。家の隣のコンビニには売ってあるから自分はよく吸ってる感じだ。」
「見せてよ。」
JPSを彼女に渡す。
自販機の少ない明かりを頼りに目を凝らす光景は、さながら新しく買ってもらうおもちゃを真剣に選ぶ子供のようだった。現在の時間や場所を忘れさせるほど、楽しそうに、無邪気に。
自分が忘れてしまった物を、彼女は持っている気がした。
「めちゃくちゃかっこいいパッケージじゃん。なんかおしゃれ。」
言う事すら無邪気すぎて倒れそうになる。
「ありがとう。正直最初はパッケージで選んだ節あるからな。」
それぞれ火をつける。一方は座り込んで、一方は立ちながら。性別は違い、年齢も違う。なんなら先程会ったばかり。それでも口にくわえるものは同じたばこ。銘柄は違えど、全く違う二人の共通点となる小さな棒切。深く吸い込んで、ゆっくりと息を吐く。吐いた真っ白い息の行方を、ゆっくりと目で追う。ゆったりと漂い、一方の煙と混ざる。合わさった煙はゆっくりと、一緒に消えていく。まるで存在しなかったように。自然に。そのまま真上を見上げる。広がるのは夜空。いつもと変わらない真っ黒なキャンパス。だが、そのキャンパスにいつもは無い白い点々が光っていた。街すらも眠る現在は3時12分。起きているのは、もしかしたらこの二人だけ。そう錯覚させるほど、静かで暗い。そっと目を閉じる。そして噛みしめるように、言葉が口から出ていた。
「美味いな。たばこ」
たばこが美味いと感じたのはいつ以来だろうか。ここ最近は美味いとも不味いとも思わず、ただいつもしている動作を繰り返していた。朝起きて、会社に行って、帰って寝る。この一連の動作の中で、電車に揺られても、ご飯を食べても、休まる感覚はなかった。ただ、明確にたばこを吸っている時間は「休憩中」だと自分が感じられた。だから、走って疲れたら、止まって息を整える用に、疲れたと思ったらたばこを吸っていた。嗜好品の類ではいつの間にか無くなっていて、生活必需品になっていた。だから、味はどうでも良かったのだ。激しい運動をした直後に、高級ベッドに飛び込みたいとは思わない。地べたでもいいからへたり込みたくなるように、どんな味でもいいからニコチンが欲しかったのだろう。
物思いにふけっていると視線を感じた。
見ると、ニヤ二ヤしながら彼女がこちらを見ている。
「おじさん、すんごく美味しそうにたばこを吸うね?」
それを聞いて、もう一度吸ってみる。
深く吸い込んで、深く吐き出す。
そして、彼女の方を向いて一言発した。
「ああ。美味いな。」




