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パソコンを買おう

 ゴールデンウィークが明けちらほらと過ぎ去った休日の土産話が聞こえてくる放課後の学校にて、仕事の都合で先に帰った聖を除く第二文芸部の部員二人はいつも通りに部室で顔を突き合わせていた。


「前に紫芝もやってみたらどうだって言ってたし、試しに短編を書いてみようと思うんだけど。紫芝、今日もパソコン持ってきてる? もしあるならちょっと貸してくれない?」


 部室へやってくるなり早々に穂乃花の口から出た提案を聞いて、海理は不思議そうに目を瞬かせた。


「貸すのはいいけど。どうしたんだ? 急に」

「んーまあ、せっかくこんな部活やってるんだし、私もちょっとくらいはそれっぽいことしてみようかなって」


 穂乃花の説明に納得したというわけでもなさそうだけど。

 海理としても彼女が創作に興味を持つのは望ましいことだ。

 なので、急にやる気になった理由については一端棚上げすることにして海理は鞄からパソコンを取り出しホーム画面を開いてから穂乃花の前に置いた。


「で、どんな話書くつもりなんだ?」

「それは、どうしよっか? とりあえず書いてみようと思ってただけで特に考えてなかったんだけど。紫芝、何かいい案ある?」


 穂乃花に問われて、海理が人差し指を顎に当て暫し考え事を始める。


「そうだな。無難なとこだと短い文章でオチをつけやすいコメディか恋愛だと思うけど。こういうのってモチベーションも大事だし、大雑把なジャンルだけでも何か書いてみたいと思うものないのか?」

「書いてみたいものか……あ、そうだ。それなら、勝ちヒロインが少なすぎるみたいなの書きたい」

「ラブコメか。いいんじゃないか」


 穂乃花の口にしたタイトルは以前に海理のタブレットで一話から最終話までを視聴したラノベ原作アニメのもので、内容としてはコメディ要素強めのラブコメになっている。

 

 単純に海理が好きだからというのもあるけれど。

 短編で目指す方向性としては悪くないだろう。


「ストーリーは……主人公は普通の女子高生で、ある日クラスメイトの男の子が告白してフラれてる所を偶然見ちゃう。で、成り行きで愚痴を聞くことになるんだけど、話を聞いてるうちに男の子の恋愛観が相当変わってるのに気づいていろいろ話すようになる、みたいなのはどう? 流石にアニメの影響受けすぎ?」


 穂乃花が語った物語のあらすじは本人の言う通り彼女が海理のタブレットで視聴していた勝ちヒロインが少なすぎるとの類似点が多く、影響を受けているのは明らかだけれど。

 海理は特に気にした様子もなく軽い調子で口を開いた。


「まあ、確かに影響受けてるのは感じるけど。そもそも、こういうのって面白いと感じたからこそ自分でも書いてみたいと思うわけだし。丸パクリしてるんじゃなきゃ別に気にしなくていいと思うぞ」

「そっか。じゃあ、ちょっと書いてみるね」


 穂乃花が視線をパソコンの画面に注ぎ、指はキーボードの上で踊り始める。


 海理は暫し穂乃花が文字を打ち込んでいく様子を眺めていたものの、やがて目を伏せてから静かに鞄に入っていた文庫本を取り出した。



 ◇



 穂乃花が作業を始めてから一時間半が経過し下校時刻も迫ってきたころ、エンターキーを叩く軽い音と共に穂乃花が動きを止め体重を椅子の背もたれに預けてから小さく息を吐き出した。


「終わったみたいだな」


 文庫本を閉じた海理が声をかけると、穂乃花は背もたれから体を離し満足そうに頷いた。


「うん。後半はだいぶ勢い任せだったけど、やってみれば案外なんとかなるもんだね」

「読んでもいいか?」


 問いかけに穂乃花が頷いたのを確認してから海理がパソコンを手元に引き寄せ、画面に表示されている文字列を目で追いかけ始める。


 読み終わるまでの時間は書くときの十分の一にも満たず、海理が画面から視線を外すと穂乃花は微妙に落ち着かない様子で髪の毛の先をいじりながら控え目に口を開いた。


「えっと、どうだった? 私的にはこの間書いたやつよりはだいぶよくなったんじゃないかなーと思うんだけど」


 パソコンの画面から視線を外し穂乃花の方を向いた海理は、暫し相応しい言葉を探すように視線を宙に這わせた。

 評価に迷っているというよりはなんと言って伝えるべきか悩んでいる、そんな表情だ。


「面白かった。正直、あらすじを聞いただけだともっと勝ちヒロインが少なすぎるに似た話になると思ってたけど、最後に主人公が告白してフラれる悲恋系にしたのはいい意味で驚いた。ただ……」


