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マッチ売りの少女2100  作者: ぽんた7
マッチと記憶
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傘を持った男

 燈子の死から約半年。21世紀最後の冬の夕方。午後から冷たい小雨が降っていた。

 雑踏から少しはずれた橋脚の影にたたずむ少女はリン。誰も見ていない橋の下でかがみ込んでいる。手を小さく動かすと、その手元に小さな明かりが灯った。

 リンは週に一本だけ、マッチをこの橋の影で使っていた。まだ大量にあるとは言え、さすがに使いすぎるのは抵抗があった。


 炎の向こうに何かが見えるのは、ポリーが何かしてるからとはわかっていた。そもそも本人の勧めだったし。ポリーは自分にしか見えない謎の馬だ。炎の映像もきっとそんな感じなんだろうと、深く考えずに受け入れていた。

 その日現れたのは祖母といっしょにお絵かきをしている情景。ああ、もう何年美術の授業以外で絵なんて描いてないだろう。リンは炎が少しでも長持ちするように手をなるべく動かないように注意し、静かに佇んでいた。


---


 その老人は孤独だった。妻を10年前に無くし、子供もなく一人暮らし。年齢の割にはがっしりした体格で、短めに切りそろえた髪は綺麗なシルバーグレー。

 幸い現役時は地位の高い立場におり稼ぎはそこそこあった。そのため他人からは悠々自適の老後に見えていただろうが、しかし自身は特に趣味も無く金の使い道も無く、空虚な余生を感じていた。


 その日彼はS市に来ていた。妻の命日で墓参りのためだ。妻方の先祖代々の墓地がS市にあった。偶然だが在職中の因縁の土地でもある。老人側の家系は皆首都圏の共同墓地を選択していたが、妻の実家が共同墓地に入るのに反対したため妻の墓もこちらになった。特に埋葬にこだわりは無い。老人も自分はこっちの墓に入るのだろうと思っている。親類など他にいない彼には死んだ後の事などどうでも良い事だ。


墓 参りのあと近場の安い定食屋で軽い夕飯を済ませて外に出ると、天気予報がはずれて小雨になっていた。彼は近くにあったコンビニで安いビニール傘を買う。コンビニを出ると宿に戻ろうと背をまるめて歩きはじめた。


 冬の夕方、日の落ちるのも早い。幸い風はほとんどないが小雨は少し寒い。ついつい早足で高架の横を通りかかった時、橋脚の下で小さな光がともった。リンが擦ったマッチだったが橋の影で良く見えずそんな事はわからない。しかしその光の周りに中年女性の映像がゆらめいた。

 老人は目を見開いた。あんなところに空間映像?どうという事ない高架下だ、立入禁止のインポーズにしたって変な場所だしそもそも何故中年女性?

元々情報系の仕事に就いていた彼はその異様さに興味を惹かれて高架下に足を踏み入れた。


 炎を見るリンに足音が近づいてきた。


「君、今のはいったい?」


 リンが振り返ると、その弾みでマッチの炎が消える。そこには古びたコートを着た老人が立っていた。その鋭い目は、今までリンの周囲にいた人々とは違う何かを宿しているように見えた。


「今の光……あれは何だったんだ?」


 老人の問いかけにリンはマッチ箱を抱きしめた。リンにも理由はわからなかったが、映像が見えていたのはリンだけじゃなかった?ポリーが何か言いたそうな気配は伝わって来たが話す事はなく、老人の問いかけに答える事はできなかった。


 雨は止みかけていた。冬の月の光が雲の切れ間から差し込み、濡れた河原をきらきらと照らし始めていた。


 リンはようやく問いかける事ができた。


「見えたの?」


「ああ、あの女性は?」


「おかあさん」


 そんな馬鹿な!老人は驚愕した。個人的なスーパーインポーズ映像が他人に見えるわけがない。在職中、その辺りのセキュリティホールは徹底的に・偏執的に塞いだ。あの忌まわしい事件は二度と再発しないはずだ。


「君の名前は?」


「...おじさん、警察の人?」


「違うよ、無職の、隠居した爺さんだ。」


 ポリーから、問題ないという雰囲気が伝わってきた。


「リン」


「そうか。リンちゃん、教えてくれてありがとう。私の事は榊と呼んでくれ。またどこかで会えたらいいね。」


「うん...」


 そうして榊はその場を離れた。リンに色々問い正したいところだったが、警戒させては元も子もない。今の榊は行きずりの老人だ。

 しかし放置はできない。昔の伝手を使って調べてみるつもりだった。


 ポリーは勿論、榊の事を一瞬で調べ尽くしていたが、特に何も言わなかった。興味深い人物だったが当面害は無いと判断して、ただし要観察、とタグを打つ。


---


 その老人。名前を榊慎一郎といった。

 情報省の元高官。70歳で定年を迎え現在75歳。180cmと長身でがっしりした体格と人当たりの良さをもち、すぐれた洞察力と立案能力で数々の施策を成功させトントン拍子に出世、最終的には史上最年少で事務次官にまでなった。事務次官の任期は通常数年程度だが、彼は異例の10年以上を過ごす。退官した後は政治家転身の誘いや数多あった天下りを全て断り、表向きは隠居生活をしている。


 しかし過去彼が関わったある事件が彼に爪痕を残していた。彼にその責任はないのだが、目の届く範囲だった事も確かだった。まだ贖罪が済んでいないと考えている彼は、今でも当時の同僚や部下との繋がり自体は保持し新たな事件に備えている。

 リンのマッチを見たのは完全に偶然だったが、長年の役人のカンはこれを放置してはいけないと告げていた。榊はとりあえず親しくしていた興信所に調査を依頼した。情報省の元部下へはまだ内密だ。もし事案でなければ、少女に迷惑がかかってしまう。それは本意ではない。


 宿に戻ると、部屋に置いてあるお茶を入れて一息つく。


「あれは何だったんだろうなあ。」


 呟く言葉は壁に溶ける。こういう時、酒もタバコもやらない彼は少し手持ち無沙汰を感じてしまう。



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