50年の記憶
その兄弟は要介護認定された母親の介護をどちらが見るかで険悪になっていた。兄55歳、弟51歳、勤め人。二人ともとうに実家は出ていたが、どちらもそこそこ親の近くに住んでいる。しかし経済状態は並なので親の介護はかなりの負担であった。片方が引き取り片方は資金を多めに出す、というのも難しかった。割合の落とし所に決着がつかなかったからだ。もう兄弟はお互いに嫌うを通り越して憎み合う寸前であった。
そんなとき、兄はリンのマッチを買った。箱の印刷にレトロな新鮮さを感じただけで、特に何かに使うつもりも無かった。
兄は家に持ち帰ったマッチを家族に見せた。
「100年くらい前まではこんな火付け道具があったんだよ」
大学生の息子はあまり興味も無さそうだったが、マッチを擦り着火すると目が驚きに見開かれた。燃える硫黄の匂いが鼻腔にツンと刺さる。
「なに、それ、すごい」
マッチの火と匂いは、彼が初めて見るものだった。しかしすぐに記憶の再生が発動する。
そこにはまだ幼い兄と弟が幼稚園の砂場で遊んでいる風景だった。その時に一緒に作った砂の塔の出来がとても良かったのが兄の印象に残っていた。それをきっかけに小さい頃の兄弟の思い出が脳裏を駆け巡り彼を圧倒した。いつの間にか涙していたがしばらく気づかなかったほどだ。
「俺は、なんだって弟と諍わないといけなかったんだろう。かあさんだって何故見捨てるような真似をしようとしてたんだ。」
少し前までの自分が良く理解できなくなっていた。
「明日、弟ともう一度会って話をしよう。」と兄は強く思った。
そして唖然としたままの息子。我に返った彼は視界に仲間内のSNS画面を開いて思考でタイプした。
『マッチって誰かしってる?』
数分して一人の友人から返信があった。
『マッチ売の少女とか童話に出てくるやつ?』
『そう、それ。今日オヤジが買ってきたんだが、着火したら動画が再生された。』
『脈絡よ。...悪い事は言わない、夜ふかししてないで睡眠取れ』
『いや本当なんだって。炎が上がってツンとする匂いがして、そうしたら知らない子供が砂場で遊んでて。』
別の友人も加わってきた。
『もしかして幻覚剤とかだったんじゃないの?』
『そんな感じじゃあ無かったような』
『インプラントのハックとか?』
『ヤバすぎ。今度見せろ』
夜は更けていく。「父親から入手経路を聞き出さないといけないな。」息子はちょっとわくわくしていた。




