捕獲
メモリア社のセキュリティチームにとって、高校生Hこと橋本秀夫を捉えるのは実に簡単だった。
もちろんインプラントの位置情報を追跡する事は法律で禁止されている。しかしメモリアは市内に山程カメラを配置していた。防犯カメラという名目だったが、実際はインプラントのスキャナーだ。インプラントとの通信は市の通信ユニットで行われているが、メモリアの偽装カメラはそれを捕捉する事ができた。さすがに市の通信ユニットにバックドアは仕掛けていない。単純なエッジコンピューターでしかないので細工がバレやすい。
メモリアのセキュリティ要員は橋本を市内のとある偽装拠点に連行した。社屋に連れていくわけにはいかないので系列のレンタルルームを偽名で借りている。そこに連れ込まれた橋本はセキュリティを私服警官だと誤認していた、というかそうなるように仕向けられていた。恐怖におののく橋本はすぐにマッチの出どころを白状した。
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再び重役専用会議室。
「今度は中学生?」
森は苛立たしげにため息をついた。
「...はい、元々マッチは同じ施設で保護されている桜庭鈴という中学生の持ち物だったそうです。この子は虐待被害者ではなく孤児で、もともとマッチは死んだ養母のものだったようです。それ以前のマッチの履歴は追えませんでした。」
「マッチの仕組みは判ったか?室戸君」
技術部門を統括する役員・室戸が答える。
「いいえ、橋本が一箱所持していたので譲ってもらって解析はしましたが...」
森はニヤっと口元を歪める。
「譲る?強請るの間違いだろう」
セキュリティ担当田中は答える。
「いえいえ、まずまず紳士的に交渉しましたよ。怪しまれて警察に通報されても面倒ですから。」
「あいつらの体格と顔で紳士的?逆に怖いわ。まあいい。で解析結果は?」
「マッチ自体に物理的な仕掛けは一切ありませんでした。通信チップも何も。
薬品の線は当社は専門外なので市内の関連会社に解析に出しましたが、結果は何も。ありきたりな赤燐と硫黄だったそうです。」
室戸は解析から戻ったマッチ箱を森に差し出した。
「何らかの仕掛けがある事はほぼ間違いありませんが。」
「マッチの出どころについてはもっと洗ってくれ。その中学生を調べろ。解析も化学以外にもう少し範囲を広げろ。匂いとインプラント通信との相互作用とか。」
これ以上何も出そうもないと室戸は思っていたが口には出さなかった。
会議は解散となり、森は会議室に一人残される。
森はテーブルに置かれたマッチ箱を手に取る。大昔のロックスターが印刷された、背景が原色の派手なものだ。マッチを一本取り出し火を点ける。
とたん、目の前に森が小学生のころ遊んでいた公園の風景が浮かんだ。鉄棒に少女がぶら下がっている。小さいころ焦がれていた、違う学校の子だった。
自分でもすっかり忘れていた光景にあっけにとられる森。聞いてはいたが、これほど鮮明だとは。
「...なんて事だ。こんなものメモリア以外が持っていて良い訳が無い。」
森は拳を握りしめた。
「なんとしても元を潰さねば。記憶市場はうちが独占しなければ今までの行為がバレて破滅だ。」
せっかくここまで道を固めたのだ。絶対に邪魔させる訳にはいかん。森はマッチ箱をテーブルに叩きつけた。




