36.仮説
ユング子爵がイエルを部屋に案内して退室すると、ウィノラがシュルツ卿に言った。
「ノア様とお父様に折り入ってお話しがございます。少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか」
シュルツ卿はすっと、氷の貴公子に戻り促した。
「わかりました。執務室へ行きましょう」
3人は無言で執務室へ向かい、中へ入ると相談時に使用する長椅子とテーブルのある一角へと向かう。
全員が長椅子に着席すると、シュルツ卿が口を開く。
「ウィノラ嬢が、わざわざ話があるとおっしゃる。何か重大な事なのでしょうか」
ウィノラは少し赤くなりながら答える。
「いえ、私の杞憂なら良いのですが、お父さまの言葉を聞いてから、どうしても拭えない疑問が頭の中を巡るのです」
「その言葉とは」
「本日、ホフマン伯爵邸で、強大な魔力を持った子がお腹にいる妊婦は、その子の魔法や魔力を自在に使う事が出来るという話になりました」
エックハルト伯爵は頷き、ホフマン伯爵邸でのイエルの告白を一言一句違わず繰り返した。
そしてウィノラが恐れた部分を繰り返す。
「でも、大切な侯爵家の跡取りで、ましてや、他にも野望がおありなら、そんな事はなさらないと思いますが」
ウィノラはシュルツ卿を真っ直ぐに見つめ、言った。
「この言葉です。私はこの言葉を聞いて、頭の中に嫌な仮説を立ててしまいました」
「嫌な仮説とは何ですか」
シュルツ卿が優しく聞く。
ウィノラは意を決して話す。
「この仮説を口にすれば、王族を侮辱したと不敬罪で罰せられるかもしれません」
「でもこの仮説を胸の中に納めておく事はどうしても出来ないのです」
エックハルト伯爵が何か言おうとする前に、シュルツ卿がウィノラの手を優しく握り言った。
「貴女を不敬罪で罰したりは絶対にさせませんよ。どうかその胸の内をこのノアにもお聞かせください」
エックハルト伯爵は大変な成り行きを心配しながらも、シュルツ卿に一歩先んじられ、少し悔しかったので叫んだ。
「お前を罰するなど、絶対にさせん」
二番煎じ感が漂うが気持ちは伝わった。
「お話しします」
ウィノラは小さく深呼吸して話始める。
「今回ヒーディ夫人がお腹の子の魔法や魔力を使ってあの事件を起こしたのは明白です」
「そして強大な魔法や魔力によって産月を2ヶ月も延ばす事もあり得るけれど、弊害が出るので普通の親ならそんな事はしないだろう、というのが、お父さまの見解でした」
「お父さまは優しくて、愛情深い方ですので、ヒーディ夫人がお腹の子に危険があっても産月を延ばす等と言う事はあり得ないと信じたい、と思っていらっしゃるのだと思いました」
シュルツ卿とエックハルト伯爵はハッとする。
「しかし、ヒーディ夫人ならやりかねないと、私は思います」
「でも私の仮説はここからが根幹なのです。
お腹の子の魔法や魔力で出来るなら、強大な魔法や魔力を持った妊婦が産月を延ばす事は可能ではないか」
「それならば、強大な魔力を持っていたとされるヒーディ夫人の母君にはそれが出来たのではないか、と言う事です」
執務室の空気は一瞬にして氷のように冷たくなった。
暫しの沈黙の後、ウィノラは続けた。
「ヒーディ夫人が前王様の御子で無いという可能性もあるのではないでしょうか」
シュルツ卿とエックハルト伯爵は固まったままだ。
「もし、産月を延ばす事により、その魔法と魔力の元である人間に弊害が起こるとしたら、前王妃様の突然死に合点がいきます」




