21.修復
王女の寝室から塔の門までの結構な距離を歩きながらシュルツ卿はエックハルト伯爵に疑問を呈した。
「土魔法の使い手が誰にせよ気になる事があります」
「魔法の出どころが不明な事ですな」
流石の即答である。
「あれだけの土魔法を発動して使い手の居場所が分からないというのは、嫌な予感しかしないのですが」
歪めても美しく優雅な顔で続ける。
「無属性が絡んでいるとお考えですな」
「御明察です。無属性は謎に包まれた魔法です。ある意味、三大魔法より恐ろしいかもしれません」
ヒーディの生家であるブルーデ男爵家は上位魔法「無属性の魔法書持ち」であるが、代々素行不良や問題行動があり、無属性の実体が明らかにされて来なかった歴史がある。
先の大災害級の魔物討伐ですら、ヒーディの叔父であるブルーデ男爵は体調不良を理由として一度たりとも戦場に赴く事はなく、挙句ふらふらと王都の歓楽街に出入りしていたため、貴族社会から軽蔑されていた。
ヒーディの従兄弟にあたる現男爵は不品行な行いこそ見受けられないが、引きこもりで邸から出て来ない。
「ただ一つ言える事は、いかに「無属性の魔法書持ち」でもヒーディ夫人には大した魔力がない事ですな」
怠け者のヒーディは謀略には嬉々として取り組んだが、魔力については全く努力しなかった為、お粗末な魔力しかない。
「魔法書もかなり薄いものですし」
シュルツ卿の言葉にエックハルト伯爵が相槌を打つ。
「まさにその通り」
魔法書は魔力を鍛練して特殊な魔力を得れば
目視出来るようになる。
上位魔法の家門なら普通に鍛練していけば、大方の者がレベルの差はあれ魔法書が見えるようになる。
シュルツ卿もエックハルト伯爵もウィノラも
魔法書をかなりはっきり目視出来ている。
魔法書が開いて入れば記されている魔法の種類までわかるレベルである。
お互いの魔法の種類がわかれば、先だってのように複合魔法も発動出来るのだ。
「無属性の魔法書持ちは今のところ二人だけ。ヒーディ夫人と現ブルーデ男爵ですな。
ブルーデ男爵は邸から出ない方として有名ですからな」
「まぁ、先の男爵の落とし胤がわんさかいても、私は驚きませんがね」
隣でウィノラが目を丸くすると、慌てて言った。
「ウィノラは聞かなくていいからな。
いや、世の中そんな男もいるから気をつけなければな。私のようにただ一人を誠実に愛する男を選びなさい。いや、いっそのこと選ばなくてもいいぞ」
支離滅裂である。
「お父さま、落ち着いてください。
そんな事よりもっと無属性の魔法について知りたいですわ」
ウィノラは本来は王立大学へ進学し、魔法学を学びたかった。
もっと魔法を深く知る事が出来れば、お母さまのように亡くなる使い手も少なく出来るかもしれないと考えていたからだ。
魔法を深く知る事は魔力や魔物も深く知る事にもなるであろう。
勿論これからの12年は王女のために捧げるけれど、出来るだけ塔や王宮の図書で自学しようと心に誓う。
「今回の件が無属性の魔法によるものだとしたら、使い手を隠蔽出来る魔法があるという事でしょう」
シュルツ卿の答えにため息をつくエックハルト伯爵。
「聞いた事はないがな」
そうこうしている内に門前に着いた。
「怪しい気配は無いようですが、私が先に出てみます。何かあちらの落とし物でもあるかもしれませんから」
そう言ってシュルツ卿はスタスタと結界を進んで外に出た。
「あれは」
シュルツ卿は足早に少し先の木立の前へ地面を少し凍らせながら歩いて行く。
パリンパリンと踏みしめる音がする。
「なるほど」
頷きながら木立の前を調べていると、風に乗ってエックハルト伯爵とウィノラもやってきた。
「何か見つけましたかな」
エックハルト伯爵が尋ねるとシュルツ卿は先程の場所を指差した。
そこには飾りテーブル程の大きさの丸い乾いた地面が残されていた。
「複合魔法を無効化したという事ですな。
そして完全に我々から姿を眩ませていた」
エックハルト伯爵の言葉にウィノラはぶるっと震えを覚えた。
「得体の知れない相手ですが、相手を知れば対策も立てられます」
「まずこの泥まみれの道を修復しましょう。
物資の納入に差し障ってはいけない」
シュルツ卿の言葉でエックハルト伯爵とウィノラが乾いた風の魔法で辺りを乾かし始める。
そこへシュナイダー商会の家紋付荷馬車がやってきた。泥まみれの手前で馬車を停める。
デレックスとフォルカーが降りて来て声をかけた。
「これはまた派手にぶちかましましたね。皆様ご無事でしたか」
「副長、久しぶり〜」
王立大学の先輩であり、友であるデレックスにシュルツ卿が破顔する。
「皆無事です。今あなた方のご家族に修復して頂いておりますので、暫しお待ちください」
「じゃあ、俺も手伝うよ」
フォルカーが意気揚々とウィノラの横へ風の魔法で飛んでいく。
それを横目で見送ると、二人は固い握手をする。
「久しぶりだな、ノア」
「デレックスも。奥方はお元気か」
その挨拶にデレックスも破顔して答える。
「もうすっかりうちの看板娘だよ」
こんなに愛想を崩すデレックスを初めて見たシュルツ卿は目を丸くした。
「夫婦円満で何より」
笑いながら答える。
デレックスはそんなシュルツ卿に爆弾を落とす。
「私はお前が義弟になる日を楽しみにしているからな」
シュルツ卿は苦笑いをして何か言おうとしたが、そこへ道の修復を終えたエックハルト伯爵たちが戻ってきた。
「また、何か良からぬ相談をしていましたかな」
娘二人の父親の勘は侮れない、と無言で顔を見合わせたデレックスとシュルツ卿であった。




