霞が関
情報省。情報通信分野の爆発的な拡大を背景として、元々21世紀初頭の経済産業省にあったサイバーセキュリティ課、情報技術利用促進課、情報産業課あたりがまとまって新たな省となったものである。その後サイバーセキュリティ課は分割され一部が古くからあった内閣サイバーセキュリティセンター(NISC・National center of Incident readiness and Strategy for Cybersecurity)に編入された。国民・産業界レベルのものは情報省サイバーセキュリティ課が担当するが、国家レベルの重大なサイバー犯罪はNISCが対処する事になっている。内閣直属の、省庁を横断する権限を保つ数少ない機関だ。
H県警から通報を受けた情報省のサイバーセキュリティ課も最初こそ半信半疑だったが、プロ意識もスキルレベルも県警より高かった。すぐさま事案の危険性に気づく。首謀者がその中学生かどうかは疑いの余地ありありなものの調査は必要だ。国家レベルの事案として即座に案件をNISCへ投げた。
NISCは首相に報告、丑三つ時にNISCセンター長・首相・防衛大臣・経産大臣を交えて首相官邸で緊急の会議が開かれた。
深夜に呼び出された首相の機嫌は麗しくない。
「中学生の女の子が脳をハッキング?俺はまだ夢の中にいるのか?それともお前らが夢の中なのか?」
「総理、残念ながら夢ではありません。もちろん誤情報の可能性もありますし県警や情報省の錯誤という事もありえますが...」
鳥嶋防衛大臣は胡乱な目でNISCのセンター長・甲田を遮った。
「であれば、もっと確定してから報告しても良かったのでは?」
センター長は食い下がる。
「はい、それはその通りですが、しかし今回のケースでは添付された脳スキャンデータに明らかな人為的操作の形跡が見られました。全員の脳波が綺麗すぎるんです。」
「綺麗?」
「芸術的なまでに完全に海馬が書き換えられていました。これは非情に深刻な事態です。仮に数人に対してこんな脳操作ができたのが真実だったとして。もしこれを実行した犯人に大規模な操作が可能だとしたら。例えば主要駅ホームの混雑中に全員がいきなり線路に身を投げたら。国会中に議論を操作されたら。自衛隊が操作されて方面隊がクーデターを起こしたら。ニューロゲートの件はご存知ですよね。あれの再現もありえます。どんなテロも可能です。」
首相ら面々は黙り込む。
「...」
「早めに手を打たないと大変な事になる可能性があります。杞憂ならそれで良いのです。しかし私の職務はその微小な可能性を潰す事なんです、閣下。」
早く寝室に戻りたい首相は考えた。仮に誤報だとして、しょせんは一人の中学生孤児だ。どうにでももみ消せるだろう。もし本当に事件であり被害が出たとしたら、クリティカルな判断を誤った無能な総理大臣として歴史に名を残す事になる。それは避けたい。結局NISCの介入を認めるのが早そうだ、と眠い頭で考える。
「よし、本件を認可しよう。鳥嶋君」
促された防衛大臣が宣言する。
「はい総理。ごほん。本件は電脳テロ対策法に基づいて対応するものとする。同法12条、認識災害レベル5相当の事案の可能性ありとしてサイバーセキュリティセンターに対処を一任、警察庁と自衛隊への命令権限も付与する。」
「了解しました、閣下。」
眠そうな首相は甲田に手を振った。
「よしなに処理してくれたまえ。」
電脳テロ対策法を中学生に適用するのは若干グレーというか行き過ぎな気もするが、なに後からどうにでも理由付けはできる。のらりくらりは得意技だしな、と首相は考えながらベッドに戻って行った。