 急に言い淀んだのを怪訝に思ったらしい穂乃花が視線を向けると、海理は目を合わせるのを避けるように僅かに目線を下に向けてから小さく口を開いた。


「細かいことだけど、ラストの告白シーンは主人公たちの台詞が連続してて地の文がほとんどないだろ。もちろん、これはこれでアリだと思うし、ちゃんと面白いから悪いってわけじゃないんだけど。もうちょっと表情の変化とか断られるのを察したときの些細な仕草とかを描写した方が雰囲気出るんじゃないか」


 以前、穂乃花の書いた文章の描写不足を指摘したときとは違って、今の海理はどことなく自信なさ気で口調もできる限り断定を避ける形になっている。

 改善点があるとは思うが面白いのは間違いないので自分の考えが正しいと断言できない。

 そんな胸の内が透けて見えるような喋り方だ。


 もっとも、穂乃花の方はそんな海理の葛藤には一切気づいていない様子で、彼女は指摘された事柄に関してあっさりと頷いてみせた。


「そっか。確かに、最後の方は感情移入しちゃってその辺のことは何も考えてなかったかも。じゃあ、今からラストシーンを中心に修正して──」


 台詞を遮るようにして部室のスピーカーから下校時刻の到来を知らせる音色が響き始め、パソコンに向かって伸ばしかけていた穂乃花の手が止まる。 


「あー、もう時間か。せっかくだから一気にやっちゃいたかったけど、修正はまた明日だね」


 修正を諦め帰り支度を始めた穂乃花を見て、海理は暫し無言で考え込んでから立ち上がって帰ろうとする彼女を呼び止めた。


「皆咲、お前パソコンは持ってるか?」

「持ってないけど」

「そうか。なら、そろそろ買っといたらどうだ? 部室でなら俺のを貸せばいいけど、家で作業できないのは何かと不便だろ」


 海理の提案を聞いて、思わずといった様子で穂乃花が眉を顰める。


「そりゃ、あれば便利だと思うけど。パソコンって高いでしょ」

「安いノートパソコンなら十万くらいであると思うぞ」

「いや、十分高いし」


 見るからにパソコンの購入に否定的な穂乃花が口にした理由は至極もっともなもので、海理としてもそこがネックになるのは理解できるけれど。

 彼にはどうしても、穂乃花の作業時間が部活中の僅かな時間しか確保できないことがもったいなく思えてしまう。


「でも、これから先本格的に何か書くなら部活の時間だけだと時間的に結構厳しいぞ。書いてみてわかったと思うけど一万字に満たない短編でも一回の部活じゃ最後まで仕上げるの難しいし、もし長編を書くなら十万字越えなんてざらだからな。もちろん、部活だけでも時間をかければ不可能じゃないけど、今日みたいに中途半端なところで終わらなきゃいけないのもったいないと思わないか?」

「うーん、まあ、紫芝の言うこともわかるけどさ。やっぱり十万は高いよ。それに、こうしてまとまった文章を書くんじゃなきゃスマホだけで十分だしさ」


 穂乃花が手に持ったスマホを掲げてみせると、海理はほんの数秒だけ真剣な表情で黙り込んでから冗談めいた笑みを浮かべてみせた。


「皆咲、そんな志の低いことを言っていてどうする。お前はこれから俺の理想の物語を書くラノベ作家になるんだぞ? 将来的に書いたラノベが数十万部売り上げてアニメ化されて印税入りまくれば十万の初期投資なんて安いものだろ?」

「……その頭の中お花畑な未来予想図に賭けて十万円払うのは流石に嫌なんだけど」

「作家志望なんて似たようなこと考えてるやついっぱいいると思うけどな。まあ、それなら仕方ない。パソコン代は未来の原稿料代わりに俺が払うよ」


 冗談めいた口調のまま紡がれた台詞を聞いて、穂乃花が目を瞬かせ暫し二の句を継げずに黙り込む。


 穂乃花の見つめる先にある海理の顔には変わらず笑みが浮かんでいるものの、その口からは特に訂正や冗談だと告げる言葉は出てこない。

 

「えっと、冗談だよね?」

「いや、本気だぞ。最初に俺の眼の話をしたとき言ったろ。俺はお前に物語を書いて欲しいと思ってるし、そのための交渉材料として現金を払うつもりだったって。あれは嘘でも冗談でもないし、そのとき用意してた金は使わずにとってある。パソコンを買ったレシートさえ見せてくれれば、その分の金は全額現金で渡す。ああ、もちろん、予算に限りはあるからそこは範囲内に収めてもらうことになるけどな」


 段々と遊びの色がなくなっていく海理の声を聞いて、穂乃花は戸惑いの滲む表情のまま不安定に瞳を揺らしていた。




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