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それから数日後の夜、片山はいつものように残業をしていた。その時、彼の携帯が鳴った。
画面に表示された名前を見て、片山は一瞬だけ眉を動かした。
「……坂本か。」
受話器を耳に当てると、坂本が開口一番に話し始めた。
「片山、久しぶりだな!元気か?」
少し間を置き、片山が苦笑混じりに言った。
「まあな。にしても、いきなり電話なんてどうした? 珍しいじゃないか。」
坂本が軽く笑った。
「はは、悪い悪い。ちょっと気になってな。ACCに移ってから、もう3ヶ月くらい経つだろ。どうしてるかなって思ってさ。」
片山は小さく鼻で笑いながら言った。
「お前にそんなふうに心配されるとはな。珍しいこともあるもんだ。」
坂本が問いかける。
「で、そっちはどうだ?」
片山は小さく息を吐き、窓の外に視線を向けた。
「正直、空港での管制とはまるで違うな。羽田にいた頃は、離着陸の機体を一機一機確実にさばくことに集中していた。でも東京コントロールでは、民間機だけでなく自衛隊機や外国の航空会社の機体も同じ空域を通る。何百キロも先の空を飛ぶ機体同士の関係を把握し、全体の流れを崩さないように考えなきゃならない。」
坂本が興味深そうに笑った。
「なるほどな。」
「そういえば、この前もあった。自衛隊の訓練機が訓練空域に向けて横切る予定でな。民間機同士の調整だけでも複雑なのに、防衛任務を優先する自衛隊機の動きも加わる。タイミングを間違えれば、国際便の進入が遅れるし、国内線の便も連鎖的に遅延する。だから秒単位での調整が必要なんだ。」
「確かに、責任の重さが違うな。」
坂本の声には感嘆が混じっていた。
片山はしばらく黙り込んだ後、ぽつりと続けた。
「空港での管制は点を扱う仕事だった。だがここでは線や面として空を管理する。慣れるには時間がかかるが――だけどやりがいはある。」
「やっぱりお前らしいな。」
坂本が笑い声を漏らす。
「まあ、その調子で頑張れ。でも、無理はするなよ。」
片山もわずかに口元を緩めた。
「なんだよ、それ。」
坂本がふと思い出したように言った。
「そういえば、大分には最近帰ってないのか?」
片山の表情が一瞬だけ固まったが、すぐに答えた。
「……何日か前に帰った。」
「へえ、そうか。何してたんだ?」
坂本が不思議そうに問いかける。
その瞬間、片山の脳裏には墓前に手を合わせたときの光景がよぎり、稲葉の面影が鮮明に浮かんだ。だが、それを言葉にすることはなかった。
ほんの一拍置き、平静を装って答えた。
「実家の掃除をしただけだよ。他には、別に何もしてない。」
「そうか。まあ、たまには帰るのも悪くはない。」
坂本は気軽な調子で言った。
短いやり取りの中に、二人の長い時間が流れ込んでいた。
沈黙の後、坂本が少し声を落とした。
「なあ、また近いうちに会わないか? 久しぶりに飲みながら話そうぜ。」
片山は夜空に目をやり、遠くの灯りを見つめながら答えた。
「……わかったよ。お前の都合に合わせる。」
「決まりだな。楽しみにしてるよ。」
坂本の声に明るさが戻った。
電話を切ると、片山はしばらく窓越しに夜空を見上げた。遠くの空には機影のライトが小さく瞬いていた。
片山の胸に芽生えた決意は、誰にも語られることなく、静かにその光を増していった。彼の背中には、稲葉との記憶と共に、自分が選んだ道への新たな覚悟が刻まれていた。静かだが確かに、次の空の試練に立ち向かうための準備が整いつつあった。




