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片山は目を開け、静かに墓石を見つめた。その視線には深い感謝と敬意が込められていた。
「あなたがいなかったら、俺はきっとこの仕事を選んでいなかった。」
静かに語りかけた後、片山は少しの間その場に立ち尽くした。周囲の蝉の鳴き声が遠くに感じられ、木々が風に揺れる音だけが耳に届いた。
片山はふと目を上げ、空を仰いだ。青空を流れる雲を見つめながら、深く一度息を吸い込む。そして小さく頷き、もう一度手を合わせた。
「また来ます。」
穏やかな声でそう告げると、片山はゆっくりと体を起こし、背筋を伸ばした。
墓地を後にする片山の足取りは静かだった。小さな坂道を下りながら、ふと振り返る。木漏れ日の中に佇む墓石は、変わらぬ静けさで彼を見送っていた。
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墓地を出た片山はタクシーに乗り込み、旧い住所を告げた。車窓から流れる景色を眺めていると、気さくな運転手がバックミラー越しに声をかけてきた。
「お客さん、ここら辺の人かい?最近は大分家も建て替わっちゃったね。」
片山は少し間を置いて答えた。
「ええ、昔ここに住んでいました。」
「そうだったのかい!懐かしいだろ。」
運転手は笑いながらハンドルを切った。タクシーは片山の実家の前に差しかかる。大分から東京に異動してから長らく戻ってはいなかったが、家は今もそのまま残っていた。ただし、人の気配はなく、玄関は固く閉ざされ、庭も手入れされずに静かに佇んでいる。玄関先の植木鉢や色あせたカーテンが、時の流れを物語っていた。その光景に、片山は胸の奥に小さな寂しさを覚えた。
やがて車は稲葉がかつて住んでいた家の前に到着した。外壁は塗り直され、当時の面影は薄れていたが、門柱や玄関までの石畳には懐かしさが残っている。片山は車を降り、しばし立ち尽くした。夕陽に照らされた瓦屋根が静かに輝き、その下で交わされた言葉が耳の奥に蘇るようだった。
その瞬間、片山の視界に幼い頃の自分と稲葉の姿が重なって見えた。庭先でブルーインパルスの模型を手に笑う幼少期の自分。その隣で優しく肩を叩く稲葉。幻影は淡い光の中で揺らめき、今にも消え入りそうだった。
「直樹、空はいいぞ。」
稲葉の声が幻のように響き、その響きは現実と幻の境を越えて片山の胸に刻まれた。
その時、幻影の稲葉がふいに現在の片山をまっすぐ見つめ、呼びかけてきた。
「直樹……。」
はっとして振り返った片山の視線の先には、もう誰もいなかった。夕暮れの静かな街並みが広がり、風がそっと頬を撫でていった。
片山は目を閉じ、深く息を吸った。実家も稲葉の家も今は別の人の手に渡っている。しかし、そこに刻まれた時間は確かに自分を形づくってきたのだと実感する。
片山は静かに車に戻り、シートに身を沈めた。その表情には、過去と決別するのではなく受け入れるような落ち着きが宿っていた。
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次の日、片山はいつも通り東京コントロールに戻ってきた。オフィスに入ると、北村が彼を見つけて声をかけた。
「片山さん、おかえりなさい。お休みはどうでした?」
「地元の大分に行ってたんだ。」
片山は柔らかく答えた。
「大分ですか!何してたんですか?」
伊東が興味津々に尋ねると、中山が割って入った。
「だから拓海、他人のプライベートに詮索するなって言っただろ。」
梶原も苦笑しながら、
「お前も少しは空気を読めよ。」
と宥めた。
「す、すみません……。」
伊東は肩をすぼめて謝った。
そんな伊東を横目に、北村が軽く笑って片山に言った。
「でも、良い休暇になったみたいですね。」
「ああ、いろいろ考える時間が取れたよ。」
片山は短く答えた。
そして業務が始まり、片山もヘッドセットを装着し持ち場に就いた。




