5 ただ一人の観客のために
それからしばらくして。
正式に発表されたのは、引退だった。
綺堂さくら――活動休止ではなく、完全な引退。
理由は「一身上の都合」とだけ書かれていた。
その代わりに、最後のライブが行われることになった。
会場は非公開。
一般の観客は入れない。
その代わり、テレビとラジオで同時に生中継されるという、異例の形だった。
当日。
俺――真司は、自分の部屋のテレビの前に座っていた。
時間の少し前から、ずっとチャンネルを合わせたまま。
リモコンを握る手に、無意識に力が入る。
インターホンが鳴った。
ドアを開けると、麻子が立っていた。
「一緒に、見てもいい?」
一瞬だけ驚いたけど、すぐに頷く。
「……ああ」
麻子は部屋に入って、俺の少し横に座る。
距離は近いのに、どこか静かな空気が流れていた。
やがて、番組が始まる。
暗いステージ。
照明がゆっくりと灯る。
そこに立っていたのは、
やっぱり、あの人だった。
一曲目が始まる。
声は、変わっていなかった。
いや――
むしろ、前よりも澄んでいるようにすら感じる。
余計なものが、全部削ぎ落とされたみたいに。
俺は、画面に釘付けになっていた。
隣に麻子がいることも、ちゃんとわかっている。
でも、それでもなお、目を離せない。
曲が進むにつれて、胸の奥がじわじわと締めつけられていく。
これが、最後なんだ。
何曲目かのあと、さくらがマイクを持ち直した。
「今日は、来てくれてありがとうございます」
静かな声。
「直接お会いすることはできないけど……こうして、聴いてくれている人がいること、本当に嬉しく思っています」
少しだけ間があく。
「でも――」
その一言で、空気が変わった。
「この歌は、私の大切な、ただ一人の観客に捧げます」
その言葉を聞いた瞬間、
胸の奥で何かが静かにほどけた。
ああ――
そういうことか、と思った。
この人には、最初から“その人”がいたんだ。
大勢の前で歌っていても、
心の中では、たった一人に向けて歌っていた。
俺じゃない。
最初から、違ったんだ。
でも――
それでもいい、と思えた。
その人がちゃんと聴いているなら、
この歌は届いている。
そして俺は、
それを“見届ける側”なんだ。
それでいい。
それが、ファンなんだ。
歌が始まる。
静かなイントロ。
やがて、声が重なる。
涙が出そうになる。
でも、泣くのは違う気がした。
これは、悲しい終わりじゃない。
ちゃんと選んだ人の、終わりなんだ。
ふと、隣にいる麻子の気配を感じる。
横目で見ると、じっと画面を見つめていた。
その目が、少しだけ潤んでいる。
その瞬間、
胸の奥で、別の何かがはっきりと形になる。
――この気持ちは、さっきのとは違う。
さくらに向けていた“好き”とは、
まるで違う。
もっと近くて、
もっと現実で、
もっと――
言葉にしようとして、やめる。
まだ、うまく言えない。
テレビの中で、最後の曲が終わる。
拍手はない。
でも、その静けさが、かえって重かった。
さくらは、深く頭を下げる。
そして――
そのまま、ゆっくりとステージを後にした。
画面が暗くなる。
しばらく、誰も何も言わなかった。
やがて、俺は小さく息を吐く。
「……終わったな」
「うん」
麻子が答える。
それだけだった。
それだけなのに、いろんなものが詰まっている気がした。
俺は、そっとテレビの電源を切る。
部屋に、静けさが戻る。
その静けさの中で――
俺は、やっと気づいていた。
何が大事なのか。
そして、
誰が、ずっと隣にいたのか。
今回もアイデアを出してAIが書きました。
読者の皆様は真司のように推しと恋人がいるという方は多いでしょうね。
どうですか?推しと恋人どちらが?という野暮な質問はやめておきます。
私は幼い頃からアニメが身近にありリアル男子には全くときめかなかったのですが、若い頃に俳優では、初代ベストキッドのラルフ・マッチオさん、ミュージシャンでは、サバイバーの4代目ボーカルのジミー・ジェイムソンが推しでした。
恋人がいないので真司のような気持ちにはならなかったですが。
まあ、推しでも、趣味でも好きなもの、好きなことが多い方は幸せになりやすいようですよ。




