忘れていた顔
その男は人生に絶望していた。家族を顧みず仕事に没頭してきた結果、妻子を失った。自分は家族のために身を粉にして働いていたつもりだったが、妻には伝わっていなかった、よくある話だが自分の身に降りかかればそれは世界の全てだ。特に娘には月に一度しか会えない、それも多分元妻が再婚するまでだろう、と思うと全てを失った気分だ。
男がバラエティショップでマッチを買ったのは箱のデザインに惹かれたからだ。
たばこを一本取り出して火をつけようとした。今やタバコの税率は90%だ。世界的に生産量も落ちておりかなりの贅沢品・高額品となっている。しかし離婚して以来男はタバコの量が増えていた。もう金の使い道もないのだ、タバコくらい。
炎を灯したとたん、浮かび上がったのはまだ保育園に通っていた頃の自分の娘。はじけるような笑顔で自分に飛びついてきた。思わず両手を広げて受け止めようとしてしまいマッチを落とした。火は消え、娘も消える。
「え???」
何が起こったのかすぐには理解できなかった。呆然とする男。
しかし気を取り直して改めて考えると、インプラントで映像が見られる時代だ。このマッチにはそういう映像を見せる機能があるんだろうと推察する。
勿論、自分の記憶がデータ化されている訳はない。そういう研究もあったらしいとはニュースで知ってはいるし過去その研究で事故が起こった事も知っている。しかし自分には関係のない話のはずだ。
そ れ以上は心の壊れた男にはどうでもいい事。深く考えずマッチ箱を背広のポケットにしまって歩き去った。




