本当の才能
海理がフードコートで列に並びながら退屈そうに欠伸を噛み殺していると、気を使ったのか前に立っていた翔也が振り返り笑みを浮かべつつ声をかけてきた。
「そういえば、今年も同じクラスになったのにこうして紫芝君と話すのは久しぶりだね」
「別に、去年だって文化祭の前に俺が余計なこと言ってちょっと揉めたくらいで、大して話したことなかっただろ」
「はは、確かに。でも、去年の件に関しては余計どころか寧ろ感謝してるんだよ。知り合いに頼まれたから恰好つけて言えなかったけど、実際のとこ音楽関連は苦手でね。言い方は悪いけど、断るためのいい口実になった」
「ふーん。溝口でもそんな風に思ったりするんだな。まあ、あいつは経験者みたいだし合わせるとなったらかなり厳しそうだから無理もないか」
海理が翔也の前に並び会話している名前を知らない彼の友人の男女のうち、男子の方を見ながら気の抜けた様子で返答をすると翔也はそれまで愛想のいい笑みを浮かべていた顔に僅かな困惑を滲ませた。
「あいつって、爽馬のこと? 僕がバンドを組む予定だったのは別の人だよ。それに、経験者っていうのは? 爽馬がバンドをやってるなんて話、僕は聞いたことないけど」
「……今のはこう、言葉の綾というか」
翔也の反応を見て、海理が露骨に顔を歪めしどろもどろになりながら意味のない台詞を羅列する。
そして、自分の名前が出てきたことが気になったのか、それまでは後ろで行われているやり取りに興味なさげだった片峰爽馬が振り返り視線を海理の方へ向けた。
「なあ、もしかしてこの間ラヴァ・ゾーンでやったライブに来てたのか?」
爽馬の口調は疑問形でありながらも半ば自分の口にした台詞が事実であると確信している様子で、海理の発言に対しても驚いている様子はない。
問題があるとすれば彼の口にしたラヴァ・ゾーンとやらに海理は全く聞き覚えがないことだが、会話の流れからある程度予測はできる。
恐らく、爽馬はバンドか何かをやっていてラヴァ・ゾーンというライブハウスで行われたライブに演者の一人として参加していたのだろう。
そして、そのことを友人である翔也たちにも伝えていなかった彼は自身の音楽経験について言及した海理のことをライブの観客だと判断したというわけだ。
友人でさえ知らないはずの自身の音楽経験を知っているなら、それはライブで直に彼のことを見た以外にあり得ない。
一応、海理としても筋の通った考えだとは思うけれど。
海理の眼には爽馬の持つ音楽関連のポテンシャルの高さも、現時点でそれらを四割くらいは発揮できていることも全て視えている。
先程の発言は文化祭のバンドと翔也の友人でなおかつ音楽経験のある爽馬の存在が海理の頭の中で自然と繋がったからこそ出たものであり、別に海理が彼の演奏を聞いたことがあるわけじゃないのだけれど。
この場でそういった事情を長々と説明するのが面倒くさい海理はてきとうに話を合わせておくことにした。
「まあ、そんな感じというか、なんというか」
海理がこの場をごまかすための曖昧な回答に終始していると、爽馬の方はみなまで言うなとでも言いたげに右手を前に突き出し海理の発言を押しとどめた。
「あー、いい。わかってるって。本命は別のバンドで、前座の俺らには大して興味なかったんだろ。言い訳するわけじゃねーけど、あのときは逃げたヴォーカルの代わりを頼まれて即席でやったから音も全然合ってなかったし。ま、下手だったろ? そりゃ、一々コメントする気にもならねーよな」
当然ながらライブを観ていない海理に実際の演奏がどの程度のものだったかなんてことはわからないけれど。
ここで下手なことを言ってこの話題を深掘りされても困るので、ひとまずは海理の眼で視てはっきりとわかることを口にしておく。
「何もそこまで辛辣なこと言う気はないけど。ギターと比べて歌の方は明らかにレベル低いし、確かにヴォーカルやるには即席過ぎたかもな」
