15.デレックス
エックハルト伯爵の家族全員が、
我儘令嬢の本当の姿を分かっていた。
エックハルト伯爵はせめて良い嫁ぎ先を見つけようと必死になった。
「我儘令嬢」の噂を鵜呑みにし、少しでもウィルメットを貶める者との縁談は片っ端から断った。
適当な理由をつけて。
ウィルメットが我儘令嬢と言われていても、
それを真っ直ぐに受け止めてくれるお相手を
探していた。
そして、見つけた。
才人 デレックス・シュナイダー
大商家の跡取り息子で、商人としての才覚は抜群であるし、人を見定める嗅覚も優れているとの評判だった。優良物件である。
大切なウィルメットの将来がかかっている為、エックハルト伯爵は得意の諜報活動で
デレックスの周りを嗅ぎ回った。
しかし出てくるのは優れた人間性を保証するものばかりであったので、一気に狙いの矢をデレックスに定めた。
「今のところは仕事に専念したく婚姻は後回しにしております」
下級貴族や貧乏貴族や商家から、引きも切らない縁談を持ち込まれても全てこの決まり文句でお断り、という情報も得ていたため、エックハルト伯爵は一計を案じた。
デレックスが隣国へ商談へ赴いている隙に、
シュナイダー商会の当主でもある父親を懐柔
したのだ。
それまでは息子の縁談には関知していなかった当主であったが、シュナイダー商会にしてみても、名門エックハルト伯爵の縁故となれば、その恩恵は計り知れない。
当のご令嬢は「本なし」の我儘令嬢との噂だが、デレックスも「本なし」であるし、我儘程度ならデレックスが易々と矯正出来ると踏んだ。
多少欠点があった方が身分差を埋められると商家らしい計算もあり、結局二つ返事で了承した。
「事後承諾となり、デレックス殿は不満でしょうが、娘に会えば必ず私に感謝する事になるでしょう」
満面の笑みでそう宣言して帰途につくエックハルト伯爵を見送りながら、当主は呟いた。
「エックハルト伯爵の親馬鹿ぶりは堂に入っている。デレックスも苦労しそうだ」
帰国後、勝手に結婚相手が決められていたデレックスは烈火の如く怒った。
「本人に打診もなくこの様に重大な事を決めてしまわれるとは、何をお考えか」
しかし、上級貴族名門エックハルト家との縁談を今更反故には出来得るはずもない。
せめて、才色兼備の妹のウィノラならと脳裏を掠めたが、噯にも出さず告げた。
「とにかく一度お会いしてみます」
これはデレックスの出来うる限りの了承の言葉だった。
一度でも会ってしまえば反故にする事は更に難しくなる。
そもそも反故に出来る立場に無いのも虚しい
が、デレックスの立ち直りは早かった。
我儘令嬢とはいえ、あのエックハルト伯爵の娘であれば、矯正の余地があるであろうし、
名門エックハルト伯爵家との縁故は、多大な恩恵をもたらすであろう。
そして、さして日もおかない内に、とんとん拍子で二人の顔合わせの日程が組まれた。
場所はシュルツ侯爵の別邸である。
デレックスにとって王立大学の二年後輩で親友でもあるノア・シュルツ卿に便宜を図って貰ったのだ。
当日、先に到着したのはエックハルト伯爵とウィルメット、そしてどうしてもついていくと言い張り同行したフォルカー。
執事が慌てふためきながら、やってきて謝る。
「誠に申し訳ございませんが、ノアさまは急用との事で王宮に呼び出されまして」
「いえいえ、お邸をお借りしただけですのでお気になさらず」
エックハルト伯爵が笑顔で返すと、執事は広々とした居間へ案内した。
「副長、留守か〜。残念」
副長大好きフォルカーが嘆く。
お前の目的はシュルツ卿か、とエックハルト伯爵は呆れ顔でフォルカーを見る。
「水の貴公子さまにお会いしたかったのに」
ウィルメットに至っては本来の目的を見失っているようだ。
「これ、ウィルメット、」
言いかけた途端、扉がノックされ、執事に案内されてシュナイダー商会当主とデレックスが入って来た。
長椅子からすっと優雅に立ち上がり、愛らしい顔でニコッと微笑みスカートを流れるように少し持ち上げながら、ウィルメットは御辞儀をした。
当主とデレックスはウィルメットの余りの愛らしさに暫し固まって見惚れてしまった。
「この愛らしさでは親馬鹿になっても仕方ないだろう」
心の中で、当主はエックハルト伯爵を全面肯定した。
一方、当のデレックスも内心その愛らしさと清らかさに驚き、密かに感嘆した。
「商売柄、沢山の人間に出会い、美女と呼ばれる幾人もの女性たちを知っていたが、こんなに愛らしいひとは見たことがない」
デレックス親子が一瞬虚をつかれていると、
エックハルト伯爵も立ち上がり、満足そうに微笑みながら口を開いた。
「今日は御足労いただきありがとうございます」
慌てふためき当主が返す。
「こちらこそこのような場を設けていただきありがとうございました。
シュナイダー商会のウルリヒでございます。
こちらが息子のデレックスです」
エックハルト伯爵がそれに答える。
「私はエックハルト伯爵です。
こちらが長女のウィルメットです。
こっちは長男のフォルカーです。
無理矢理同行して来まして申し訳ありませんな」
「いえ、お会い出来て光栄です。フォルカーさま」
流石に大商会の当主、如才ない。
フォルカーはにっこりして爆弾を落とす。
「大切なウィルメットを託せるか、きちんとこの眼で見て確認しなくては心配なので」
「フォルカー」
エックハルト伯爵は困った顔をしたが、思い直したようにウィルメットに促した。
「ウィルメット、お二人にご挨拶なさい」
ニコニコと天使の微笑みを浮かべていたウィルメットが挨拶する。
「初めまして。ウィルメット・エックハルトでございます。本日はこのような席を設けていただきましてありがとうございます。お会い出来るのを楽しみにしておりました」
悪意ひとつない爽やかすぎる挨拶である。
天使オーラすら見える。
「流石に礼儀作法はしっかり叩き込まれているようだ」
デレックスは心の中で呟く。
我儘令嬢などと揶揄されている人物像との違いに戸惑い、愛らしい立ち居振る舞いに面食らったが、暫し落ち着いてウィルメットを観察する。
「こちらこそお会い出来て光栄です。
しかし、何と愛らしい方だ。
エックハルト伯爵が溺愛なさるのもわかります」
ウルリヒ・シュナイダーは愛らしいウィルメットに有頂天である。
「デレックスです。私もお会い出来るのを楽しみにしておりました」
この天使のような見かけと中身が一致するのかしないのか、見極めてやろうではないか、
才人 デレックスは密かに心に誓った。




