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季節は過ぎ夏になり、東京の空には強い日差しが照りつけていた。
8月4日の朝、いつものように朝のミーティングが始まった。しかし、その場に片山の姿はなかった。
「片山さん、今日はお休みですか?」
北村が不思議そうに尋ねる。
高橋が頷きながら答えた。
「ああ、前々から休暇を取りたいって話していたんだ。どうしても外せない用事があるってな。」
「片山さんが休むなんて珍しいですね。」
梶原が感心したように言う。
「まあ、普段働き詰めだから、たまには休まないとな。」
「外せない用事って、何かあったんですかね。」
伊東が興味津々な様子で言うと、中山が肩をすくめて突っ込んだ。
「おいおい、他人のプライベートに首を突っ込むもんじゃないぞ。」
「そうだよ、伊東君。気になる気持ちはわかるけど。」
北村も軽く笑った。
高橋は皆を落ち着かせるように言った。
「まあまあ、片山がいなくても仕事は進めないといけない。今日の業務に集中しよう。」
片山のデスクは整然としていたが、その主が不在であるだけで、管制室には小さな空白が生まれたように感じられた。仲間たちはその違和感を胸の奥に残しながら、それぞれの持ち場へ戻っていった。
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その頃、片山は故郷の大分に向かっていた。8月4日は、片山が心から尊敬していた稲葉隆弘の命日だった。
大分空港に降り立った片山は、久々の故郷の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。夏草の青い匂いと遠くから漂う潮の香り、そして絶え間なく続く蝉時雨が、彼を一瞬で子供の頃へと引き戻した。
タクシーに乗り込み、窓から見える緑の山々や川のきらめきを目に焼き付ける。運転手が話しかけてきた。
「こちらに帰るのは久しぶりですか?」
「ああ、1年ぶりです。」
片山は穏やかに答えた。
「お墓参りですか?」
「ええ、ちょっとお世話になった方のお墓参りに。」
「そうですか。この季節は、蝉がたくさんいて賑やかですよね。」
短い会話の後、再び静けさが車内を包んだ。片山は目を閉じ、胸に去来する懐かしい記憶に身を委ねた。
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目的地に到着し、片山はタクシーを降りた。山の緑に囲まれた静かな墓地が目の前に広がり、蝉の声が途切れることなく響いている。小道には夏の花が咲き乱れ、砂利道を踏みしめる音が心を落ち着かせた。
やがて、墓石に刻まれた「稲葉隆弘」の文字が目に飛び込んでくる。陽光を受けて輝くその石を前に、片山はポケットから小さな花束を取り出し、献花をそっと供えた。蝋燭に火を灯し、線香を立てる。立ちのぼる煙は風に揺れ、空へと消えていった。
「稲葉さん、1年ぶりですね。」
小さく呟き、手を合わせる。目を閉じた瞬間、幼い日の記憶が鮮明に蘇った。
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それは片山が小学3年生の頃。近所に住む青年、稲葉隆弘との出会いが、彼の心を大きく変えていった。
「おじちゃん、パイロットなの?」
幼い片山の問いに、稲葉は白い歯を見せて笑った。
「そうだよ。空を飛ぶのが仕事なんだ。」
稲葉は航空自衛隊のパイロットで、春日基地に所属していた。爽やかな笑顔と端正な顔立ち、近所でも評判の青年だった。
「直樹君、今度遊びに来な。飛行機の写真とか、いっぱい見せてあげるよ。」
その言葉に心躍らせ、片山は稲葉の家を訪れるのが楽しみになった。部屋には戦闘機の模型や写真が所狭しと並び、空の話が尽きることはなかった。
「直樹、空を飛ぶっていうのはな、ただ高いところに行くだけじゃない。風を読み、仲間を信じて、そして自分自身を信じることだ。」
稲葉の言葉は真剣で、幼い片山の胸にまっすぐ届いた。その瞬間から、彼の中に「空と生きる」という強い憧れが芽生えたのだった。
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しかし、その日々は突然終わりを告げた。春日基地での航空祭の日、片山は家族と共に観客席にいた。稲葉がアクロバット飛行を披露することを知り、胸を高鳴らせていた。
白いプロペラ機が青空に舞い上がり、見事な技を見せる。観客が歓声を上げる中、片山は目を輝かせて見つめていた。しかし、着陸の直前、突風が機体を煽った。
「危ない!」
誰かの叫び声と同時に、轟音が走った。機体は滑走路を逸れ、炎を上げて燃え上がった。観客席は悲鳴に包まれる。焦げた匂いが風に乗り、片山の鼻を刺した。耳にはただ、爆ぜる炎の音だけが響き続けていた。
燃え盛る炎の中に、いつも笑顔で語ってくれた稲葉の姿を重ね、片山の幼い心は深い悲しみに包まれた。その光景は生涯、片山の胸に刻まれることになった。




