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11月も上旬に差し掛かり、秋の深まりを感じさせる季節。朝晩の空気が少しひんやりと感じられるようになり、東京コントロールのオフィスにも冬の気配が漂っていた。
その日も通常通りの業務を終えた北村は、デスク周りを整えながら、周囲の様子をちらりと見渡した。東京コントロールのフロアには、まだ業務に取り組む管制官たちの集中した空気が漂っている。
片山がモニターに向かいながら的確な指示を出しているのが目に入ると、北村は思わず微笑んだ。
「片山さん、お先に失礼します。残業頑張ってください。」
その声に片山が振り返る。
「ああ、お疲れ様。今日は実家に戻るのか?」
「はい、週末なので。」
片山は軽く頷きながら微笑んだ。
「そうか、ゆっくり休めよ。」
「ありがとうございます。」
北村は丁寧に一礼し席を立った。すると隣の伊東が振り返った。
「北村さん、今週もお疲れ様でした!」
「伊東君もお疲れ様。お先ね。」
北村は軽く手を振り、フロアを後にした。
廊下を進みながら、北村は少し肩を回して一息ついた。
「今週も忙しかったな…。」
心の中で呟きながら、カバンを持ち直した。
職場の出口に向かう途中、中山とすれ違った。
「北村、お疲れ。週末はどうするんだ?」
「いつも通り、実家に帰ります。」
「じゃあお母さんによろしく伝えといてくれよ。」
「中山さん、お母さん知らないでしょ。」
北村は笑いながら軽く返す。
中山はニヤリと笑った。
「いやいや、ほら、俺が良い同僚だってアピールしといてくれってことさ。」
「わかりました。それとなく伝えときます。」
北村は苦笑しながら答えた。
「じゃあ、気をつけて帰れよ。」
最後に軽く会釈を交わして、北村は職場を後にした。建物を出ると、冷たい風が頬を撫でた。
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北村は足早に駅へ向かった。普段は所沢で一人暮らしをしているが、週末になると実家のある八王子に戻るのが習慣だった。金曜日の夕方、仕事帰りの人々で混み合う電車に乗り込んだ北村は、ドア付近に立ち、揺れる車内で吊り革を握りながら窓の外に広がる街並みを眺めていた。
その時北村は、片山や伊東たちとのやり取りを思い出す。片山が東京コントロールに着任してから半年。彼女自身も管制官としてのスキルを磨きつつ、職場の雰囲気が徐々に変わってきたことを感じていた。
電車は八王子駅に到着し、北村は人波に紛れながらホームを降りた。駅前のバス停からバスに乗り、住宅街を進むこと10分。北村の実家がある静かな一角に到着した。
白い塀に囲まれた二階建ての一軒家。玄関のドアを開けると、家の中から母、由恵の穏やかな声が聞こえてきた。
「おかえり。早かったわね。」
「ただいま、お母さん。」
靴を脱ぎながら北村は返事をし、そのまま和室に向かった。和室の隅には仏壇があり、北村はその前に座ると、小さく手を合わせた。仏壇には遺影が飾られている。それは北村の父だった。
北村の父は生前ANAのパイロットを務めていた。空への憧れを抱くきっかけを与えてくれた存在でもある。しかし、北村が管制官として働き始めた3年前、癌を患っていた父は他界した。
「お父さん、ただいま。」
そう呟きながら、北村は深く頭を下げた。仏壇に供えられた花と香り立つ線香の煙が、部屋全体を柔らかく包み込んでいる。
夕食の準備が整った頃、北村はダイニングに向かった。テーブルの上には母が手際よく作った家庭料理が並び、二人は向かい合って座った。
「今日は筑前煮を作ってみたのよ。恵理の好きな味にしたつもりだけど、どうかしら?」
「美味しそう!お母さん、ありがとう。」
箸を手に取りながら、北村は微笑んだ。久々の母の味に、自然と顔がほころぶ。
食事が進む中、母がふと話題を切り出した。
「恵理、最近職場での様子はどう?ここ半年くらい、なんだか雰囲気が変わったようにみえるけど。」
「うん…。片山さんっていう管制官が来てから、職場の空気が少し変わった気がする。彼、すごく落ち着いてて、周りを引っ張ってくれる存在なの。」
「そうなのね。それで恵理もやりやすくなったのかしら?」
北村は少し考え込んだ後、静かに頷いた。
「うん、片山さんがいると安心できるの。何か問題が起きても、彼ならきっと大丈夫だって思えるんだ。」
母は微笑みながら聞いていた。
「それは素敵なことじゃない。恵理がそう感じる相手がいるなんて、私も安心したわ。でも、その人に頼りすぎちゃダメよ。自分でしっかり立つことも大事だからね。」
「わかってるよ、お母さん。でも、やっぱり片山さんはすごい人だよ。」
会話が一段落し、二人は食事を続けた。北村はふと、父が生きていた頃のことを思い出していた。
「お父さんだったら、片山さんをどんな風に評価したかな…。」
心の中でそう呟きながら、北村はテーブルの上の写真立てに目を向けた。そこには父が笑顔で写っている写真が飾られていた。
その夜、北村は自室のベッドに横たわり、天井を見つめながら片山のこと、父のこと、そして自分が管制官としてこれからどう成長していくべきかを静かに考えていた。




