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マッチ売りの少女2100  作者: ぽんた7
夜明け前
49/63

山荘

 規制線を抜けて榊の運転する遮蔽車は一路山へと向かう。


 篠原の別働隊がそれを捉えて追跡しようとしたが、不自然なほどあっという間に見失ってしまった。イッヌの脳操作にかかれば赤子以下だ。


 山の中腹にある別荘地に到着する。この時期、行楽シーズン外れの別荘地は閑散としていた。雪が降る地方ならスキー客も多いだろうが、S市は比較的温暖だ。

 NISCの不気味にも見える黒塗りの大型車だが特に目立つ事もなく榊の別荘に到着した。


 別荘は平屋のログハウスだ。角材組みのいわゆる角ログハウスというものですっきりした外観である。雨除けが先端に付いた四角い煙突が一つ。窓は二重の合わせガラスで防音性も高い。他には特にかわった造作はない、ごく普通のもの。


 まず榊が一人で降りて建物の鍵を開ける。主電源を入れガスの元栓を開け落としていた水道も開通させる。照明を点けて暖房を最強にセットしてから車に戻った。


「しまった、一人で担架は運べないな」


 榊は今更ながらに気づいたが、ポリーは言った。


「損傷箇所は固定しているから、多少動かしても大丈夫だ。背負うなり抱っこなりして構わない。」


 若い頃に鍛えてあるとは言え、それでも引退した75歳の老人にとっては肉体的にも精神的にも少々ハードであったが、リンが小柄である事も幸いし何とか寝室に運び込む。畳んで収納してあった寝具をベッドの上に広げ、そこにリンを寝かせた。収納したまま1年は経過していたのでふかふかとは行かなかったが、そこは仕方ない。


 イッヌは周辺の状況を調べて報告する。


「うん、周囲に人影はない。上空もクリアだ。ついでに電場磁場も低レベルだな、好ましい。」


 ポリーは頷く。


「よし、治療を始めよう。INNR、身体の保定頼む」


「り」


 榊が見守る中、ポリーはリンの治療を始めた。

 横たわるリンに、その骨格映像が重なる。別にそんな必要もないのだが、榊に対するサービスというか「治療してますよ」というポーズであり、ポリーたちが人類と隔絶した存在なのだと改めてはっきりさせるためでもあった。


 ポリーは脊髄から下部の機能を代行したまま、神経組織の損傷を受けた箇所をアミノ酸未満まで分解、再構成をはじめる。不足する蛋白質などは血液から徴用する。


「おや?」


 ところが、再構成操作が途中で停止してしまう。


「なんだ、どうなってる?」


 分子の操作を邪魔しているものがある。確率ピンセットが思うように動いていない。ポリーには理由が分からない。


「INNR、ちょっとこれ見てくれ」


 保定しながら上空警戒していたイッヌが注意をリンに戻す。


「どした」


「何かが分子操作を邪魔している。治療が進行しない。私は掴んでいる分子を保持するだけでリソースが一杯だ。すまんが調査を頼む」


「ほいほい」


 イッヌがポリーのそれに重ねて力場を展開する。数ミリ秒のあいだ「あー」だの「うー」だの唸っていたイッヌだったが、驚いた様子でポリーに言った。


「なんと、リンに重なって次元格子が生成されてるぞ。」


 は?そんなバカな。


「リンの格子がピンセットの干渉を拒否している。そりゃあ格子間の不干渉は我々の自我の保証に関わる機能だからな。」


「いや、何故そんなものが有機体のリンにあるんだ。」


「うーん、これ、お前の格子っぽいぞ?一部譲渡しちゃった感じ?」


「そんな覚えは...いやまさか。今まで感じてたリンのアノマリーはこれか!」


 リンのカンの良さ、ポリーの能力漏洩の原因はこれだったのか。しかし何故自分には分からなかったんだ?


「そりゃ自分の格子だからな。半分リンと融合してたから区別できなかったんだろう。お前観察力低いし。」


 ぐうの音も出ない。


「まあ普通はありえない。でも元々リンには素養があったんだろうな。さすがご先祖。さすごせ。」


 そうか、そういう事か。でもそれなら治療はどうやって?


「簡単だろ、お前の格子なんだから、それにやらせればいい。」


「どうやって」


「いやお前の一部みたいなもんなんだから、普通に命令できるだろ?」


 ポリーはやってみた。確かに簡単だった。あっという間に脊髄の修復が終わる。


 それは良かったが、リンに移っていた格子を取り戻す事はできなかった。接続解除はできたもののそれだけだ。リンにまとわりつく格子が少しずつ成長している。 次元格子は存在するだけでエネルギーを消費する。普通の生命体にはかなりの負担になるはずだ。


 イッヌは感慨深げに天を仰ぐ。


「なーるほどー。これがクランチの原因だと。つまり我々が来たから次元格子がリンに移動して、それが育った悪影響でリンが死亡するって事かあ。」


 クランチが見つかったから我々が来たんじゃないのか。と言いかけてポリーは沈黙する。そうだ因果律なんて目の前で否定されてるじゃないか。色々矛盾してるが、考えてみればここは全く同じ構成だがビッグバンを一つ経由した別の宇宙なのだ。おかしくはないのかもしれない。ん?別の宇宙だよな?

 そうすると二匹がここに来た意味は?元の宇宙は修復しないんじゃない?となってしまうが。とりあえず後の(INNRの)課題としておこう。


 イッヌは、


「あれ?そうすると経路接続を提案した俺の責任って事?あっちゃー、これは一本取られたね。」


「いや、責任とか今更だが」


 イッヌは真面目そうな声に戻ると、


「何にしても、この時代の生命体が次元格子とのリンクにそうそう耐えられる訳が無い。このままじゃリンは死ぬぞ。」


と断言した。


 ここまでで数秒。不穏な会話内容は榊には伝わっていない。




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