ある程度ポテンシャルを発揮できておりそれなりに上手いと呼べるだろうギターと比べて、爽馬の歌唱能力は本来のポテンシャルを全く発揮できておらず素人に毛が生えた程度でしかない。
だから、それを自分の眼で確認した海理はしれっと演奏を聞いたかのようなコメントを口にしてみせたのだけれど。
爽馬にとっては海理の口からこんな台詞が出てくることは意外だったようで、彼は海理に向ける目を大きく見開いている。
「お前、結構ちゃんと聞いてたんだな……って、いや、悪い。たとえついででも金払って来てくれたのに、つまんねーもん聞かせちまったな。もし、また別のバンドのついでに俺らの演奏聞くことがあったら、そんときはもっとマシな音出せるようにしとくからまた聞いてみてくれよ」
海理の想定通りに彼がライブを観ていたと勘違いした爽馬が事実とは裏腹に爽やかな台詞で会話に区切りをつけると、彼の横にいた女子や翔也は友人の知らなかった一面についてさっそく質問を始め爽馬はそれに微妙にバツが悪そうな表情で答えている。
もっとも、彼らと違って海理の眼を知っている穂乃花は今のやり取りに懐疑的らしく、海理に向かってじっとりとした視線を向けている。
海理の方もごまかすつもりはないようで、自分へ向けられる疑惑の視線には反論することなく静かに目を伏せた。
そして、穂乃花と共に列の後ろに並んでいた時子はそんなやり取りに加わることはなくただ興味深そうに海理と穂乃花の間で交わされたアイコンタクトを眺めていた。
◇
海理がショッピングモールで穂乃花たちと鉢合わせ思いがけず彼女の友人の知られざる一面を暴いてしまった日の夜、風呂から上がった海理がベッドの上でタブレットをいじっていると机の上に置いていたスマホから着信を知らせる音楽が聞こえてきた。
「もしもし」
「あ、紫芝? 今時間大丈夫?」
「別にいいけど、なんか用か?」
スマホのスピーカー越しに聞こえてきたのは穂乃花の声で、海理はベッドの上で上体を起こし背を壁に預けながらその声を聞いている。
「うん。片峰のことなんだけどさ」
「片峰?」
「片峰爽馬。今日、お昼に会ったときバンドやってるって話してたでしょ」
「ああ、あいつか」
苗字までは知らなかったのですぐには顔と名前が繋がらなかったが、爽馬のことならもちろん海理も覚えている。
「一応聞くけど、紫芝は本当にライブ行ってたの?」
「いや。単純に、素人にしてはやたらとそっち方面の能力が高かったから、経験あるんじゃないかと思っただけだ」
「やっぱりそうなんだ。正直、紫芝の眼のことは未だに半信半疑だったんだけど。片峰がギター弾けるなんて私でも知らなかったのに、あっさり言い当てちゃうし。あながち、嘘でもないんだなと思って」
「それに関しては最初から本当だって言ってるだろ」
「あはは、そうだったね」
スマホ越しに聞こえる笑い声はどことなく上滑りしているような気がして、海理の顔に怪訝そうな表情が浮かぶ。
「皆咲、何かあったのか?」
「……えーと、何かあったというか、何かあったのを思い出したというか」
「どういう意味だ?」
「だから、その、さ。紫芝って、私に作家の才能があるって言ってたでしょ。あれも、本当なんだよね?」
「当たり前だ」
どうして穂乃花の声音が不安定に揺れているのかなんて海理には皆目見当もつかないけれど。
才能に関して言えば海理は視たままを伝えている。
というか、自身の理想とするラノベを完成させるという目的に照らして考えれば、最低でも海理を凌駕する才能がなければわざわざ穂乃花に声をかけたりはしない。
「そっか……うーん、そうなのかあ」
「皆咲? お前、本当にどうしたんだ?」
「あ、ごめん。なんでもないから。また、学校でね」
結局、よくわからないままに通話は切られ、海理が持つスマホの画面には通話時間を示す履歴だけが示されている。
暫し、海理は画面を眺めながら首を捻っていたけれど、答えが出そうにないのを悟ると軽く息を吐き出してから億劫そうにスマホを机の上へ戻した。




