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虚数

 県警から情報省に情報が伝達されていた頃、メモリア社ではインプラントの基礎研究チームが、拉致失敗の実行犯の脳を詳細分析していた。


 主任研究員の広尾は、海馬の脳波データが確認された状態になるためにはどんな作用が必要か、時間を遡る形で調べていた。

しかしどうシミュレーションしても結果が同じにならない。行き詰まった広尾だが、ふとその波形を見て昔大学で受けた物理数学の授業にあったグラフを思い出す。


「何らかの虚数部を一次元に投影した波形?A子、波形をラプラス変換」


 A子というのは、彼が使ってるAIのコールサインだ。


『変換しましたマスター。特徴的な箇所をグラフ化します。』


 目を疑った。脳波データはしょせん生物由来だ。本来虚数成分なんてノイズ程度にしか現れない。しかしこの被験者のデータには、明確な虚数スパイクがあった。


「なんだこりゃ?A子、t軸で展開」


『展開したものを表示します。』


 さらに時間軸方向に展開すると、特異点が現れた。おおよそ3ミリ秒の間、時間座標が虚数方向にシフトしている。


『大変興味深いグラフですね。』


「時間軸が...虚数方向にずれている?」


 物理的にはありえない。時間は実数だ。

 しかしデータは嘘をつかない。これを認めないとデータの説明がつかない。何かが、この人物の脳内で「通常の時間」とは異なる時間を刻んでいる。


 広尾は仮説を立てた。

 もし対象の脳が、通常の時空とは別の座標系と「接続」されているとしたら?

 その接続点では、我々の実時間と、向こう側の虚時間が交差している。その痕跡がこのスパイクだ。


「だとしたら...これ、検出できるんじゃないか?A子、検出方法を提案しろ」


『はいマスター。まず虚時間成分を持つ搬送波を広域に照射します。通常の人間には何も起こらず、虚数部は無視されます。』


 その通りだな。


『しかし「接続点」を持つ対象では、虚部同士で共鳴と干渉が発生し、別グラフに例示したような特異なエコーが返ってくるはずです。』


 なるほど。


「広域に照射、ってどうやって行う?」


『防犯カメラという名目で市内いたるところの電柱や側壁に設置しているインプラントのスキャナーには任意の搬送波を送出する能力があります。』


「そんなものもあったな。よし、適切な搬送波を送出できるようスキャナーのファームウェアの修正案を作れ。」


『はいマスター。お待ちください...作成完了しました。仮想空間での試験を開始...試験を完了しました。問題ありません。』


 広尾とA子はインプラントスキャナー改をあっという間に完成させてしまった。あとは各カメラにアップデートを配信すればすぐにでも稼働できる。

 広尾は技術担当役員の室戸に連絡を入れた。



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