休日の邂逅
テレビから高速道路の混雑情報が聞こえてくるゴールデンウィーク初日の紫芝家にて、リビングで遅めの朝食を食べていた海理は階段を踏む足音で二階から母親が降りてくるのを認識した。
「海理、悪いんだけどエナドリ買ってきてくれる? それから、今から何日かは忙しくなると思うからご飯はてきとうに自分で済ませてね」
リビングに現れた海理の母親である葵は目元に隈ができており、話す声は生気が感じられないにも関わらず妙に明るくて中々に不気味な様相を呈している。
作曲家として仕事をしている葵は昔から締め切りが迫って追いつめられると似たような言動を見せることが多々あったので、海理に驚きはないけれど。
彼の記憶が確かなら現在の葵はゲームの劇中歌について幾つか仕事を受けているはずで、この様子だとゴールデンウィーク中にある程度目途を立てておかないと締め切りがまずいのだろう。
「了解。というわけで、金プリーズ」
海理が了承の返事と共に手のひらを差し出すと、葵はそこに二枚の一万円札を乗せた。
葵に代わって買ってくるエナジードリンクの代金と数日分の食費を予め受け取っておき、余った分は自分の懐に入れる。
そんな錬金術によって臨時収入を得た海理は自らのポケットに入る金額を少しでも大きくするべく、敢えて徒歩五分のコンビニではなく二十分ほど歩いた場所にあるスーパーでエナドリを買い込んでくることを心に決めた。
◇
ゴールデンウィーク初日ということもあり多くの人でごった返す郊外のショッピングモールの中で、海理は自身も人混みを作る一員となりながらフードコートへ続く道を歩いていた。
海理がなぜこの場所にいるのかというと理由は単純で、彼は今暇を持て余している。
元々、聖は仕事が入っているのを本人から聞いて知っていたし、昨日は穂乃花から予定がある旨を告げられ部活をするわけにもいかなくなった。
どうせ昼食を自分で調達する必要があったのもあり、海理は昼飯兼暇潰しのためにこうしてショッピングモールを訪れたというわけだ。
海理の予定ではモール内の映画館で午後一時から少年漫画原作アニメの劇場版を観る予定なので、余裕を持って十二時前の今フードコートを訪れたわけだけれど。
この辺りにも既に多くの人がおり、昼食のためには多少並ばなければならないかもしれない。
なんて、海理が呑気なことを考えていると、彼の瞳は視界の隅で銀色の何かが揺らめいたのを捉えた。
一瞬見逃しそうになった銀色の何かへ海理が慌てて視線を向けると、そこには学校で見慣れた銀髪の人物がいつもの制服とは違う私服姿で歩いていて、ついでにその周りでは見覚えがあったりなかったりする男女が仲良さげに談笑している。
面倒くさい。
頭の中に浮かんできた考えに突き動かされて海理がフードコートを離れたようとした瞬間、銀髪の人物は何かに気づいた様子で視線を海理の方に移し相手へ自分の存在を示すように片手を持ち上げた。
「あ、紫芝!」
海理が視界に捉えていながらも敢えて気づかないふりをしようとしていた人物、皆咲穂乃花は特に何を気にすることもなく気楽な調子で海理に声をかけてきた。
「紫芝も来てたんだね。今からお昼ご飯?」
「いや、まあ、そうなんだが、それはどうでもよくて。皆咲、なぜ俺に声をかける」
「なぜって、紫芝がいたからだけど?」
別に、穂乃花が声をかけてきたのが悪いというわけではないけれど。
海理的には、いつものように教室や部室で話すのと休日のショッピングモールで友達と遊んでいる際中の彼女にエンカウントするのでは少々意味が異なってくる。
「皆咲、お前は今友達と遊んでる最中だよな?」
「え、うん。そうだけど」
「自分で言うのもなんだけど俺って結構人見知りする方だし、知り合いしかいないならともかく知り合いの知り合いがいたりするとあんまり絡みにいきたくないんだよ」
「えー。でも、この前とか普通に時子と話してなかった? そもそも、私だってそれまでほとんど話したことなかったのにいきなりラノベ書けとか言われたし」
穂乃花がいつぞやの放課後に言及しながらとても人見知りするようなまっとうな感性の持ち主とは思えない言動を思い出していると、海理はわかってないなとでも言いたげに皮肉めいた笑みを浮かべてみせた。
