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マッチ売りの少女2100  作者: ぽんた7
マッチと記憶
16/36

最初の一本

 役所の人とか施設の人とかでごたごたしていた夏休みが終わった。私が養護施設に入れられてから一ヶ月くらい。まだまだ暑いけど、先月よりは少しマシかな。外に出るとセミがうるさいけど、日は短くなってきた。


 今は施設の自分に与えられた部屋で座っている。ああ、戻って来ちゃったな。

 ここに来るのは二度目。でも今度は前みたいにお母さんは帰ってこない。一緒に家には帰れない。ずっと施設でポリーと二人きり。


 与えられた部屋は前の時とほとんど同じ。ただローテーブルの代わりに勉強机とハンガーラックが追加され、テレビがない。別に昔から見ないからいいけど。本棚は空っぽ。そっか、仮住まいじゃないから自分で入れていけって事か。これからの一人の生活が想像されちゃって少し涙が出そうになる。


 施設の職員さんたちは親切。でも、なんだか笑顔が薄い。顔に貼り付けてるよう。まあお仕事だもんね、そんなもんか。学校の先生と違わない。

 入所した時には他の入所者に紹介された。高校生が数人、あとはみんな小学校低学年。低学年の子たちは大人しそう。馴染めるかな。

 高校生は全員男子でちょっと怖い。そのうち慣れる時は来るのかな。なんだか行事が多いみたいだし少し不安。


 夏休みが明けて、また学校には通い始めた。


 周囲も気を遣っているのか余り話しかけては来ない。小学校の頃から気味悪く思われている私なので尚更だったかも。


 そんな中で美咲ちゃんやケンちゃんだけは心配して声をかけてくれた。それはありがたかったけど、同時に苦しい。無理やり笑顔の仮面を被って、結局一人で過ごす事が多かった。今の私には夜更けに小声でポリーと会話するのがせいぜいだ。


「おかあさんに会いたいよ」


「...」


 お母さんの遺したものは家1軒分だけ色々あったが、施設の部屋は狭いし学校関係のもの以外は趣味のものを少しだけ持ってきていた。家屋と残置物は後見人が管理してくれている。もっと気持ちが落ち着いたら自分の持ち物も含めて整理に行こうとは思っていたが、まだ難しかった。お母さんのいない家は冷たくて暗くて静か過ぎて、ちょっと怖かった。

 そんな持ってきた中でも、多かったのはお母さんの集めていた古いマッチ箱。台所にかかっていたエプロンとかはどうにも生々しくて持って来られなかった。


「ポリー、マッチ売の少女って知ってる?マッチに火を点けるとその人の見たいものが見えるんだって。」


「その作品データは記憶している」


「物語みたいに火を灯しておかあさんが見えたらなあ」


 ボソっと呟くと、プンッ、と密かに空間がゆらぐ。


「一本点けてみるといい」


「え?」


 ポリーは基本受け身で、このように何かを勧める事は珍しい。ポリーが言うなら、と首をひねりながらも四角い箱からマッチを一本取り出した。細い木の軸の先端に赤い頭薬。箱の横の側薬に恐る恐るこすりつける。久しぶりでなかなかうまく行かなかったが、何回目かで火が点いた。赤燐が燃え始め、硫黄の懐かしい匂いが漂う。

 炎が灯ったその瞬間、目の前の世界が変わった。


 マッチの小さい頭から昇る炎の向こうには。小さい頃から見慣れた温かいキッチン、テーブルの上で湯気を上げる出来たての食事、そして優しく微笑む母の顔。


「リン、おかえり」


 お母さんの声が聞こえた気がした。いや、確かに聞こえた。炎の中の母が、本当にそこにいるかのように手を差し伸べている。


 手を伸ばしかけてマッチをテーブルに落としてしまい冷たい現実が戻ってくる。でも頬には一筋の温かいものが流れていた。


「お母さん……」


 火はすぐに消えてしまう。私は夢中で次々とマッチを灯した。

 現れるのは母との思い出。いっしょの布団で寝ている暖かさ、不在のときに作ってくれたおにぎり、教えてくれた綾取り。

 夢中で火をともし続けたが、一箱ぶんが空になったところで我に返った。


「ああいけない。お母さんのマッチ、大切にしなきゃ...」


 ポリーは何も言わなかった。


「ポリー、ありがとう。ちょっと落ち着いたよ。」


「何よりだ」


 その夜は久しぶりに良く眠る事ができた。



---


 次の日。リンが学校に出かけたあと各部屋の点検に訪れた施設職員が硫黄の匂いに気づいた。そりゃあ何十本もマッチを焚いたのだ、匂いは相当残る。慌てた彼女は部屋を捜索し、リンの机の引き出しの中に大量のマッチを発見する。


 大問題になった。


 いくら形見とは言えマッチは危険物である、法律上はともかく中学生にとっては。施設で使わせるわけにはいかない。会議の結果、マッチはリンが退所するまで全て預かる事となった。

 養護施設として当然の対応ではあるが、リンにとっては母との間に残った大切な思い出だ。もう部屋で使わないから返してほしい、と懇願したが決定が覆る事はなかった。


 しかしリンも中学生。まだ家にはマッチが沢山残っている。後見人に連絡してマッチを持ち出す事くらいは可能だろう。今度は施設で使わないようにしなくちゃ、と策を練る。見た目で舐められがちなリンだが、同年代以上に悪知恵も働くのだ。


---


 その後施設のロッカーに保管されていたリンのマッチだったが、入所者の一人である高校生・橋本が盗み出していた。

 彼はあからさまな不良というほどではないが普段の素行に問題があり、カラフルなリンのマッチ箱を見てこれをバラエティショップ、要は古物店に売ればいくばくかの金になると思ったのだ。彼は何駅か離れたターミナルにある中古ショップにマッチを持ち込んだ。


 そしてリンのマッチは多くの人の手にわたる事になる。ポリーの付与した能力そのままに。





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