1
年が明けた1月、冬の寒さが一段と厳しくなった中、東京コントロールでは新システムの導入に向けた準備が本格化していた。片山たちは再びシュミレーション訓練を受けることとなった。今回の訓練では、通常業務だけでなく、非常事態も想定した複雑なシナリオが組み込まれており、全員が緊張感を持って臨んでいた。
________________________________________
訓練室に集まった片山、北村、伊東、中山、梶原、そして高橋の6人は、それぞれのコンソールに着席した。松本と永井も訓練の進行を監督するために同席しており、訓練室にはピリッとした緊張感が漂っていた。
高橋が前に立ち、全体に声をかけた。
「今日は非常事態を想定した訓練も行っていく予定だ。実際の業務でも起こり得るシナリオを用意しているから、気を抜かずに対応してくれ。特に新システムの操作に慣れることを意識してほしい。」
片山が軽く頷きながら、コンソールに手を置いた。
「了解しました。」
訓練が始まり、最初のうちは通常業務を想定したシナリオが進行した。航空機の進路調整や高度管理など、全員が落ち着いた手際で業務をこなしていく。それぞれが画面に集中し、的確に指示を出していく中、片山は北村に目を向けた。
「恵理、今の進路変更の指示、良かったな。状況判断が的確だ。」
北村は少し緊張した面持ちを崩し、
「ありがとうございます。」
と返した。
すると梶原が担当しているセクターで、2機の航空機の進路が近づいていることに気づいた。
「NWA345、進路を5度右に変更してそのまま高度を維持してください。」
パイロットから
「了解、進路5度右に変更します。」
と応答が返る。
梶原はすぐに周囲の状況を確認し、
「ANA678、10度左旋回後、高度を22000フィートに下げてください。」
と続けて指示を出した。
スムーズな対応に、隣の中山が
「さすがですね、梶原さん。」
と感心したように声をかける。
「まあ、これくらいは基本だな。」
梶原は笑いながら応じたが、その目はモニターをしっかりと見つめていた。
その時、非常事態を想定したシナリオに切り替わり、状況が一変した。
「管制官全員に連絡です。セクターT21で通信が途絶した航空機があります。」
北村が画面を見ながら報告する。
高橋が冷静に指示を出した。
「全員、該当機体の情報を確認しろ。進路や高度、周辺の航空機の位置関係も把握しておけ。」
片山が迅速にデータを確認し、指示を出した。
「JAW4503、進路を10度右に変更し、高度を2000フィート下げる。周囲の安全を確保しつつ、通信復旧を試みる。」
北村が片山の指示に従い、通信を試みた。
「JAW4503、こちら東京コントロール。応答してください。」
一瞬の沈黙の後、弱々しいがパイロットの声が返ってきた。
「こちらJAW4503。通信トラブルが発生していましたが、現在復旧しました。」
その報告を聞き、全員が安堵の表情を見せた。永井が隣で控えめに声をかける。
「さすが片山さん、相変わらず的確な対応ですね。」
片山は微笑みながら答えた。
「いえ、みんなの協力があっての結果です。」
梶原も後ろから声をかけた。
「こういう時の対応は、やっぱり片山さんに任せて安心だな。さすがですよ。」
片山は少し照れたように
「みんなのフォローがなければ僕もここまで動けませんよ。」
と返した。
梶原は軽く笑い、
「でも、緊急時でも冷静な対応をするのは簡単なことじゃないです。それをやってのけるのがすごいところですよ。」
と称賛した。
訓練は時折発生するトラブルのシナリオに、苦戦しながらも片山たち管制官たちの息の合った連携でこなしていき、順調に進んでいた。
____________________________________
訓練が終了し、全員がスタッフルームに集まって振り返りを行うことになった。高橋がホワイトボードの前に立ち、意見を求めた。
「今回の訓練で気づいた点や改善すべき点があれば、遠慮なく言ってくれ。」
中山が真っ先に手を挙げた。
「通信トラブルのシナリオは良かったと思います。ただ、もっとリアルな状況を想定して、周辺の機体がさらに密集しているシナリオも試してみたいです。」
永井がそれを聞きながらメモを取り、
「なるほど。それは次回の訓練プログラムに組み込むように調整します。」
と頷いた。
北村が続けて意見を述べた。
「私たちの連携がもう少しスムーズにできるよう、事前の役割分担をもっと明確にしておくと良いと思いました。」
「それは重要なポイントだな。」
高橋が深く頷き、松本に目を向けた。
「松本さん、システム的にサポートできる部分はありますか?」
松本が答えた。
「はい。新システムには各管制官の役割をリアルタイムで可視化する機能があります。それを活用すれば、連携がさらにスムーズになるはずです。」
梶原が手を挙げて発言した。
「その可視化機能についてですが、実際の業務中にどの程度の頻度で更新されるのかが気になりますね。リアルタイムであることは重要ですが、負荷が高すぎると逆に混乱を招きかねません。」
松本がそれに応えた。
「そこは開発段階でも議論した部分です。更新頻度は3秒に1回を基準にしていますが、負荷状況に応じて調整可能です。」
片山がそれを聞いて静かに口を開いた。
「新システムの導入は確かに重要ですが、結局のところ、現場の我々がどれだけ迅速に対応できるかが鍵です。訓練を重ねて、さらに精度を高めていきましょう。」
全員がその言葉に頷き、会議は和やかな雰囲気の中で進んだ。
________________________________________
その日の業務を終え、片山はデスクに戻り、シュミレーション中に感じた課題をメモにまとめていた。隣の席では北村が同じように資料に目を通している。
「今日の訓練も疲れたな。」
片山が声をかける。
北村は顔を上げて微笑みながら答えた。
「最初は緊張しましたけど、前回に比べて少し落ち着いて対応できるようになりました。それに片山さんが冷静に指示を出してくれたおかげです。」
「そうか、よかった。でも、恵理の判断も的確だったぞ。」片山が優しく答える。
そのやり取りを横で聞いていた伊東が茶化すように笑いながら言った。
「お二人の連携、なんだか見ていて安心しますね。」
「そういうお前ももっと頑張れよ。」
中山が肩を叩きながら笑うと、スタッフルームは再び和やかな空気に包まれた。




