深夜、2時10分
眠りたくない夜。起きたくない朝。
この矛盾を抱えた人生を、ひた走る意味があるのだろうか。
いつから眠るのが怖くなったのだろう。幼い頃は逆で、寝るのが好きだったはずだ。遊び疲れて帰って来ては、飯を頬張ってすぐ寝ていた。母からの「牛になるよ!」という、よく分からない注意が懐かしい。
眠るという行為が好きというより、夢を見る事が好きだったのかもしれない。夢では自分の成りたい姿に成れたし、自分の思い描く世界を楽しめた。しかしそれは、子供だけの特権では無いはずで、大人になった今でもヒーローにすら成れるはずだ。
なのに、眠るのが怖い。
見る夢は、灰皿のように薄汚く、暗い。
大人に成るという事は、知りたくなかった現実を知っていく事で、夢の材料を減らしていく事なのだと思う。語る夢が無くなった自分には、見る夢すらもまた無くなったのかもしれない。
微かに流していた音楽を止めて、上体を起こす。スマホの時間を見て、少し後悔。起き上がらずにそのまま寝てしまっていたら、どれだけ楽だっただろう。時刻は2時10分。今から寝ても、4時間寝られるかどうか。明日はいつも通り仕事で、当たり前だが、寝れば寝るだけ気分や状態は良くなる。
止まない雨は無いように、来ない明日は無い。
頭では理解しているが体が拒む。俯瞰して見て、バカだとため息をつく。
「明日など来ないで欲しい」と願ってしまった自分に。
ベッドから降りて軽く伸びをする。黒の半袖無地Tに黒のダボッた長ズボン。季節は夏を少し追い越した所で、だいぶ過ごしやすくなった。テーブルに置いてあったJPSを手に取る。たばこを一本口に咥えながら出たのはベランダ。このマンションはベランダ喫煙禁止。だから普段吸うことはない。ご近所付き合いが活発な訳でも無いが、隣人に嫌われて良い事もなにも無い。だが、迷いなくBIGライターのフリントに指をかけた。生ぬるい夜風は弱く、ライターの火を撫でるばかりで、着火を妨ぐことは無かった。軽く吸い込み、深く息を吐く。ため息多めの吐息には、薄く煙がまじりその場を漂う。はぁ。
不味くもないが、美味くもない。
普段人の顔色を伺ってばかりの自分だが、深夜では無敵のような気分になる。いや、無敵と言うより、どうでもいいのか。ご近所付き合いも、明日の心配も、健康も、すべてがどうでもいい。誰も起きていない、とても静かで、とても暗い。まるで自分しかこの世界に居ないような錯覚に陥っているのに、だれがわざわざ明日の他人の心配をしなければいけないのか。もう一度吐いた息には先程よりも煙が混じっていた。少しづつ町中に漂い、消えていく、自然に。完全に消えた後では、先程まで漂っていたのが嘘かのように。ゆっくりと、だけどしずかに。ああ。
「頼むからこのまま霞んで消えたい。」
夜のたばこはどうにも感傷的になってしまう。
町中の喫煙所や換気扇を回した部屋では、ただの作業だった行為も、ここでは、まるでドラマのワンシーンのように映える。たばこに酔っている訳ではなく、たばこを吸っている自分に酔っている。それがどうにもかっこ悪くて、どうにも痛い。それを自分自身よく分かっていながら、自嘲せずにもう一吸い。この光景を誰かに見られたらきっと笑われる。ならば、自分も笑う必要はないだろう。頑張って自分を嫌う必要は無いはずだ。
たばこの残りが僅かになってきた時、ふとベランダの下を覗きたくなった。
ここは四階、真下は駐車場で少し開けた景色が崖下には広がっている。点々と車が止まっていて、どれももう動かないだろうと思わせるほど静か。すごく高い訳では無いが、すごく低いわけではない。
ここから飛べば楽になるだろうか?
自殺願望は無いのに、何故かそんなことを思った。そういえば今はどうでもいい気分なんだった。
明日は仕事で明後日も仕事。人の役に立ち、やりがいを感じる。だが、社会の歯車に成れた覚えも、ちゃんと人に感謝されたことも無い。ベランダには煙が、脳内には良くない思考が漂う。もう本当にどうでもいい。例え歯車に成れていたとしても、この社会という大きな機械の重要な部品には成れていない。自分が抜ければ、代わりが入る。それは本当に歯車に成れているのか。自分の存在意義を自分で確立できていない。
もう。
視線を感じた。時刻は2時25分。マンション四階ベランダ。誰かに見られているはずはないが、なぜか "しん"と自分を突き刺す感じ。辺りを見渡しても誰も居ない、居ても怖いが。いや、視界の右端に何かが写った。
駐車場の端。真っ暗な深夜に灯す照明器具。自動販売機が二台。
そこに一つの人影。四階から一階の駐車場の端を見ているわけだから、くっきりと見えるわけではない。
見えるわけがないのだが、今夜だけは目が少し空気を読んだようだ。女性が一人、たばこを吹かしていた。自販機にもたれかかり、たばこを差した手でこちらを指している。そして手招き。
たばこのせいで、自分がこの夜の主役だと酔っていたこともあるのだろう。時間のせいでもあるだろう、こんな深夜でもうどうでもいい投げやりな感情。いや、それよりもなによりも惹かれた理由がある。
あの、同族の「目」
あれは、「明日など来ないで欲しい」と願っている「目」だった。
新谷 新羅と言います。よろしくおねがいします。
拙い字ではありますが、読んでいただければ幸いです。




