55.ゼンタ
「ゼンタ」
クラウゼの部屋へ向かおうとしていたフォルカーが思わず声を上げるので、皆がフォルカーを見る。
シュルツ卿が尋ねる。
「ゼンタなる侍女を知っているのか」
フォルカーは苦笑いをして答えた。
「かなり有名な女ですよ。悪い意味で。
手当たり次第男に媚びを売り、深い関係になっているそうです」
デレックスが苦い顔をする。
「相手は各部所の重要機密を扱っている男達ではないのか」
その言葉にフォルカーはハッとしてデレックスを見る。
「その通りです。デレックスさん」
厳密に言えばデレックスはフォルカーの妹の夫であるから義弟になるが、年齢にしても、経験にしても、人としても遥かに上を行くデレックスをフォルカーはさん付けで呼んでいた。
「そうか。ゼンタはあちらの間諜と言う事か。確かにあまり下っ端には手を出していないな」
エックハルト伯爵がコホンと咳払いして言った。
「そのゼンタなる間諜が関係した相手をわかるだけ教えなさい、フォルカー」
フォルカーは、ああ、と言って頷いた。
「敵さんに情報筒抜けだったって事か、不味いね、そりゃ」
それは不味い、とそこにいる誰もが思った。
「早く拘束しましょう。
ただし、また魔石が埋め込まれている可能性もあるので、くれぐれも慎重にお願いします」
シュルツ卿の言葉に、デレックスは完全にいつもと同じシュルツ卿である事に安堵した。
「我々は早く証拠を確認しましょう」
シュルツ卿の言葉でデレックスとフォルカーはクラウゼの部屋へ向かう為、螺旋階段を上がり始めた。
エックハルト伯爵はシュルツ卿に言った。
「決定的な証拠である事を祈っている」
頷きシュルツ卿も螺旋階段を上る。
3人は5階のクラウゼの寝室の前に着くと、
サッと扉を開き、部屋をあらためはじめる。
部屋にはベッドと物書き机と椅子、そして衣裳用の造り付けクローゼット、小さな長椅子と卓があった。
これは王女以外のどの寝室にも共通する造りだった。
シュルツ卿はまず物書き机に歩み寄り、引き出しを確認するが、中には殆ど何も無い。
フォルカーが少し躊躇しながら、クローゼットを開くと、クローゼットの端に小さな美しい革細工の箱を見つけた。
「何か箱がありましたよ」
フォルカーが箱を卓へ置くと、シュルツ卿とデレックスも寄って来た。
「これは見事な革細工だ。
亡くなった革細工職人の夫の作品だろう」
王国一の目利き商人デレックスのお墨付きを貰えば、あの世の職人も少しはうかばれるかもしれないとシュルツ卿は思った。
「開けてみよう」




