40.ファティマの思い
図書室に取り残されたイエルが、気持ちを落ち着け、ようやく回廊に出ると、執務室から
シュルツ卿とエックハルト伯爵が出てくるところだった。
「イエル、お手柄だった。
ウィノラ嬢も元気を取り戻した。
本当に感謝する」
尊敬するシュルツ卿にそう言われ、イエルは
感動した。
「イエル、ありがとう。
君は我々の恩人じゃ」
エックハルト伯爵も満面の笑みで握手を求める。
さては、さっきの三人での握手を払拭するためかな、とシュルツ卿は珍しく皮肉に考えた。
「いえ、僕は何も。
思いついたことを思いつくままお話しただけです」
「謙虚な事よの」
エックハルト伯爵はイエルの手を握り、上下に何回もぶんぶんと振っている。
そこへ執務室からウィノラも出て来た。
「イエル、先程はありがとう。
早速だけど、また、資料探しをお手伝いしてくれますか」
先程のウィノラの抱擁を思い出し真っ赤になるイエルの手を取り、図書室へ消えて行くウィノラ。
その様子を怪訝そうに見ていたエックハルト伯爵とシュルツ卿は顔を見合わせた。
「何かありましたかね」
それから速やかにアルベアト王、諜報部、デレックスに情報共有がなされ、洗い直しが始まった。
狙いは正しく、幾つかのそれらしき事例が浮かび上がった。
そのひとつにヒーリーヌ王妃の生家であるヴァイス伯爵家の遠い傍系で数少ない白魔法の使い手であるミーナ・デューラー伯爵夫人だった。
その名が挙がった時、乳母の中の乳母ファティマが言った。
「ミーナ様の事は良く覚えております。
もう20年ほど前になりますでしょうか。
当時は西の森からの魔物が増えてきた時期で
ミーナ様も白魔法の使い手として、駆り出されておりました。
もちろん、後方支援ですよ」
にっこり笑うファティマ。
「戦況は皆さまご存知の通り、思わしくなく、ミーナ様も過労と魔力の減少で一線からは一旦離脱されたのです」
ここ、二十年余り使い手たちが酷使されてきたのは周知の事実である。
「それから1年余り経った頃に、ミーナ様の御懐妊が確認されたのです」
「ミーナ様の御夫君のデューラー伯爵は内政担当でしたので」
ファティマは念のため付け足した。
使い手は殆どが魔物の討伐に駆り出されていたからだ。
「私は一度ミーナ様のお見舞いに伺ったのですが、お腹の御子は7ヶ月あたりということでしたが、御子の育ちが悪く、ミーナ様も体調が優れないため、ご心配なご容態でした」
ファティマは少し間を置いてから続けた。
「しかし御子は3ヶ月後、何の問題も無く御生まれになりました。ミーナ様も体調が戻られ今でも魔法師団で活躍されています」
そう、ミーナ・デューラー伯爵夫人は魔法師団の現副師団長だ。
つい最近までシュルツ卿の直属の上司だった女性だ。
「御子の育ちが悪かったものですから7ヶ月と言われても、お腹の膨らみが足りないと思ったほどです。産月を延ばし、癒し魔法を使い御子をお腹の中で育ててからお産みになられたという事もあり得るかもしれません」
「しかしながら、お腹の御子を思い産月を延ばした事が悪い事とは思えません。もし、事実だったとしても陛下にご配慮いただくようお願いしてください」
シュルツ卿は微笑んだ。
「子どもは王国の宝です。
その宝を魔法で守ったと言うなら、何の問題があるでしょうか。
デューラー伯爵夫人は魔法師団でも重要なお方ですし、尊敬出来る素晴らしい女性です。
むしろ、信憑性の高い証言となるでしょう」
ファティマは少なからずほっとしたようだった。
ウィノラはシュルツ卿から手放しに褒められるデューラー伯爵夫人を少し羨ましく思った。
「確かに大声で魔法を使い産月を延ばしたので無事産まれました、とは言いませんな」
エックハルト伯爵も頷く。
「明日、ウィノラ嬢と共に魔法師団へ行って
話を聞いてきましょう。
あの方の事だ。
笑って全てをお話くださる事でしょう」




