特異点
PRRYとINNRの会話から約300年後。
「PRRY-oQ8&jnrhikw!@#WWHW1oD3、起きてるか?」
INNRだ。そう言えば調査を頼んでたっけ。
「いや我々寝ないでしょ(季語)。例の件か?」
「そうだ。実に不味い事になった。」
いつもは軽口ばかりのINNRが真面目な口調だ。珍しい。会話用の人格Threadに演算リソースを追加して強化する。
「例のクランチで、時間軸が2つに分岐しようとしてる。シミュレートしてみたが片方は現在に繋がる時間軸、もう一方も数百年遅れるがやはり現在に繋がる。ただしPRRYが消滅している。」
「は?」
「すこしずつ消滅軸が優勢になっているように見える。そちらの軸ではPRRYの祖先が全滅すると思われる。これが活性化した場合君はいなかった事になる。ただし我々の記録は時間軸から離れて凍結しているから歴史の変位は上位人格には検知されてしまうだろう。」
なんだそれは。私が消滅?まだ当時の人類は蛋白質の生命体だよな?それが絶える?
「結果は君一人が消滅するだけだから人類に危険は無いが、大騒ぎにはなる。再発しないよう時間ロックが更に強化されて我々の活動にも制約が出てくるだろう。大変好ましくない。」
「...せめて私の消滅が好ましくないと言って欲しかった」
「私の記憶からも消えるんだ。なんの感慨も残らない。好ましいも何もない。消えた別の時間軸が存在していて、そこにPRRYがいたという記録は残るがそれだけだ。」
これだから研究バカは。総じて人類は感情を無くし気味だが、こいつはその最先端だ。感情をほぼ無くした人格は大抵上位人格への統合を望むが、ヤツはギリギリかもしれん。
しかし困った。困ったなんて感覚、何百万年ぶりだろう。
「...私は消滅したくはないな。どうすべきだろうか?」
「言ってみればこれは君の個人的な問題だ。君が現地時間に飛んで原因を排除なり修正なりするしかないだろう。」
「時間遡行は禁則だしそもそもロックされていて不可能だろ?」
「『時間遡行』とは言っていない。遡行しなければいいんだ。」
なんだそれ。
「時間を飛び越えて進む事も建前上禁止はされているがロックはされていない。それは時間凍結と同じだからな。人類史上最大のストライキが起こるだろう。」
「?」
「つまり過去に遡る代わりに、宇宙がなくなるまで時間を進んで、次の宇宙ができる時に同じ宇宙になる分岐に遷移すればいい。」
「同じ宇宙になる?」
「正しく遷移すれば、それは別の宇宙ではなく、この宇宙になる。人類もそのまま、君も私もそのままだ。」
そんな理論聞いた事ない。本当かなあ。
「たぶん。」
たぶんかよ。というか、それは遡行と何が違うんだ。裏道を通るだけな気がする。上位人格に知られたら絶対許されないだろう。消去刑もあり得る。
「成功確率は低い(おい!)がそれしかない。上位人格に直訴して一時的に時間ロックを解いてもらう事も考えた。しかし以前有望な文明が滅びに瀕した時、これを救うためのロック解除も認められなかった。それも一度ならず。今回のように人類種が危険でないならなおさらだろう。今回消えるのはPRRY一族だけだし。」
ひどい。
「失敗して異なる宇宙に出たとしても、それほど悪い結果にはならないだろう。新たな宇宙で神になるも良し、物理生命からやり直すも良し。」
「いやいや、それはゴメンだ。自由にも限度ってものがある。次元格子のネットワークなしで生き続けたいとは思わないぞ」
「君に選択肢は残ってないと思うぞ?」
そうかもしれない。
肉体を持っていた頃の人間は、この感情を絶望と呼んでいたんだろう。分の悪い賭けだ。
「未来への遷移について、一つだけ制限がある。我々のような野放図に膨れ上がった情報体では次元格子と時間平面の間隙に潜り込む事ができない。」
「ダメなのでは?」
「自分の格子が宇宙の格子に干渉するので情報サイズに限界がある。つまり干渉しない程度まで自身の情報を削減しないといけない。」
「無理なのでは?」
「そこで代行体を生成する。要は分身だな。最低限必要な知識と能力を付与した構造体を作って、それを未来に飛ばす。」
いっそう分の悪い感じがしてきた。
「どの位のサイズに?」
「総容量にしておおよそ200Mポタだ。」
「メガポタ、ってそこまで減らさないとダメなのか?」
ポタ、というのは計算能力+記憶容量+空間操作力を総合した目安的な単位だ。簡単に変換できるものではないが、1ポタで雰囲気的に1RB+1YIPSほど。
「そんな訳で現在の能力を保った状態では通常の並列処理ができない。数Threadで活動する事になる。また現地で物理的な操作もほぼできない。次元格子に干渉する事はできるから調査そのものには問題ないが。」
「我々、如何に情報デブだったって事か。」
「お前も日本語の素質があるな、PRRY。」
嬉しくない。