「学校ならいいんだよ。個人の好き嫌いは別として生徒ならいるのが当たり前だから俺がいても表立っては文句言われにくいし、仮に何か言われても開き直れるからな。けど、こういう場所だとなんであのオタクがこんな所にいるの? もしかしてストーカー? みたいな扱いになるだろ。やだよ、そんな面倒くさい状況で他人の相手するの」
「えっと、それは流石に他人を信用してなさ過ぎというか。そりゃ、確かに紫芝はちょっとウザいところもあるけど、普通に話してるだけでそこまで性格悪いこと言う人いないでしょ」
「いやー、お前みたいに周りとまっとうな人間関係を築いてるやつならともかく、俺みたいにそういうの放り投げてる人間は意外と言われたりするぞ」
「そ、そうなんだ。というか、自覚あるなら直しなよ」
「そこで面倒くさいと思って何もしない人間だからこんなことになってるんだろ」
ちょっぴり引き気味の穂乃花と結局開き直っている海理がいつものように話していると、成り行きを見守っていた穂乃花の友人たちの一人が困ったような笑みと共に一歩前に進み出た。
「こんな所で会うなんて奇遇だね、紫芝君」
声をかけてきたのは相手を安心させるような柔らかな雰囲気を纏う長身の男子で、彼の顔には海理も見覚えがある。
名前を溝口翔也という彼は二年連続で海理と同じクラスになっており、去年は文化祭に向けバンドを結成しようとしていた彼に海理が向いてないからやめた方がいいなんて言ったりもした。
そのときの周りの空気はともかく、本人は終始おおらかな反応を見せていたので別に険悪な関係というわけでもないけれど。
流石に言う必要のない台詞だったと反省しているのもあって、海理としては少しばかり気まずい思いのある相手だ。
「あー、うん。なんというか、せっかく仲のいいやつだけで遊んでるところを邪魔して悪かったな」
「別に邪魔だなんて思ってはいないけど。そうだね。これ以上、紫芝君を引き留めても悪いし僕らもそろそろ行こうか」
やんわりと会話を切り上げ別行動を提案した翔也の台詞はこの場にいる全員への配慮に満ちたもので、海理としても彼の作ってくれた流れに乗って離脱する気満々だったのだけれど。
まるでその流れに逆らおうとするかのように、赤色のアンダーリム眼鏡をかけた少女がにこりと笑いながら口を開いた。
「でも、紫芝君も今からお昼なんでしょ? なら、せっかくだし一緒に食べない?」
「え、嫌だけど」
胡散臭さすら感じる愛想の良さで共に食事をすることを提案してきたのは穂乃花の友人であり海理もクラスメイトとして一応の面識はある切口時子で、その提案内容に関しては一考の余地もなく断ったけれど。
以前、教室で話したときの彼女はどちらかというと海理が必要以上に馴れ馴れしくすることに釘を刺しているような印象だった。
別に人となりを知っていると言えるほど近しい間柄でもないので口に出すようなことはしないけど、海理としては時子がこんなことを言い出したのは少しばかり意外に感じてしまう。
「ねえ、どっちでもいいから早く並ばない? 私、これ以上混むの嫌なんだけど」
興味のないやり取りに痺れを切らしたのか、今度は海理には名前のわからない明るい茶髪の女子が声を上げハンバーガーショップのレジ前に形成されている客の列へ視線を向ける。
「そうだな。とりあえず、並ぶだけ並ぼうぜ」
そして、穂乃花の友人たち最後の一人であるこれまた海理の知らない少々ぶっきらぼうな印象を受ける男子生徒がそれに同意し、さっさと列の方へ向かって歩き出した。
時子の提案のせいで妙な感じになってしまったが、元々海理に彼らへ付き合う理由はない。
なので、このままフードコートを離れたって構わないといえば構わないのだけれど。
ここであれこれ話していたせいで映画が始まるまでの時間を浪費してしまったのもあり、今から別の場所に昼食を食べに行く余裕があるかは微妙なところだ。
「うーんと、どうする? 紫芝」
「まあ、俺も変に待ち時間増やしたくないしな」
彼らのために自分の予定を無理やり変えるのもそれはそれで面倒くさいという結論に達した海理は、同じテーブルにつくのは避けるにしても同じ列に並ぶくらいは許容することにして先を行く二人の背を追った。




