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その日の夜、片山の歓迎会が居酒屋「灯火」で開かれた。場所は東京コントロールの管制官たちの御用達の店で、長年にわたり管制官たちが仕事終わりに集まる憩いの場となっていた。
暖簾をくぐると、中から店主と女将がにこやかに顔を出した。
「おっ、高橋さんたち!今日は賑やかそうだね。」
店主が陽気な声で迎えた。
「こんばんは。今日は新メンバーの歓迎会でね。」
高橋が片山を紹介するように片山の背中を軽く押した。
「初めまして、片山と申します。」
片山が丁寧に頭を下げると、女将がにこりと微笑んだ。
「まあまあ、こちらこそよろしくね。どうぞ、ゆっくりしていってくださいな。」
「例のあれ、みんな好きだから用意しておいたよ。」
店主がそう言うと、女将が奥へと戻り準備を始めた。
「例のあれ?」
片山が首をかしげると、北村が小声で教えてくれた。
「ここの名物料理ですよ。特製焼き鳥盛り合わせ。これがすごく美味しいんですよ!」
「楽しみだ。」
片山が少し笑みを浮かべたところで、一行は奥の座敷に通された。
席に着くと、まずは高橋が乾杯の音頭を取った。
「それでは、片山君の歓迎を祝して、乾杯!」
「乾杯!」
全員の声が重なり、グラスが軽快な音を立てた。片山は一同に頭を下げながら、
「これからよろしくお願いします。」
と挨拶した。
グラスを置くと、話題は自然と多岐にわたった。仕事の話から趣味の話、過去の経験談など、笑い声が絶えない。特に若手の伊東は興味津々な様子で、片山に質問を投げかけていた。
「片山さん、羽田ではどうだったんですか? 俺、いつか絶対、羽田で働きたいんです!」
片山は微笑みながらグラスを置き、少し考えるように言葉を選んだ。
「羽田では色々なことがあったよ。一番印象に残っているのは、サイバー攻撃の時だな。空港のシステムが一時的に麻痺して、多くの便に影響が出た。」
「えっ、それってどう対応したんですか?」
伊東の目が輝いている。
「とにかく冷静に迅速にだ。全員が一致団結して、手動で航空機に指示を出す形になったんだ。」
「すごい!」
伊東がさらに話題を振った。
「一昨年のサウスアジア航空の緊急着陸の話も聞いたことがあります。あれも片山さんが対応されたんですよね?」
片山は少し表情を引き締めて語り始めた。
「そうだ。あれは羽田に着陸する途中、バードストライクでエンジンの一つが停止したんだ。緊急着陸を決行するしかなかったが、突風の影響で滑走路を逸れてしまったんだ。機体は停止したがエンジンから出火した。」
「覚えてます。確か死者や重傷者も出なくて、全員避難できたんですよね?」
伊東が前のめりになって聞く。
「ああ、幸いなことに、消防隊や機長たち乗員が迅速に対応してくれたおかげで、乗客は全員無事に避難できたんだ。それに、その時の対応は俺一人の力じゃない。羽田の管制官たちがチーム一丸となって乗り切った結果だよ。」
伊東は感心しきりで、
「そんなことがあるんですね…僕ももっと経験を積んで、冷静に対応できるようになりたいです!」
と語った。
その会話に、中山が口を挟んだ。
「拓海、お前はまずは自分の担当セクターでミスを減らしてからだろ?お前、この間も進路調整の指示を間違えそうになってたよな?」
「あ、それは…」
伊東は言葉に詰まり、顔を赤らめた。
「まあまあ、新人のうちはミスするのも経験だよ。」
梶原が笑いながらフォローする。
「俺だって若い頃は散々だったさ。ある便を指示ミスで遠回りさせちゃって、機長に怒られたこともあった。」
「そうなんですか?梶原さんでも?」
伊東が驚いたように尋ねると、梶原は肩をすくめた。
「どんなベテランだって最初はみんな新人だからな。だから伊東、お前も焦らずにやってけ。」
「ありがとうございます!」
伊東は元気よく答え、場の空気が和んだ。
会が進む中で、ふと北村が口を開いた。
「そういえば片山さん、今日私のことを下の名前で呼びましたよね。どうしてですか?」
片山は少し驚いた表情を見せたが、すぐに答えた。
「実は、羽田で一緒に働いていた山口真奈美っていう部下がいたんだ。恵理の姿を見て、彼女を思い出したんだ。彼女のことをみんなも下の名前で呼んでたんだ。」
「その真奈美さんって、どんな方だったんですか?」
北村が興味を示す。
「彼女も最初はぎこちなかったんだ。指示を出すのに時間がかかったり、緊張で声が震えたりもしていた。でも一緒に働く中で、冷静さや判断力を磨いていったんだ。今じゃ立派な管制官だよ。」
片山は懐かしむような表情を浮かべた。
その時、中山が茶化すように口を挟んだ。
「じゃあ、これから俺たちも北村を下の名前で呼ぶってのはどうだ?
『恵理、ちょっとこっち来てくれ』
みたいにな!」
「中山さん、彼氏じゃないんですから!」
伊東が笑いながら言うと、中山が突っ込んだ。
「おいうるせーぞ、拓海!」
全員が笑いに包まれた。
北村は顔を赤らめながら、
「もう、やめてくださいよ!仕事中はちゃんと名字で呼んでください!」
と抗議したが、その様子にさらに笑い声が広がった。
「まあ、これだけ賑やかなら、これからのチームワークも安心だ。」
高橋は微笑みながら言った。
今度は片山が北村に尋ねた。
「ところで、恵理はどうして管制官になろうと思ったんだ?」
北村は少し照れくさそうに笑いながら語った。
「父がANAのパイロットだったんです。だから、小さい頃から飛行機に囲まれて育ちました。それで自然と、私も航空関係の仕事に就きたいと思ったんです。」
「なるほど、そういうことか。」
片山は納得したように頷いた。
「片山さんはどうして管制官に?」
北村が逆に尋ねる。
片山は一瞬黙り込み、グラスを手に取った後、静かに答えた。
「俺も、似たような理由だよ。身近に飛行機や航空関係の人がいたから、自然とこの仕事に興味を持ったんだ。」
その時、片山の頭には幼少期の稲葉との思い出がよぎっていた。しかし、それ以上は話さず、軽く笑って話題を変えた。
会は終始和やかな雰囲気のまま進み、最後には全員が片山を歓迎する気持ちを伝え合った。
「片山さん、これからもよろしくお願いします!」
伊東が力強く声をかけた。
「改めて、こちらこそよろしく。」
片山は静かに微笑みながら答えた。
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店を出ると、それぞれが家路についた。片山も帰りの電車に揺られながら、窓の外を眺めていた。
夜の街灯が流れる中、ふと稲葉隆弘の姿が思い浮かぶ。片山が航空業界を目指すきっかけとなった人物であり、片山の中で今もなお大きな存在だった。
「稲葉さん…」
片山は小さく呟きながら、次第に目を閉じていった。東京コントロールでの日々はまだ始まったばかりだったが、その一歩一歩が確実に彼の中で新たな物語を刻み始めていた。




