50.仕掛け
ウィノラは小屋の中の人影に話しかける。
「大丈夫ですか」
証人は無事のようだ。
中の人影はむくっと立ち上がり、扉まで歩いて来る。
大柄の男性のようだ。
「こんにちは、副長」
その男性は外に出ると、シュルツ卿に声をかけた。
大柄で優しそうな人だ、とウィノラは思った。
そう言えば「副長」と言ったようだ。
まさか、とシュルツ卿を振り返ると、
シュルツ卿は済まなそうに笑う。
「ウィノラ、ベンノ・デューラー卿だ。
魔法師団でも有数の白魔法書持ちだ。
ミーナ・デューラー副師団長の御子息でもある。万が一を考えて、この小屋に待機してもらった」
「ベンノ、ウィノラ・エックハルト伯爵令嬢だ」
ウィノラはベンノとシュルツ卿の顔を交互に見て溜息をついた。
「最初から、証人などいなかったのですね」
シュルツ卿は済まなそうに謝る。
「ウィノラには話しても良かったが、何処まで演技力があるかわからなかったので、話さなかった。申し訳ない。貴女は素直な人だから」
褒められたと言う事にしよう、とウィノラは思った。
「つまり仕掛けたと言う事ですね」
「その通りです。
巧みな罠を仕掛けました。
煙と消えた毒蛇は諜報部が追っているでしょうが、おそらく捕縛は無理でしょう」
シュルツ卿は遠い目をする。
「しかし漏洩者は確定しました」
シュルツ卿は辛そうだ。
「本日の仕掛けは、ユング子爵、ファティマさん、クラウゼさんにそれぞれ別の情報を流した事です。
証人の居場所を」
「他の二箇所は、それぞれエックハルト伯爵、デレックスとフォルカーが担当しました」
それであのお父さまが付いてこなかったのね、とウィノラは合点がいった。
「ただ、本命はこの西の森の小屋でした」
シュルツ卿は辛そうに言葉を絞り出す。
「ノア様はどなたかもうおわかりなのですね」
ウィノラは静かに言う。
シュルツ卿は侘びし気に笑って言った。
「ともかく、北の塔に帰りましょう」
シュルツ卿とウィノラ、ベンノの3人は少し先に停めてある馬車に乗り込み、王都へと向かった。
馬車内は、緊張感に溢れてピリピリしていたが、ベンノが魔法師団での面白い逸話をあれこれ話してくれるので、気持ちが和らいだ。
優しい熊さんの様な方だと、ウィノラは思ったが、もちろん本人には絶対内緒である。
王宮内でベンノと別れ、馬車は北の塔へ向かう。
あの3人の誰かが、あちらに情報を流していたなどとは信じたくない事だった。
北の塔は顔合わせから2年半以上も、皆が家族の様に助け合って来た。
信じたくない、ウィノラは今にも叫びそうだった。




